第18話 3
「なんだ!お前何しやがった!?」
私を掴んでいた男は、私が触れた途端に全身が炎に包まれて燃えカスとなった。
「これ、私が・・・?」
「このクソガキ!何したって聞いてるんだよ!」
姉の口を弄んでた男が私の肩を掴んで問いただす。
知らない。わからない。そんな事、私が知りたい。
「オイ!そのガキに触れるな!さっきのは間違いねえ魔法だ!しかも高位の!」
「は?ボス、コイツどう見ても貴族なんかじゃーー」
そこで私はまた男に触れる。手のひらに集まる、行き場を失ったモノを解き放つために。
「ぁあ゛!?あ゛つ゛っ゛!!」
燃える。また、燃える。
私が触れた所から、小さく、徐々に、広がって燃えて行く。
叫び声を上げる男を素通りして、私はボスと呼ばれる男へと一歩、また一歩と近づいて行く。先程の口ぶりからして、この人は何か知ってそうだ。
「ねえ、おじさん。私の
「く、来るな!もうお前らからは手を引く!もう関わらねえ!だから来るな!」
「もう遅いよ」
ドサッと後ろで物が落ちる音がする。先程燃やされた男が、焦げた塊になって床に転がっていた。最初に燃やした男と違って、形が残っている。
「来るなって!何が望みだ!頼む、見逃してくれ!」
「望み?見逃したら叶えてくれるの?」
「あ、ああ、叶えてやるよ!なんだ?金か?金だったら沢山ーー」
「お父さんとお母さんを返して」
「え・・・」
私の言葉を聞いて、男の顔は青ざめる。当然だ。私の願いは、到底叶えっこない無理な願いなのだから。
「叶えてくれるんだよね?お姉ちゃんをこうなる前に戻して、妹はどこにやったの?妹も返して」
「あ、ああ、なんとかする!なんとかするから今はとにかく、な?」
男は焦って「なんとかするから」と連呼する。その言葉は子供の私でも薄っぺらい嘘だとわかる。嘘なんていいから、はやく返してよ。
「助かりたいんでしょ?だったら、はやく、返して」
「だ、だから、それは今じゃーー」
「私の家族を返してよ!」
そう言って、私は男の顔を目掛けて駆け出した。怯んだ男は体勢を崩して尻餅をつく。私の手は、男の顔へと近づき、触れる。
「熱゛っ゛!!」
男にダメージは入るが、先程までの威力はない。燃やす気でいたのに、火傷程度のダメージしか与えられない。何度も何度も男の顔を叩く、その度に男の顔には火傷の痕ができて行く。
「ねえ!返してよ!私の家族を!」
「あ゛っ゛!や゛め゛、や゛め゛て゛く゛れ゛ぇ゛!」
火傷で爛れた顔を覆って情けなく涙を流して懇願する男には、先程までの勢いの片鱗もない。ただの泣きじゃくる気持ち悪い肉塊だ。
「でも、お姉ちゃんがやめてってお願いした時はやめてくれなかったじゃん」
都合の良い奴だな。と冷めた目で見る。私の冷え切った声に男は更に萎縮して「ヒィ!」と小さな声を漏らすしかできない。もう殺してしまおう。
そう思った時、後ろから微かに声が聞こえる。姉の声だ。振り返ると、姉は「・・・ルカ?」と私の名を呼んでいる。私は、すかさず姉の元へ駆け寄り声をかける。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん、私だよ。大丈夫だからね。お姉ちゃんは私が助けるからね」
「・・・・・・ルカ」
「もう少しの辛抱だからね。頑張ってね。大丈夫だからね」
姉の目は焦点があっていないのか、姉は私の顔を探す様に小さく顔を動かす。「ルカ?どこ?ルカ?」と、消えてしまいそうな声で姉は私を探す。
「ここにいるよ!お姉ちゃん!ここにいるよ!」
そう言って、姉の手を取って気付く。このままでは姉も燃やしてしまう。急いで手を離そうとするが、その手を姉は掴む。
「お姉ちゃん!私の手は危ないよ!燃えちゃうよ!」
「ルカの手は暖かいね」
姉はそう言って微笑むが、そんなはずはない。現に、姉の手はジワジワと焼けていき、雪の様に白い肌が、どんどん赤くなって行く。それでも姉は私の手を離さない。
「ルカ、ルカ、声を聞かせて、ルカ」
「うん、いくらでも聞かせるよ。お姉ちゃん」
姉に声をかけるが、私の声は姉の耳に届かない。殴られた衝撃で耳も目もやられたのだろう。私はそれを理解すると、涙を堪えて姉の手を握り返す。姉も、目が見えず耳が聞こえない事がわかっているのだろう。私に手を握り返されてホッとした表情で優しく微笑む。
「ルカ・・・」
私の名前を言って、事切れる。
姉の呼吸も心臓も止まる。ただ、姉は満足そうな表情で逝った。
「お姉ちゃん・・・お母さん・・・お父さん・・・」
