第20話 5

 あれから、彼女ーーミシェルさんは、私の家族を丁重に弔ってくれた。嫌な顔を一つもせず、父も母も姉も化粧を施して着飾って墓まで建ててくれた。そして、そこから少し歩いた所にある大きな家で私達は暮らし始めた。


「随分と、懐いているな」


 その家に来訪してきた魔眼の男が、私を見てミッシェルさんに言う。あれからと言うものの、私はミシェルさんの後ろをついて歩いている。どこに行くにも、どんな時でも、彼女の側から離れない。


「まあ、これがミーチャム卿との人望の差ですかね」

「ほう?言うな、ベネット卿。オイ、娘。どうだ、優しくてカッコいいお兄さんが来たぞ。俺の膝の上にでも座らないか?」

「遠慮しておきます」

「む」

「ミーチャム卿、これが"差"ですねぇ」

「む」


 鼻を鳴らして笑うミシェルさんと残念そうな表情をする魔眼の男、この二人の関係性はよくわかっていないが仲睦まじい様子で、ミシェルさんを取られると思った私は、彼女に抱きつく。


「あは〜!ほら、可愛いでしょ?ルカちゃん。ミーチャム卿も愛想振り撒けば良いのに」

「フン、まあいい。とりあえず、要望通りベネット卿の騎士団退団の件は済ませてきた。後は、好きにしろ」

「何から何までありがとうございます」


 ミシェルさんは、先程までの態度とは一変して、真剣な表情になる。


「やはり、殉職・・・と言う形ですか?」

「ああ、そうだ。そうでもしなければ、ハプティマスの奴がベネット卿の退団を許す訳がない。すまないが、キミはこれから死人として生活してもらう事になる」

「いえ、ミーチャム卿のご配慮、痛み入ります。」


 ミシェルさんが一礼すると、魔眼の男はバツの悪そうな顔をする。


「しかし、ハプティマスにも困ったものだ。ただの宣教師の癖して、騎士団に口出ししてくるんだ。団長も、アイツの言う事なんか聞かなければ良いと言うのに」

「仕方ないですよ。教団は多額の資金を援助してくれますから、機嫌を損ねる事は悪手です」

「しかしだなぁ、俺はキミを円満退団させたかったんだ。実際はそうではないのに殉職扱いなんて、キミには申し訳が立たない」

「良いんですよ。そもそも、退団は私のわがままです」


 ミシェルさんはそういうと、私を抱き寄せる。それをみた魔眼の男は「キミの性格上、そうだな」と笑う。


「・・・すみません。私のせいで、余計なお手間を」

「えっ違う違う!ルカちゃんは悪くないのよ?私が勝手にやった事だから!」

「そうだぞ、娘。彼女は元来、こう言う性格なのだ。いつかはこうなるとわかっていた事だ。現状に胡座をかいて前準備を怠った俺らの責任だ。気にするな」

「・・・はい、ありがとうございます」

「ミーチャム卿、たまには良い事言うんですね」

「たまにはとはなんだ?いつ如何なる時も俺は名言しか吐かないだろう」


 一通り文句を言うと、男は「それに」と付け加える。


「娘の妹も助けられなかったのだ。ベネット卿の殉職に対して、騎士団がキミを責める道理はない」


 そう。結局、妹は惨たらしい姿で山林の中から発見されたのだ。あまりにも悲惨だった為、私には見せず、家の裏手にある家族の墓に騎士団が埋葬してくれた。その時もひどく泣いたけれど、ミシェルさんが側にいてくれた。辛いけれど、自暴自棄にはならない。


「本当に、申し訳なかった」


 男は、深々と頭を下げる。彼は会う度に私へ謝罪をしてくれる。それは、騎士団の事を許してほしい訳ではなく、ただただ全てが遅かった事に対する彼の嘆きだと気付くのには、そう時間はかからなかった。彼は救えなかった事を後悔しているのだ。


