第13話 6
生涯の内に経験できる事は限りがある。勉学だって、労働だって、娯楽だってそうだ。短い人生の中で、何を経験するのかを取捨選択して人は日々生きている。そのハズだ。
しかし、時には経験しなくて良い事を経験する事もある。何の教訓にもならない、ただただ無駄な経験。それが、先程の面接だ。
「ガチモンの恐怖を覚えた。」
面接室から出て外に続く廊下を歩いているが、未だに寒気が抜けない。めちゃくちゃ迫ってくるし、怖すぎるだろあの人。
しかし、ガルアドットさんはカッコよかった。助けを呼ぶなりいち早く駆けつけて即座に対応してくれる。所作も美しい。
あの人を仕事ができそうなと大変失礼な評価を下してしまったが、改める他ない。あの人は仕事ができる人だ。それも迅速に的確に、頭が上がらないね。
そんな事を考えていると、廊下を抜けてエントランスへと辿り着く。すぐそこには出口だ。合格を言い渡されたし、他国へ放浪するのはよして入学式までは安い宿で寝泊まりでもするかな。
「シロー!」
出口に差し掛かる所で、呼び止められる。この可愛らしい声でその呼び方をするのは一人しかいない。
「ロラン!帰ってなかったのか?」
そう声のする方へ振り向いて答えると、畳んだ白杖を片手に小走りでこちらへ来るロランがいた。危ないから走るな!
俺が駆け寄ってロランの手を取ると、ロランは「えへへ・・・ありがとう!」とはにかむ。先刻のウェインさんの衝撃を吹き飛ばす程の癒しだ。
「ボクね、シローを待ってたの。」
「どうして?」
「謝りたかったから」
謝りたい。ロランはそう言うが、何を謝ると言うのだろうか。ロランが俺に謝る様な事はしていないはずだが。
「何を謝りたいんだ?」
「今朝、ボクがしっかりサウロさんに意見していれば、シローがこんな目に遭う事は無かったのに・・・本当にごめんなさい!」
「それか・・・」
ロランはその事を気にしていたのか。萎縮して声が出せなかったのだから仕方がない事だろう。元々攻めるつもりなんかないのだが、ロランは深々の頭を下げる。
「ボ、ボク、他の人にはどう思われても良いけど、シローには嫌われたくないんだ・・・」
「え?お、おう」
「これから少しずつ自分を変えていくから!シローとはこれからも良い関係を築きたいんだ!」
「お、おう、・・・おう?」
愛の告白か?待て、今日出会ったばかりだぞ、そんな事はない。いや、でもそうだと嬉しいな。しかし、急すぎるぞ。でも、恋は突然にって言うからな。考えがまとまらない!
「だから、今日はシローの力になれなくてごめんなさい!」
「あ、ああ、そうね。」
別にそう言う訳じゃ無さそうでちょっと悲しい。少しでも勘違いして勝手に舞い上がったのが恥ずかしいわ。
「許してくれるの・・・?」
「ロランには怒ってないし別にいいんだよ。気にしないで」
寧ろ心配してたくらいだし、筆記試験の時とかさっさと項目埋めて残り時間はずっとロランの事を考えていた。それくらいには心配していた。それに、例えロランが悪かったとしてもそんな小動物みたいに縮こまって謝られたら、許す以外ないだろ。
ロランははにかんで「やった!」と小さくガッツポーズしている。かわいい〜
「オイ、そこの平民。」
「あ?」
俺が折角ロランを観察しているというのに、それに横入れをする様に背後から声をかけられる。なんだよ今良い所なのに
「今朝、平民の女と話していただろう。アイツは何を話していたんだ?」
「お前誰だよ。藪から棒に女の話か?浮ついてるな。」
「なっ!?貴様なんて態度だ!俺が誰だかわかってるのか!?」
「だから知らねえよ!誰だテメェは!」
俺とロランの時間を邪魔しただけじゃなく、
「シロー、この方はカイ・ロットさんだよ。今朝、サウロさんと話してた子爵様のご子息だよ。」
「あ、お前あの紫か!」
「髪の色で呼ぶな!と言うか髪の色で覚えてるなら俺を見た時点で思い出せ!」
カイ・ロットという男は存外ノリが良い様だ。ロランが耳打ちしてくれなければ思い出す事なんて一生無かっただろうが、こんなにノリが良いとはロランに感謝しなきゃな。
「ロラン、教えてくれてありがとうな。」
「え?ううん。いいよ。えへへ」
ロランにお礼を言うと、ロランはまたはにかむ。この子はよく笑う。しかし笑顔が似合うな〜
「フンッ!なんだ、そっちの忌み子は俺の事を知ってるのか。」
「忌み子?誰がだよ。」
「あっ・・・」
カイの言葉に俺が首を傾げると、ロランは声を漏らして後退りする。
「大丈夫か?ロラン?」
ロランの方を向くと、ロランは俺とカイから距離を取る様に更に後退りしていく。折角縮まったと思った距離が離れていく。
「ロラン・・・?」
俺は、声を掛ける事しかできない。
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