第21話 6

 お人好し、そう言われても仕方ない。でも、あそこまで弱る程、俺とロランへの罪悪感を募らせていたんだ。許しても良いじゃないか。彼女だって、まだ十六歳のまだまだ子供だ。これから成長する機会もあるんだし、謝ったなら許してやるのが大人ってものだ。


「それで、帰れるか?」

「・・・なんとか」


 ルカは、俺の問いによそよそしく返す。でも、絶対嘘だ。多分、きっと、おそらく


「じゃあ、立てるか?」

「た、立てる」

「ほ〜ん」


 俺はルカを黙って見守る。立て、立てよルカ!

 しかしルカは立ち上がる事なく、ベッドの上で俯くだけだ。コイツ、まだ気にしてるのか?許すって言ったじゃねえかよ。


「ア、アーガマ・・・私は一人で帰るから、先に帰ってもらって大丈夫よ・・・」

「何言ってるんだお前、ぶっ倒れた奴の言葉信用して帰るわけねえだろ」


 確かに、と納得した顔でルカは目を逸らす。


「お前、本当は立てないんだろ?」

「た、立てる!」

「じゃあ、今立ってみせろよ」

「そ、それは・・・」


 ルカはバツが悪そうな顔で目を泳がせる。図星か。嘘下手すぎだろ。というか、立てないなら立てないって言えよ。無茶するなよ。


「ほら、来いよ」

「えっ」


 ベッドの脇まで行き、ルカの方へ背中を向けてしゃがみこむ。


「な、アーガマ、これは・・・?」

「おぶってやるから、はやくしろ」

「お、おぶ?」

「ええい!背負ってやるって言ってるんだ!はやくしろ!」

「せっ背負う!?私を!?」


 他に誰がいるんだよ。

 しかし、ルカは渋ってる様子でなかなか背負われようとしない。


「学園だってずっと開いてるわけじゃないんだ。もう時間も時間だし、帰らなきゃいけない。でも、どうせお前の足取りは不安定だ。家まで送るから、大人しく背負われろ」


 淡々と、言う。言っている間に気づいたが、弱ってる女子を背負おうとするの普通に気持ち悪いぞ、俺。

 でも、そうでもしないとルカは帰れないし、一人で帰らせるなんて不安でしかない。


「し、しかし・・・」

「なんだ?俺の背中に乗る気力までないのか?じゃあお姫様抱っこでーー」

「い、いい!今背中に乗るから待って!」


 そう言って、ルカは俺の背中に乗る。首から肩にかけてかかる脂肪の圧、手をかける為に触れる太ももの沈み具合、ルカ・サウロ、コイツ色々とデッッッ


「お、重い?」

「え?いや、重くはないけど・・・」

「けど?けど、なによ?」


 いや言えるか。言える訳が無いだろ。確かに背中に乗れとは言ったけど、こんなに密着しなくても大丈夫だろうに、どうしてそこまで密着するんだ。

 しかし、そんな俺にお構いなしにルカは体を更に密着させる。その上で「本当は重いと思ってるんでしょ!?」と聞いてくる。だからそうじゃ無いんだって


「お、重くは無いです・・・」

「し、しかし、アーガマ、その・・・私は普通の女子よりは重い、と思っているわ・・・?その、どこか気遣ってる態度も、私が重いのを悟らせない様にしてるのでしょ?わ、悪いね重くて・・・」

「違うわ!お前程度の重さなんざ、いくら持っても軽いわ!俺がよそよそしくなってるのは、お前の体が密着してるからだよ!俺女性耐性無いんだよ!」

「えっ?あっ、ご、ごめん・・・」


 俺の要らんカミングアウトにルカは謝る。気まづい雰囲気が流れる中、俺らは学園を後にする。


 学園を出て外へと向かう。しかし、俺はルカの家を知らない。だから「家はどこだ?」と聞くのだが、ルカは中々答えない。


「お前、答えないと家に届けられないだろうが」

「だ、大丈夫よ。外まで連れてきてくれたのなら、後は私一人で帰れるから・・・」

「何回するんだよこの会話。わかった。お前がそうなら今日は俺の泊まってる宿で寝てもらう」

「え?は?なっ、ちょっと待って!」

「俺と同じ部屋で寝たくなければ、はやく家の場所まで案内しろ」

「わ、わかった!わかったから!」


 そこまで嫌がらなくて良いだろとは思いつつ、ルカを背負って案内に従う。人々が往来する道を抜けたかと思えば今度は人通りの無い道を抜け、市街地から離れ、更に続く林道を越えればその先に一つの大きな屋敷があった。え、ルカって平民なんじゃねえの?