「大丈夫です。私には、ミシェルさんがいますから」

「ルカちゃん・・・」

「そうか、そうだな。キミは、いつも言っているものな」


 そう言って男は頭を上げる。ミシェルさんは私を抱きしめ、私はそれに全てを委ねる。しばらくの静寂が部屋の中を支配していたが、それを破ったのは魔眼持ちの男だ。


「そういば、娘には魔法適性があるな」

「ええ、そうみたいね」

「どうだ?娘、魔法が使えるなら、ヘムズワース学園へ行く気はないか?」

「学園・・・?」

「そうだ。もし行くのであれば、文字の読み書きや歴史、魔法学等の勉強に必要な資料を国から支援させよう」

「勉強・・・」


 そうして、私は考える。確かに、学を身につけ学園へ通えれば、将来は安定しそうだ。ミシェルさんの支えになれるかもしれない。しかし、本当に大丈夫なのだろうか。そうやって逡巡していると


「勿論、講師はベネット卿だ」

「やります」


 即答だった。それもこれも、ミシェルさんが教えてくれると言うだけで不安が減ったからだ。なる様になるだろうと言う根拠のない自信が私を後押しする。


「ルカちゃん、一緒に頑張ろうね〜!」

「はい!」

「それでは、細々とした事は後日とでもしよう。俺は帰る」


 そう言って、男は玄関へと向かう。私とミシェルさんは見送ろうとその姿を追っていると、男は振り向き赤い瞳を向けて微笑む。


「精進しろよ、娘。大成するんだぞ」

「はい!頑張ります!」

「まあ、ベネット卿はそんな事望んでないだろうがな」

「ミーチャム卿、わかってるなら言わないでください」

「はいはい」


 笑って扉を開ける。そしてもう一度振り向いて「ベネット卿、娘、達者でな」と言って外へ出る。そんな彼をどうしてか、私は呼び止めた。


「あの!」

「なんだ?」

「私の名前、娘じゃなくてルカです!ルカ・サウロ!家族の事、ミシェルさんの事、ありがとうございました!」


 頭を深々と下げて言えていなかったお礼を言う。彼の眼に感じていた畏れはいつの間にか無くなり、真剣に向き合って頭を下げる。


「気にするな、好きでやった事だ。頭を上げろ、


 そこで、初めて彼に名前を呼ばれる。私が驚いて顔をあげると、彼は、ミーチャム卿の顔は逆光で見えないが「俺も自己を紹介しておこう」と笑う口元だけはみえる。


「グラント・レム・ミーチャムだ。次会った時は、名前で呼んでくれ」


 ミーチャム卿は、そう言って去っていく。今度の笑顔はニヒルなものではなく、心の底からの笑顔だった様に思えた。


 それからの日々は目まぐるしいモノだった。ミシェルさん教鞭の元、勉学に励む日々。いつしか、ミーチャム卿は忙しくなったと言って顔を出さなくなったが、それでも私達を陰ながら支援し続けてくれている事は知っている。

 気づけば七年が経ち、私は十六歳となった。

 勉強する傍ら、自分の理解度を深める為にも平民の人達が勉強できる機会を設けた。文字の読み書きから、算術、歴史、果ては魔法学まで。結果的に平民の識字率は向上し、学習意欲もグングン上がっていく。そんな彼らに教鞭をとる事で、私は自身の解像度を更に上げていった。

 日々の鍛錬で心身共に鍛えられ、身長も随分と高くなった。今や、ミシェルさんの身長をも超え、体つきも逞しくもなった。

 ミシェルさんの正義感、主義を指針とし、晴れてヘムズワース学園への試験へと歩を進める。

 そこでも、やはり問題はあった。乱雑な言葉で相手に誠意を感じない態度の貴族や、女の子に目隠しをさせて恥辱を与える者、そのまま見逃す事はどうしても我慢できなかった。今までもこう言う事は多くあり、今日もその内の一つだろうと思っていた。だからあの日、彼を糾弾した。