家族の変わり果てた姿をみて、涙を流す。
「あああ、あ!ア、アイツ、アイツがアイツのせいで、ああ・・・」
急いで駆け出す。私が姉と話している間に逃げた男を追いかける。どこに行ったのかなんてわからない。もしかしたら逃げ切られてるかもしれない。それでも、私は私の知る道を辿って、奴を捉える。
「みつけた」
男は商店街の酒場の中にいた。カウンター席の端で縮こまっている。誰かを待っている様子だ。
「逃げられると、思った?」
「あっ!ぁあ!あ!うわぁぁぁぁ!」
男の元へ駆け寄り声をかけると、男はその顔を恐怖に歪め椅子から転げ落ちる。
「く、来るな!来るな来るな来るな来るな来るなァ!もう俺に関わらないでくれ!」
「なんで?言ったじゃん。家族を返してよ。返してくれたら、見逃すって話でしょ」
「た、助けてくれ!誰か!助けてくれ!」
男は私から逃れる様に後退りして助けを乞う。酒場の店主も他の客も状況が掴めず混乱している様子だ。
「ねえ、家族を返してよ」
「無理に決まってるだろそんなの!もう死んでるんだよ!」
「そっか」
男は勢いに任せて言葉を発した後、「あ」と口を抑える。でも、もう遅い。私はすかさず男の顔を両手で触る。
「ぬ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!ア゛ツ゛い゛!ア゛ツ゛い゛!ア゛ツ゛い゛!や゛ぇ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!」
「燃えろ!燃えろ!死ね!死ね!死ね!」
男に馬乗りになった私は顔を抑え、もっと燃えろと念じて入念に手を擦り付ける。
「お前のせいで!お父さんも!お母さんも!お姉ちゃんも死んだ!妹はどこだ!どこに連れて行った!」
喉から血が出る程に叫ぶ男に、私も叫ぶ。
「返せ!返せよ!私から家族を奪うな!」
そうして、男の顔から手を離し、殴りつける。焼け爛れてぐちゃぐちゃになった顔は、子供の私程度の力でも大きなダメージを与えられる。
「返せ!返せ!返せ!返せ!返せないなら死ねよ!死ね!クソ野郎!お父さんを殺しやがって!お母さんを汚しやがって!お姉ちゃんを傷物にしやがって!妹を連れ去りやがって!」
男の顔は、ぐちゃっぐちゃっと音を立てるだけで、他には何も聞こえない。言い訳も謝罪も聞こえない。
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
男の顔はへこみ、元の顔の面影はもうない。返り血を浴び、肉片を飛び散らせてもまだ続ける。周りの人達はその異様さに近づいて来ない。しかし
「お前なんかいなければーー」
振り上げた拳は止められる。
「これは、どういう状況だ」
声のする方へ振り返ると、紺青色の外套に身を包んだ男が立っていた。
「これは、どういう状況だと、聞いている」
私が呆気に取られて黙っていると、男は若干吊り目気味なその目を、更に吊り上げて威圧する。しかし、私が畏れるのはそこじゃない。
「ミーチャム卿、そんなに威圧したら答えてくれませんよ」
男の後ろから現れた紺青色の外套に身を包む女性が男へ「聞くならもっと優しく!」と注意をするが、彼の顔を見て慌て始める。
「ちょっちょいちょっちょっと!ミーチャム卿!」
「なんだ、ベネット卿。そんなに慌ててどうした?」
「バイザー、外したままですよ!」
「む」
そう言われて男は空いている手で自分の顔を弄る。顔を隠す物は何もなく、露わになっている事に気付いた男は、納得した顔で「そういう事か」と呟く。
「ああ、すまない。どうやら、キミはこの眼をみて萎縮したんだな」
男はそう言うと、懐から眼鏡型のバイザーを取り出して眼を隠す。
「これでどうかな?答えられる様になったかな?」
私の腕から手を離してニヒルに笑うが、私の警戒は解けない。何故なら、この男は魔族と同じ、赤い瞳の魔眼を持っているからだ。
それだけならまだ普通に有り得たかもしれない。夜も更けてここは酒場だ。魔眼持ちがフラッと立ち寄ったとしてもおかしな話じゃない。しかし、この男は話が別だ。
この魔眼持ちの男が羽織る外套には、ヘムズワース王国騎士団の紋章が刻まれている。
この紋章は文字の読めない平民でも知ってるモノだ。どうして、魔眼持ちがーー
「そう警戒するな。取って食う訳じゃない」
男は、またもやニヒルに笑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます