第19話 4

「俺にも、キミと同い年くらいの弟がいる。だから、わかる。気難しい年頃なんだ」


 私が警戒している意味を何もわかってはいないのだが、うんうん、と一人で頷いて男は続ける。


「で、娘。お前は何故こんな事をした」

「・・・・・・」

「黙秘か」


 男の問いに、私は黙る。相手に敵意は無いとは言え、魔眼持ちに対する恐怖が消える訳ではない。より一層警戒して男から距離を取る。


「ミーチャム卿、警戒されてますね」

「なんだと?」


 男の後ろに控えていた女はそう言うと、「ちょっと待て、どこに警戒する要素があるんだ。俺はどうみても話しかけやすい好青年だろ」と高く自己を評価する男を無視し、私に目線を合わせて話しかけてくる。


「あのお兄ちゃんが怖いよね。ごめんね。私の名前はミシェル・ベネット。良かったら、キミの名前を教えてくれないかな?」


 ミシェル・ベネットと名乗る女は、男が「何故無視する。オイ、ベネット卿。俺は親しみやすいだろう」と突っかかってくるのをいなしながら微笑む。


「・・・ルカ・サウロ」

「ルカちゃんね。よろしく」


 優しく微笑みかける彼女にも私は警戒を解かない。騎士団という身分がハッキリしている人ではあるが、だからと言って心を許せる訳ではない。


「少しずつで良いから、この状況を私に教えてくれるかな?」


 しかし、そんな私の態度にも意を介さず彼女は笑顔で続ける。多分、このままじゃ帰してくれないだろう。一刻も早く妹を探しに行かなければならない訳だし、さっさと話してこの場を切り抜けよう。


「コイツが、私から家族を奪った」


 転がる肉塊を指して淡々と


「奪った?拐われたの?」

「妹は、そう」

「・・・妹は?」

「お父さんとお母さんとお姉ちゃんは、コイツらに殺された」


 彼女は目を見開いて押し黙る。そして、魔眼持ちの登場で落ち着いてきた私の感情の波は再び激しくなる。


「コイツが!お姉ちゃんを!家族を!私から奪った!」


 ピクリとも動かなくなった肉塊を蹴る。何度も、何度も、何度も。その男だったモノの顔は、私が衝撃を与える度に、ビチャビチャと水音をたてて血が吹き出す。その返り血を浴びる事に抵抗せず、恨みを晴らす為に何度も蹴りを入れる。でも、恨みは消えない。


「コイツが来なければ!私は!私の家族は、いつも通りだったのに!コイツらのせいで!コイツのせいで!だから私はーー」


 コイツを殺した。そう言いかけた所で、ミシェル・ベネットは私を強く抱きしめる。


「辛い事を思い出させてごめんね」


 そう呟いて彼女は男の肉塊から私を遠ざける。男の返り血で汚れた私を気にせず、強く抱きしめて遠ざける。そんな彼女の表情は悲しみで満ちていた。


「そういう事か」


 それを後ろで見ていた魔眼持ちの男は、一言そう呟いて「ベネット卿」と彼女に声をかける。


「場所を、移そう」

「・・・そうですね」


 二人は少しの言葉を交わすと、魔眼持ちの男が酒場の店主へ状況を説明する。その隙に、ミシェル・ベネットは私を外へ連れ出す。

 外に出て、まだ賑わいのある通りを手を引かれながら俯いて歩く。雑踏の中からの笑い声が、私の耳を刺激する。私はきっと、もうあの様には笑えない。

 ああ、


「私も、死ねばよかったのに」


 喧騒に掻き消されるくらいの、小さな声。誰も聞いていない、聞こえない。そんな私の呟き。

 けれど、彼女はそれを聞き逃さない。私が離れない様に、しっかりと手を握る。その握力の程よい強さに、私は彼女の優しさを感じる。


「私、今日家族を殺されたの」

「・・・」

「妹も拐われた」


 彼女は答えない。私に次の言葉を促すかの様に、口を挟まない。私は、あくまで独り言として続ける。


「家族を殺した奴を殺した」


 この先を言えば、きっと彼女は答えてくれるだろう。肯定してくれるだろう。そう思えるくらいには、彼女のその優しさが手の温もりを通して伝わって来る。

 だからこそ、これ以上は言えない。言う気が起きない。

 また黙って下を向く。黙々と歩いて行くと、段々と人通りが少なくなっていく。気付けば、そこには私と彼女の二人しかいない。家に続く静かな林道。

 この先に私の家がある事を彼女は知らない。多分、私の様子をみて人がいない所へ連れてきたのだろう。私が気にせず泣ける様に気遣って


「ルカちゃん、おいで」


 目線を合わせ、胸に飛び込んでと言わんばかりに両手を広げ、優しく微笑む。この人は、実母の様に酒場を出る前からずっと私に優しく微笑みかけてくれている。私を不安にさせない様に

