ルカ

第16話 1

 人は愚かなものです。特に俺。

 常々、俺は人間不信と自己評価を下してはいるが、その実ただの捻くれたチョロい男だ。少し愛想良くされただけで庇護欲を掻き立てられてしまう。ロランとかが良い例だ。

 一週間前に会ったばかりなのに、その日にベタベタと手を握ったり頬を触ったり、浦木士朗という人間は実に気持ちが悪い。それに、ロランを家に送ろうとした時も、ロランは一人で先に行くし、いくら話しかけても返事を一つもしてくれなかった。嫌われたかもしれん!

 しかし、人間不信を自称するならばこの程度で傷ついていちゃいけない。そんなもんだ、と思わなきゃいけないし、笑顔で近づくロランを鼻で笑って無視するくらいの腹積りでいなきゃいけない。できるかそんな事。

 そんなんだから、俺は中途半端なんだ。中途半端に人間不信。


「来たな〜!待ってたぞ!」


 誰に言う訳でもない自虐を頭の中で延々と繰り返しながら歩いていると、立派な髭を蓄えた筋骨隆々のおっさんが、満面の笑みで俺を出迎える。ウェインさんだ。ウェインさんがいるという事は、どうやら俺は学園へと着いたらしい。


 あの入試から一週間が経った。それからは学園に近付かない様にしていたが、今日に限ってはそうもいかない。今日は合格者発表の日だからだ。

 既に面接の時に合格とは言われたが、入学金を支払わなきゃいけないし、必要書類を貰わなきゃならない。面倒だが、来るしかないのだ。


「キミは来ると思っていたよ!おはよう!良い朝だな!」

「お、おはようございます」


 元気よく挨拶するウェインさんに、俺は苦笑いで挨拶を返す。この人、苦手なんだよ。


「しかし、ウェインさん。どうしてわざわざ学園の入り口で待っているんですか?」

「いやなに、今回は試験を受けた中に平民出身が二人もいるからな。俺はここに立って合否の通知をしなきゃならん。」

「え?ウェインさん自ら?」

「どうせ貴族の連中は送付で合否通知と書類が届くんだ。キミとサウロ二人だけが、この学園に足を運んで来る訳だ。私が手厚い歓迎をしなきゃな」


 ガハハとウェインさんは豪快に笑う。しかし、怪しい。怪しいぞこの人。言っている事は尤もらしいが、絶対にこれは本心じゃない。もう直球で聞いてみるか。


「でもそれ建前ですよね?」

「バレた?そうだよ。あわよくばキミと手合わせをしたいからだよ」


 やっぱりだよ!この戦闘狂どうにかならねえのか!あんな面倒臭い人を相手に戦いたくねえよ!それに、少しはその本音を隠せよ!

 またもや迫って来るウェインさんに辟易していると、その背後から「ウェイン教諭、自重してください」と、女性の声がする。その声は・・・まさか!


「ガ、ガルアドットさん!」


 俺の救いの女神、ガルアドットさんだ!