 でも、実際は全然違った。私の勘違いだった。

 ただ、私の持つ正義感を暴走させただけで、アーガマもオクトヴィルさんも傷つけ、迷惑をかけただけだった。それも、面接官に指摘されなければ気づけなかった事だ。

 私は、私の正義はなんなのだろう。どうして、あんなに暴走してしまうのだろう。

 その日から、食事は喉を通らなく、睡眠もままならない。彼に謝らなくては、許されなくても謝らなくてはと焦燥感に駆られる。自分がしでかした事だ。キッチリと、自分で自分の後始末をしよう。そう決めていた。

 でも、入学試験後から彼に会う事はなく、合否発表の日までズルズルと引っ張って、結局彼を見かけて私はーー


「・・・あっ」


 目が覚める。見覚えのある天井だ。ここは、きっと救護室だろう。面接後、フラフラと足取りの悪い私が、落ち着くまで通された部屋。どうして私がここにいるのか、そう考えていると声をかけられる。


「やっと起きたか。お前、大丈夫か?」

「・・・えっ、あっ、アーガマ!?」


 その声と共に起き上がり、どうしてと言い掛けてやめる。きっと、エントランス前で私が彼に声をかけて倒れたのだろう。


「お前が俺の名前呼んだ後に急に倒れたんだよ」


 やっぱりそうだったんだ。そう納得している私を他所に、アーガマはため息を吐いて「ビックリしたぞ、マジで」と唇を尖らせている。


「でも・・・なんでここに?帰らなかった・・・の・・・?」

「急に倒れた奴一人にして帰れるかよ。寝覚め悪いわ」

「そ、そんな理由で・・・」


 確かに、私も彼と同じ立場ならそうするだろう。でも、私は彼にそんな事をされる様な人間じゃない。彼を無知で糾弾した私に、どうして彼は


「それに、お前謝ってただろ。何か言いたい事あるんだろ?」

「そ、それは・・・」

「なんだよ、はやく言えよ」

「その・・・」


 俯く。今言えば、彼が許してくれそうな気がして、その言葉を言うのが狡い気がして、口を閉ざして俯く。


「いいから言えよ。何時間も待ってるんだからよ」


 そう言われて時計を見る。確かに、あれからかなり時間が経っている様だ。それなのに、アーガマは私が目覚めるのをずっと待っていたというのだ。私は、その彼の誠意に応えなければいけない。閉ざしていた口を開く。


「私は、自分の正義を盲信して、貴方とオクトヴィルさんを無闇に傷つけた。公衆の面前で、罪もない貴方を・・・糾弾した」

「うん」

「許されようとは思っていない。許されなくても良い

。ただ、貴方には心からの謝罪を」


 ベッドの上で深々と頭を下げる。


「申し訳ありませんでした」


 彼は、何も言わない。罵倒も叱責も聞こえない。彼の表情を伺えず、私の心臓はバクバクと跳ね上がる。やはり、どこかで許される事を期待しているのだ。なんとも、卑しい。


「私は、ルカ・サウロは、貴方の名誉回復の為に誠心誠意、身を粉にして務める所存です」


 その卑しさを頭の中から押し流す様に言葉を続けるが、結局、それもただ卑しいだけだと自己嫌悪に陥る。

 私は、なんて意地汚い人間だろう。こんなのじゃミシェルさんに顔向けできない。そう考えていると、アーガマは徐に口を開き「もういいよ」と言う。


「え?」


 アーガマの言葉に顔を上げると、彼は椅子に跨りつまらなさそうな顔をして続ける。


「そんな体調になるまで、悩んだんだろ。悪いと思っていたんだろ。で、お前の中で俺の誤解は解けたんだ。もう、それでいいよ」

「で、でも、だけど!」

「気にするなよ、わからねえか?許すって言ってるんだよ」


 ぶっきらぼうに、でも私を気遣って彼は言う。


「ロランがどう言うかは知らねえ、それはお前の態度次第だ。でも、俺はもう気にしねえよ」

「良いの・・・?どうして・・・」

「だって、同じ平民だろ?」


 そうして、彼は笑う。


「気楽に行こうぜ、な?」


 そんな彼の優しさに、私はただただ感謝するだけだった。

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