 装飾はなく、簡素な見た目ではあるが、やたらと大きい。明らかに平民の住む家では無い。物好きな貴族が暮らしてると言われた方が納得できる家だ。


「ここが、私の住んでる家よ」

「いや〜デカいのね。何人家族?」

「・・・十七人」

「多!?」


 子沢山過ぎない!?そう感心していると、徐に家の扉が開く。もう夜だと言うのに、子供達の楽しそうな笑い声が響く。良いね、温かい家庭って感じだ。

 そんな子供達の声に耳を傾けて和んでいると、徐に一人の子供がかけより人差し指を指して「あ!」と大きな声を出す。


「ルカねーちゃんが男連れてきた!」

「え」

「あっ!コラ!」


 その子供の言葉に、ワラワラと家の中から子供が出てくる。面白そうなものを見る目で子供達は近づいてきて「男だ!」「誰?」「お兄ちゃん誰〜?」と口々に発する。


「あ〜、俺はね、このお姉ちゃんを連れてーー」


 子供達の問いに答えようとした所で、背負われていたルカが暴れ出すが、俺がビクともしないせいで、ただもがいてるだけの人になっている。その姿はなんというか、哀れ。


「お、降ろして!降ろしてくれアーガマ!子供達にこの姿を見せないでくれ!」

「え、もう遅いと思うけど、子供達みんなお前の姿目に焼き付けてるけど」

「うわー!み、見るな!見ないでくれ!」


 そう言ってルカは子供達から隠れる様に全身を俺に密着させるが、時既に遅く子供達からの質問責めは終わらない。


「お兄ちゃんルカねーちゃんの彼氏ー?」

「そうなのー?」

「どこが好きになったのー?」

「もう手は繋いだー?」

「どっちから告白したのー?」


 勘違いしてる子供達可愛い〜!興味津々に目を爛々と輝かせて、センセーショナルな話題に飛びついてくる子供達を邪険にする事など俺にはできない。しかし、嘘をつくのも酷なので、本当の事を答えるが、そこにソレっぽい事を付け加えるだけで、子供達は更に喜ぶはずだ。みてろ、ルカ。


「残念ながら、彼氏ではないんだよねー。

「は!?アーガマお前何言ってるんだ!」

「好きになった所は、優しいところかな。ほら、君たちも身に覚えがない?彼女、正義感強いだろ?そこから来る優しさかな」

「オ、オイ!アーガマ!」

「手は繋げてないけれど、こうやって背負えるくらいの関係性にはなったよ。この先に期待だね」

「ちょっと、ま、待て!」

「だから、告白もまだなんだよね。するとしても、どっちからするんだろうね?」

「ま、待ってよ・・・」


 俺は揚々と語り、ルカは背中で項垂れて、子供達は俺の返答にキャッキャと笑い声をあげて楽しんでいる。みたか、ルカ。これが俺の子供との戯れ方だ。


「も〜!皆夜よ!家に入りなさい!」


 そうやって、ルカを弄り遊んでいると、家の奥からまた人が現れる。その人は、気品溢れる佇まいで子供達を家の中に入る様、促す。


「でもかーちゃん、ルカねーちゃんが彼氏連れて来たんだぜ」

「えっルカが?」

「ちょい待て」


 あの子供俺の話聞いてたか?俺は彼氏じゃないって言ったぞ!

 子供の一言に呆気に取られていると、俺の存在に気づいた女性は口元に手を当て、「あら、あらあらあらあら」と近づいてくる。めちゃくちゃニヤついてるのがわかる。


「やだ!ルカったら良い男捕まえちゃって〜!」

「ち、違うから・・・違うからね、母さん・・・」

「もう、照れなくて良いのに〜!」


 女性はルカの反応にひとしきり笑うと、俺に向き直る。


「はじめまして、私はルカの母のクロエ・ファイファーよ。よろしくね」

「あっ、はい。はじめまして、シロウ・アーガマです。よろしくお願いします」


 俺が挨拶を返すと、クロエさんはニコニコした笑顔を崩さずに続ける。


「シロウくんね。ここまでルカを送ってくれてありがとう。遠かったでしょ?私達はこれから夕飯だけど、シロウくんも一緒にどう?」

「ああ、いえ。ありがたいのですが、今回は遠慮させていただきます」

「ほら、アーガマもこう言ってるし、帰してあげよ?」


 誤解が解けていないので、さっさとこの場から去りたいと俺が断ると、ルカは助かったと言わんばかりにホッと一息つく。が


「えー!にいちゃん一緒に食べようぜー!」

「にいちゃん一緒が良いー!」

「ルカねーちゃんも彼氏と一緒が良いでしょー?」


 子供達の追撃は終わらない。この子供達を邪険にしてもなと諦めて、「わかったよ〜」というと、快く家の中へと招かれる。


 俺は子供達に半ば強引な形でルカの家へご招待されるのだった。

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