 まさかの女神の登場に、全俺が涙し、全俺が震撼し、全俺がスタンディングオベーションをした。


「な、なんでガルアドット女史がここに・・・!?」

「貴方が合否を伝えにいくなんて、前代未聞ですからね。どうせアーガマさんに言い寄るのが目的なんでしょう。見え見えです」

「私の思考読まないで貰えるかな!?」


 ガルアドットさんの迫力にウェインさんはたじたじになる。この人、本当に彼女には弱いな。


「アーガマさん、この人は放っておいて、中で入学金や資料の受け渡しをします。案内しますので、付いて来ていただけますか?」

「はい!喜んで!」

「じゃ、私も」

「ウェイン教諭は結構です」

「えぇ〜?」


 冷たくあしらわれたウェインさんは「ジェンちゃん〜そんな事言わずにさ〜」と食い下がるが、ガルアドットさんから頭に一発貰って沈んだ。

 沈んだウェインさんを放置して、俺はガルアドットさんに案内されて学園内へと入る。エントランスを突き進み角を右に曲がると、その先にある部屋へ通される。


「入学金を丁度いただきました。それでは、こちらが入学までに記入していただく書類です。」

「あ、はい。ありがとうございます。今書いちゃっても良いですか?」

「ええ、構いませんよ」


 そう言われて俺は書類をさっさと書き上げる。そんな難しい項目はなく、精々名前と住所と生年月日くらいだ。生年月日は適当に、住所は家を売ったから無いとでも言えば良いか。後は、この学園の校則みたいなものだ。大した事は書いていないが、決闘場以外での魔法を禁ずるって文言初めて見たわ。物騒すぎるだろ・・・って決闘場!?


「け、決闘場・・・」


 俺が眉を顰めて呟くと、それを聞いたガルアドットさんが「安心してください」と口を開く。


「ウェイン教諭はアーガマさんへ決闘を申し込む事ができません」

「え、そうなんですか?」

「ええ」


 やった!肩の荷がおりた!流石、ガルアドットさんだ。俺の呟き一つでここまで察せるなんて仕事ができる!


「でも、ウェイン教諭を悪く思わないでくださいね。あんなのでも、頼りになる良い人なんですよ」


 ガルアドットさんは微笑んでウェインさんの評判を次々と挙げていく。生徒思いとか、意外と料理が上手とか、結構女子生徒からモテるとか、ああ見えて奥手で紳士的だとか、金銭感覚はしっかりしているとか、安心できるとか、声が落ち着くとか、カッコいいとか、他の女性に取られたくないとか、いや後半からガルアドットさんの感想じゃねえかよ。


「えっと、ガルアドットさんってウェインさんの事が好きなんですか?」

「いえ、そんな事は」

「え・・・?でも・・・」

「いえ、そう言った感情はありません」


 キッパリと答える。が、目は泳いでいるし耳は赤い。先程までの沈着冷静な姿勢とは違って明らかに動揺しているのがわかるが、本人はこれで隠しているつもりなんだろう。隠せていないのだが、恩人の恋慕をこれ以上追求するのはやめておこう。


「・・・じゃあこれ、書類記入したので」

「はい。・・・確認しました。本日は以上です。お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございました」


 席を立ち、お辞儀をすると、ガルアドットさんは扉を開けて「また、入学式に」と笑顔で見送ってくれる。どうか、その恋が成就しますように

 部屋を出て、角を曲がりエントランスの方へ突き進み外へ出る。後は宿泊している宿屋に帰るだけだと背筋を伸ばしていると「あっ・・・アーガマ・・・」と背後から誰かがかなり弱々しい声で俺の名を呼ぶ。


「げっ!」


 後ろを振り返ると、見覚えのあるシルエットに思わず顔を顰めるが、それは段々と困惑の表情に変わる。

 俺が知っているのは、勝気で自信たっぷりな彼女の姿だからだ。赤く腫れた目の下に隈を作り、自信なんて欠片も感じず、目には正気がない。唇はカサカサで肌は荒れ髪も傷んでいる。そんな酷く窶れた姿の彼女を俺は知らない。

 彼女は何かを言いたげに口をパクパクと動かすが、声が掠れて出るだけで要領を得ない。


「お前、どうしたんだよ、何があったんだ?」


 勝気なままだったら、憤りを覚えて暴言の一つや二つは吐いただろうが、ここまで不健康な姿をみると、そんな思いもなくなる。


「大丈夫か?」


 そう言って近づくと、彼女は深々と頭を下げる。


「ごっ、ごめっ・・・ごめん・・・ごめんなさ、い・・・ごめんなさい・・・・・・」


 絞り出した声で謝罪の言葉を述べる彼女の体は小刻みに震えている。触れれば壊れてしまいそうな程に弱々しい。

 そんな彼女ーールカ・サウロの姿に、俺は更に困惑の色を深めるだけだった。

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