第11話 4

「どうぞ、おかけください。」


 私がそう言うと、サウロは「失礼します。」と言って美しい所作で席に着く。席に着いても尚、正されたままの彼女の姿勢はただただ美しい。

 しかし、こういった面接の時の受け答えもサウロの様な学のある平民やオクトヴィルの様な一部の貴族くらいしかやらない。いつもなら手順も何もない面接に嘆いてるだけだが、今回は二連続で当たりを引いたな。実にやりやすい。


「ではまず、ルカ・サウロさん。貴女は私達学園にアピールできるものはあるだろうか?」


 私がそう尋ねると、サウロは自信に満ち溢れた表情で「はい!あります!」と答える。さっきのオクトヴィルとは雲泥の差だ。


「それは、なにかな?」

「はい、私は何事に対しても真剣に取り組み、継続する事ができます。」

「と、言うと?」

「例えば勉学では、文法や計算、歴史や魔法学等を朝と晩に予習復習を毎日続けています。魔法の才がわかり、お国から支援を頂いた日から欠かした事はありません。」

「ほう。他には?」

「はい、剣術や魔法に関しても日々研鑽を積んでいます。剣術は素振りを毎日一万回、魔法に関しては精度を上げる為、コントロールの練習を小魔力オドが許す限り毎日続けています。」


 それは確かに凄い。実際、その努力の成果は試験の結果に出ている。この国の識字率は低く、平民に至っては数字以外読み書きができないのは当たり前だったりする。そんな中で、平民出身にも関わらず、ここまで立派に成長しているのは、本人の努力の賜物だろう。


「他には?」

「他、ですか・・・」


 私が、他のアピールポイントを催促すると、サウロは初めて困った顔を見せる。しかし、その表情は何かに葛藤している様な表情で、これ以上アピールできるものはないと諦めた表情ではない。


「そう。サウロが誇れるモノや行動はないのか?ないならこのまま面接を終了するが?」


 なにかあるな、と探りを入れてみる。すると、サウロは「あります。」と迷いが吹っ切れた表情で答えた。


「それは、なにかな?」

「それは言えません。」


 キッパリとサウロは言い張る。誇れる事はある、でもそれは絶対に言わない。固い決意をみせられている。少し意地悪をしてやろうと「それを言わなければこの学園に入学できないとしても?」と揺さぶりをかけるが、「はい、言えません。」とあくまで意見は変えない。


「何故?」

「私の主義に反するからです。」

「なるほどねえ・・・その主義に朝の事も含まれてるのかい?」


 私の嫌味ったらしいその質問に、サウロは「その節は大変ご迷惑をおかけしました。」と頭を下げて続ける。


「朝の事に関しても、そうです。私の主義、正義に反する行いを見かけたので、行動しました。」

「その行動は正しかったと思っているかい?」

「はい。思っています。」


 自分の行動は疑っていない、か。良くも悪くも、彼女は視野が狭すぎる。このままじゃ、いずれ孤立するだろう。


「じゃあ例えばだが、キミが助けた相手がキミの助けを望んでいなかった場合、キミはどうするんだ?」

「・・・?どう言う事でしょうか?すみません、質問の意味が・・・」

「わかった。例え話しはやめて直球で行こう。オクトヴィルはキミの助けを望んだか?」

「そ、それは・・・」


 サウロの表情が一気に曇る。サウロ自身もオクトヴィルに助けを求められた覚えはないのだろう。ただ、あの現場を見て行動した訳なのだから。


「し、しかし!"彼女"はあのアーガマという少年に辱めを受けていました!あの現状をみて、助けるなと言うのですか!?」


 私が件の騒動を治めた後、それぞれが席に着く様に促したが、彼ら三人は本来座るはずだった席とは別の席へ誘導した。何故なら、オクトヴィル、サウロ、アーガマの三人は受験番号が連番だったからだ。あのまま席に着いていたら折角治めた騒動も意味を為さない。

 あの騒動以降、彼らは顔を合わせてはいない。合わせない様にこちらが手配したからだ。だから、サウロは知らない。ロラン・オクトヴィルが男だと言う事をーー


「サウロ、キミは勘違いをしている。今回の問題はそれが原因だ。」

「な、なにを勘違いしていると言うのでしょうか?」


 私の言葉にサウロは身を乗り出す様に問うてくる。自分の行動にどんな過ちがあったのか、不安気に顔を歪ませて。


「ロラン・オクトヴィルは女性ではない。男性だ。」

「・・・え・・・・・・?」


 サウロは目をぱちくりとさせて「で、でも!」と納得していない様子だ。


「あ、あんなに華奢で・・・小柄で可愛らしいのに・・・だ、男性?オクトヴィルさんが・・・?」

「そうだ。オクトヴィルは男だ。」

「で、でも目隠しをさせられていた事実は変わりません!」

「ああ、そうだな。」

「でしたら、私の行動は間違ってなかったのでは!?あの様な辱める行為は、性別に関係なく許されざる行為なはずです!」


 概ね同意だ。しかし、糾弾する相手は違う。サウロが糾弾したアーガマは、ただ運の悪かったお人好しだ。それに、オクトヴィルが目隠しをされている理由をサウロは知らない。


「サウロ、キミはオクトヴィルが何故目隠しをさせられていたか考えた事はあるか?」

「い、いえ・・・アーガマの趣味かと・・・」

「違う。オクトヴィルは魔眼持ちだ。」

「魔・・・・・・あ」


 そこでサウロはハッとして膝から崩れ落ちる。答えまで言っているのだ。流石に視野の狭い彼女でもわかるだろう。オクトヴィルの目隠しは、彼の家が彼につけさせたモノだ。


「そ、そんな・・・じゃあ、私は・・・何の罪もないアーガマを・・・?」

「アーガマは反論しなかったか?オクトヴィルは口を挟まなかったか?」


 サウロの顔は血の気が引いて蒼白していた。取り返しの付かない事をしたのだと後悔している。自分の正義で他人に冤罪を被せた罪悪感は、あらゆる感情と共にサウロへ押し寄せているのだろう。その表情が全てを物語っている。


「アーガマとオクトヴィルへ謝罪をする機会は与えよう。面接はこれで終わりだ。気をつけて帰ると良い。」


 そう言って、私はサウロを出口へ促す。

 生気のないフラついた足取りのサウロは、今にも消え入りそうな掠れた声で「失礼しました・・・」と言って退出する。

 彼女の成長の為には必要な事とは言え、やり過ぎてしまっただろうか。きっと、ガルアドット女史が一部始終を見ていたなら、「ウェイン教諭、最低です。」と吐き捨てて退出していただろう。

 すまない、サウロ。キミの為だと理解して欲しい。

 サウロについて頭を回らせていると、ドアが四回ノックされた。

 私はため息を吐いてから「どうぞ」と答える。


「失礼します。」


 その声と共に扉は開かれる。ついに彼の番かーー。

 どうしても知りたい事がある。その姓をどうして名乗っているのか。

 どうしても聞きたい事がある。どこでそんな力を付けてきたのか。

 どうしても確かめたい事がある。彼は私より強いのか。


「シロウ・アーガマと申します。本日は、よろしくお願いいたします。」


 今日一番の大物が、私の前に現れた。

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