第10話 3

 今年の受験生は元気が良い。

 まさか朝っぱらから試験会場で平民二人が口論を繰り広げているとは思わなかった。


「今回は面白い生徒が集まっている様子じゃないか。」


 ガハハ、と豪快に笑うと隣にいる目つきの鋭い女性、ジェニファー・ガルアドット女史はため息を吐く。


「ウェイン教諭、笑い事ではありませんよ。事もあろうに、ここ王立ヘムズワース学院という神聖な場所において、あの様な立ち居振る舞い。この学園の門を潜る者に相応しいとは到底思えませんね。」

「固い事を言うな、ガルアドット女史。アレくらいの気骨が無ければ、つまらないだろう。」

「なにも面白くはありません。趣味が悪いですよ、ウェイン教諭。」


 ガルアドット女史は何度めかもわからないため息を吐いて私を睥睨する。が、金の卵が目の前に転がっていたのだ。この興奮は仕方がない事だ。


「いや、面白いさ。あの平民二人、ルカ・サウロ嬢はそれなりの経歴をしている。間違いなく試験は通過するだろう。」

「はあ、そうですか。」

「それに、もう一人の方は名前をシロウ・"アーガマ"と名乗ったそうだな。」

「ええ、そう書類には記載されています。」


 、本来なら悪質な悪戯で片付けるようなモノではあるが、あの少年は私の動きを目で追っていた。きっと、あのままサウロ嬢が殴りかかっていたとしても、最小限の動きで避けていただろう。

 まだその片鱗の一角を見たに過ぎないが、これ程の実力、アーガマの姓を名乗るに相応しい。

 もしかしたら、或いはーー


「それに、例のもいる。彼ら三人が既に接触していたのは予想外だったがな。」


 蓄えた髭を摩り不敵な笑みを浮かべる。その様子をみたガルアドット女史はみるみる顔を青ざめさせて「いけません!」と取り乱す。面白い反応をする貴婦人だ。


「まさか、あの三人をこの学園に受け入れるおつもりで!?」

「・・・どうだろうな?ガルアドット女史はどう思う?」


 惚けた顔をしてガルアドット女史に意地悪く聞いてみると、更に慌て出し「な、なりません!」と身振り手振りで私を説得しようと試みる。


「彼らは平民です!オクトヴィルの子息だって、名目上廃嫡されていないだけで、扱いは悲惨なモノです!そんな子が学園に来たらーー」


 そこでガルアドット女史は我に返り口を抑える。懸命だ。この学園は建前では貴賎のない学園と謳ってはいるが、そんな事はない。当たり前の様に権力をかざす者ばかりだ。彼らが入学すれば、酷い目に遭うのは日を見るより明らかだろう。ガルアドット女史の優しさに感嘆とするが、それではなにも解決しない。


「私は、彼らを保護するつもりでいる。」

「そ、それはつまり・・・」

「そう。キミの時と同じだ。。彼らは私が受け持つ。」


 かつてキミと同じ様に。


「そ、そうですか。それなら、もう好きにしてください。」


 そう言ってガルアドット女史は顔を背ける。耳まで紅潮しているのが丸わかりだが、それでも隠しているつもりなのだろう。やはり面白い反応をする。


「さて、私は試験監督なのでね。まずは号令をかけなきゃね。めんどくさいなぁ・・・ガルアドット女史、代わりにやってくれない?」

「やりませんよ。職務を全うしてください。。」


 ガルアドット女史は悪戯っ子の様に笑うとその場を去ってしまう。彼女のそんな一面を見たのは何年振りだろうか。私は呆気に取られて暫く呆然と立ち尽くしていた。



 この学園の入学試験は三つに分かれている。まず一つに筆記試験。この国の歴史や算術、魔法式、正しく言語を理解し使用できているかと様々な科目の筆記試験だ。この試験は大して重要ではないのだが、筆記科目が多いので、大体昼過ぎまで時間がかかってしまう。意味がないのだから、廃止にすれば良いと思っている。

 次に実技試験だ。この学園の入学試験に参加する条件は魔法を使用できる事だ。その為、個人個人の魔法の威力、精密度、小魔力オドの効率的循環、その容量、それらを見極める為の実技試験だ。