 だから、彼女の胸に吸い込まれてしまう。寄りかかってしまう。そして、抱きしめられる。


「ルカちゃんぎゅ〜!」

「あうっ」


 抱き寄せられた時の衝撃で変な声が出る私を見て、慈愛に満ちた表情で彼女は笑う。そんな彼女の顔から目を背けて、話をする。


「ベネットさん」

「なに?」

「私は死刑になりますか?」

「ならないよ」

「捕まりますか?」

「捕まらないよ」

「じゃあ、どうやって死ねば良いですか?」


 私の言葉を聞いた彼女は、もう離さないと言わんばかりに私をより強く抱きしめる。


「ルカちゃんが今日経験した事は、察するに余りあるわ。なんて言葉をかけて良いのかわからない。」


 正直に、けれど誠実に、ルカ・サウロという一人の少女にミシェル・ベネットは向き合う。


「でも、私死にたいよ。家族がいないんだもん。辛いよ」


 きっと、妹も死んでいる。アイツらの仲間が拐ったって言うんだ。生きているはずがない。そう思うと、生きる希望なんて湧いて来る訳がない。

 本音を隠さず、漏らす。先程までの遠慮なんて無かったかの様に、喚く。


「これからどうすればいいの?私、わからないよ!」


 彼女の胸の中で激昂する。無関係な心優しい彼女に、行き場がなくなった胸中に渦巻く憤りをぶつける。


「私が、ルカちゃんと一緒に考えるよ」


 そんな私の八つ当たりをも受け止めて、頭を撫でる。彼女は、私の全てを許容して受け止めてくれる。


「それじゃ、ダメ?」

「どうして・・・」

「ルカちゃんが大丈夫になるまで、ずっと一緒に考えるよ」

「どうして、そこまで・・・私に・・・」

「だって、ルカちゃんがここまで愛しているご家族が、ルカちゃんの事を心配しない訳がないもの」

「・・・家族」

「きっと、今のルカちゃんを見たら放っておけないはずよ」


 そう言われてハッとして、姉の最期を思い出す。私が寄り添って、安心しきった表情で逝った姉を思い返す。姉は、最期の最期まで私を想っていた。きっと、それは父も母も妹も変わらない。


「でも、でも、もう私は、ひとりぼっちで、私には誰も!」

「私がいるよ。私が、これからは側にいるわ」

「私は人を殺したんですよ・・・」

「そうね。でも、彼らは悪人よ。遅かれ早かれ、騎士団私達に捕まって処刑されていたわ。ルカちゃんを責める人は誰もいないよ」

「でも・・・」

「そんな簡単には割り切れないものね。わかるよ。だから、その罪悪感もルカちゃんと一緒に私が背負うよ」

「なんで・・・」

「だって、私は辛そうなルカちゃんを見つけてしまったもの。ここでルカちゃんを見捨てたら、ルカちゃんのご家族にも、私のご先祖様にもこてんぱんに叱られるわ」


 笑って彼女は言う。私の全てをその優しさで抱擁して、笑って、続ける。


「ルカちゃんが嫌がっても、私は執拗につけ回すわ。このままじゃ碌な生活しなさそうだもん」

「そんなの、騎士様に悪いですよ」

「そんな事ないよ〜!ルカちゃんにとっては、余計なお世話かもしれないけど、私はルカちゃんを放っておけないもの!」

「騎士様には騎士様の仕事があって、私みたいなお荷物なんか、すぐ邪魔になってーー」

「じゃあ、騎士なんて辞めるわ」


 彼女の言葉に、顔をあげる。そこまでしなくたっていいのに、今こうして私に構ってくれるだけで良いのに、どうして彼女はそこまで献身的なのだろう。

 私の困惑した表情に、彼女は微笑みを絶やさない。慈愛に満ちる表情は一点の曇りもなく、曇りがかった私の心を照らす。


「どうしても一緒にいたいの、ダメ?」


 断れない。断りたくない。今、差し伸べられる手を蔑ろになんかしたくない。でも、良いの?私が、私なんかが、彼女の手をーー


「ダメじゃ、ない、です。お願い、しま、す」


 考える間もなく取ってしまう。そんな弱りきった心で、全て彼女に任せて縋ってしまう私を、彼女は笑って許してくれる。


「やった!よろしくねルカちゃん」


 彼女の腕に包まれて、涙は静かに流れる。

 声は出ない、出せない、出す元気がない。でも、涙は流れる。

 泣き疲れた私は、彼女に全てを委ねて眠りに落ちる。そんな私を愛おしそうに抱きしめて、彼女は歩き出す。


 そうして、長い一日は終わる。

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