 この試験は個人個人が個室へ入り、個室内にある小魔力オドを計測する為の水晶を的に、自分の最も得意な魔法を放つ形式になっている。

 計測する部屋数がかなり多いので、実技試験はそう時間はかからない。しかし、これも意味のない試験だ。意味がないのだから、さっさと廃止しろと常々思っている。

 最後に面接だ。基本、試験に参加するのは子爵と男爵の子息息女だけで、それ以上の身分の子息息女は試験を受けずに学園へ入学する。貴賎のないとは聞いて呆れるが、その学園の教員である自分に口を出す資格はない。

 面接と言っても形式上なもので、どの教諭が誰を受け持つかを決める為だけに開かれる。だから、基本的に参加しない生徒が多い。そういう事は既に決まっているからだ。

 逆に、決まっていない者は面接に参加せざるを得ない。学がなく魔法が目も当てられない程に酷くても、金を積んで担当する教諭さえ決まっていれば、この学園には難なく入学できる。裏を返せば、担当教諭がいなく、この面接でも担当する教諭が見つからなければ不合格となり入学は叶わない。

 だから基本、この面接には鼻つまみ者が多く来る。会話が成り立たなかったり、態度が悪かったり、正直疲れる。


「それでは、ロラン・オクトヴィル君。貴方は私達学園にアピールできるものはあるかな?」


 私の目の前にいる、ロラン・オクトヴィルは今朝方起きた試験会場の騒動の渦中にいた者だ。


「はっ、はい!ボ、ボボボ、ボクにはアピールできる立派なものは、何一つありません!」


 呂律の回らない舌を一所懸命に動かして上擦った声で彼は言う。そんな自信満々に自分を卑下しなくても良いと思うのだが。

 彼は樹の魔法の適性を持つ貴重な人材だが、のせいでオクトヴィルはどこに行っても冷遇されている。しかし、それでも彼には凄い力がある事には変わらない。彼には自信を付けさせないとな、と考えていると、「ですが」とオクトヴィルは続ける。


「ボクには誇れる友人がいます。」


 魔眼を隠す様に巻かれた薄汚い目隠しのせいで、その表情の全てを知る事はできないが、それでもわかる。彼は今、目頭が熱くなっている事だろう。


「ほう。それは、誰かな?」

「はい、シロウ・アーガマくんです。」


 オクトヴィルは先程までの緊張し切った態度とは打って変わって、布越しに私を見据えてからハキハキと答える。


「彼とは前からの知り合いで?」

「いえ、違います。今朝、知り合いました。」

「それだけで彼を友人と、オクトヴィル君は言えるのか?」


 かなり、意地が悪い質問だなと、思う。自分で言っていてなんだが、性格が悪すぎる質問だ。今ここにガルアドット女史がいたら、「ウェイン教諭・・・」といつもより何倍増しかの侮蔑の眼差しを受けていただろう。しかし、オクトヴィルはそんな事を気にする素振りもなく「わかりません。」と答える。


「彼にとっては、ただの気まぐれだったかもしれません。彼の中では、ボクは友人足り得ていないのかもしれません。ですが、それが例え気まぐれだとしても、ボクは彼のその気まぐれで心が救われたのです。例え彼がボクを友人として見ていなくても、ボクは彼の事を友人として支えます。」


 自信を持ってそう言い切る。オクトヴィルの中にある決意は、たった半日しか経っていないにも関わらず、忠誠、又は依存している様にも思える。しかし、それは私がどうこうする問題ではない。ここは賭けてみるとしよう。


「オクトヴィル、キミは男爵家の子息だ。そして、アーガマは平民だ。これをどう考える?」

「貴校は貴賎なき学園と伺いましたが、何か考える事があるのでしょうか?」


 オクトヴィルは私の質問に語気を強めて返す。当初のオドオドした様子は見る影もなく、今はただ毅然とした態度で私に向き合う。気に入った。


「わかった。面接は以上だ。帰りは気をつけて帰ると良い」

「えっ、あっはい・・・し、失礼いたしました・・・」


 面接が終わるや否や、オクトヴィルは元通りの臆病な性格を見せる。これが演技じゃないんだから凄い。

 オクトヴィルが退出してから暫くすると、ドアが三回ノックされる。


「どうぞ」


 私が声をかけると、「失礼します!」と元気な声でドアが開かれる。入室した少女は、先程のオクトヴィルと違ってハキハキとしている。背筋も伸ばし、整えられた姿勢にキリッとした表情には不安の陰を伺える事はない。自信に満ちたその姿には、勝気な印象を与える。

 彼女も、今朝の騒動の渦中にいた人物だ。名前はーー


「ルカ・サウロと申します!本日はよろしくお願いいたします!」


 面接は、まだ終わらない。

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