第9話 2

「この平民が!俺はカイ・ロットだぞ!態度を改めろ!」


 かなりの声量でそう言い放つのは紫のアシンメトリーな髪型が特徴的な少年で、胸には浅黄色のワッペンを付けている。子爵の子息である彼は、相対する少女に対して威張っている様子だ。


「いきなり"平民の女"なんて呼ばれて快く答えるとでも?態度を改めるべきは貴方の方じゃないの?」


 対する少女は、薄紫の腰まで伸ばしたロングヘアが特徴的な勝気な少女である。胸元にはワッペンは無く、会話の内容から平民である事が伺える。平民であるにも関わらず、貴族の息子に物怖じしないその姿は、彼女の凛々しさを物語っている。

 というか、俺以外にも平民の参加者がいるのかよ。


「うわ、紫対薄紫の戦闘始まってるじゃん。めんどくさいな〜。」

「シ、シロー、大丈夫?」

「大丈夫だ。俺らには関係ない。無視するぞ。」

「え、え、う、うん」


 触らぬ神に祟り無しとも言うしな。少し困惑した表情を見せたロランを連れてその場から離れようとする。しかし、白熱する紫対薄紫の戦いのギャラリーは徐々に増えていき、俺らはそのギャラリーに囲まれてしまった。


「女、名前を教えろ。俺は最初からそう言っている。」

「貴方に教える名前は無いわ。」

「名を名乗れ!名を知らんのだから、平民の女と呼ぶしかないだろう!」

「他にも呼び方はあるでしょう?どうしてそんな見下した言い方しかできないわけ?」

「見下した?何を言っている?お前は平民だろう。」

「はあ、話にならないわ。」


 薄紫の少女はため息を吐くと紫の少年を背にして歩き出す。話をしても意味がないと判断した為、この場から移動する様だ。


「オイ、女!どこへ行く!待て!」

「待たないわよ。気持ち悪い。」

「なっ」


 薄紫の少女が紫の少年を睥睨してボソリと呟くと、それが耳に入ったのか紫の少年は口をあんぐりと開けてその場に立ち尽くす。お付きの人が声をかけているが、反応がない。クリティカルだったんだろうなぁ


 それを呆然と眺めていると、薄紫の少女はこちらに歩を進めている事に気づく。


「いや、なんでこっちに来るんだよ。向こう行けよ。」

「それはカイさんが向こう側にいるからだと思うよ。だから、彼女はこっちに来るしかないんだと思う。」

「わかるのか?凄いな。」

「ま、まあね・・・えへへ」


 目が見えない割にロランは冷静で的確な分析をする。素直に凄いなと思う。だってあの紫の少年の名前覚えてるんだもん。

 そうやってその場に立ち止まっていると、近くまで来た件の少女が俺らに気付き「あら?」と声をかけてくる。


「私以外にも平民の方はいるのね。なんだか安心したわ。私はルカ・サウロよ。よろしく。」


 ルカと名乗る少女は、先程までの態度とは打って変わって淑女然とした振る舞いで手を差し出してきた。ルカが近くに来てやっと分かったが、彼女は背が高い。平均より高い俺の身長よりも高い。それに


「俺はシロウ・アーガマ。よろしく。」

「ボ、ボクはロラン・オクトヴィルです。よ、よろしくお願いします・・・」


 ルカの差し出した手を取ろうとした時にルカはハッとした顔をして「ちょっと待って!」と静止する。


「なんだ?どうした?」

「貴女、オクトヴィルさん。貴女は男爵様のご令嬢ですよね?」

「え?い、いや、ちがっボクはーー」

「いいえ、ワッペンを見ればわかります。アーガマ、同じ平民として切磋琢磨できればと思っていたけれど、見損なったわ!」

「は?」


 ルカは物凄い剣幕で俺を睨みつける。何言ってるんだコイツ。


「アーガマ、お前は彼女に何をやらせているんだ!目隠しをさせて!腕にしがみつかせて!彼女を辱めるな!いい加減にしろ!」

「ち、違うんですよ!サウロさん!ボ、ボクはーー」

「オクトヴィルさん、大丈夫です!何か弱みを握られているのでしょう。私が全力で守りますので、こちらへ!」


 ルカはそう言うと俺の元からロランを引き剥がして自分の背後へ回す。ロランは力が弱いのか「えっ!あっ!・・・あっ!」と情けない声を出してルカに回収された。引き剥がされた時に心配そうな口元をして、未練がましく腕を伸ばしていたのはかなり可愛いと思った。


「女の敵め!恥を知れ!」

「まずお前はロランの話を遮る前に全部聞けよ。」

「黙れ!この下衆が!女を道具としか見ない外道が!」

「あぁん!?言うに事欠いてなんだとクソが!人の話を聞かねえで感情も抑制できない奴が一丁前に意見してんじゃねえぞ!」

「な、なんて口の悪い・・・」

「シロー、口悪いよ・・・」


 ちょっと待て!ルカに言われるのはまだいいが、ロランにまで口が悪いって言われるのは傷つくぞ!


「口が悪いって言ってもなルカ、お前はお前で野蛮すぎるぜ。俺はロランの話を聞けって言ってるんだ。」

「なっ!気安くファーストネームを呼ぶな!」


 ルカと呼んだのがそんなに気に食わなかったのか、更に凄い形相で睨みつけてくる。この状況に辟易している俺はそれが表情に出ていたのか、ルカはそんな俺を睥睨して「それに話を聞かなくても状況を見ればわかる!」と意気揚々に言う。


「ハッ!見ればわかるって何がわかるんだよ!」

「そんなのは簡単な事だ!男爵令嬢が特殊プレイをして平民に従う訳がないだろ!」


 お前どういう解釈してるんだよ!頭の中アブノーマルな事ばかりか!?なんでそうなるんだよ!

 ロランも「ち、違うよ?」と反論するが、ルカは聞く耳を持たない。


「お前がオクトヴィルさんの弱みでも握ってこの様な羞恥プレイを観衆の目があるこんな所で決行したのだろう!女性を辱めて興奮する変態が!」


 コイツ、マジかよ。人の話を聞かないなんてレベルじゃない。妄想が行き過ぎている。勝手に一人で暴走してやがる。

 しかし、こういう時は黙った方が負けだ。声の大きい方が勝つ。現に紫の少年とルカの舌戦を見ていたギャラリーが、今度は俺らの舌戦が始まりそれを静観していたが「アイツ、試験会場でそんな事してたのか・・・」「変態・・・!」「でもアレってオクトヴィルの忌み子だろ。アイツ確かーー」とルカが声を張る度にギャラリーは様々な反応を見せ始める。俺の味方どこ?


「黙っているとは図星だったみたいだな!」

「違うわ!あまりにも突飛な物言いに思考回路がショートしただけだわ!この色ボケが!」

「色ボ!?き、貴様!オクトヴィルさんだけでなく私の事も辱める気か!?」

「なんでそうなるんだよ!そもそも今の状況はどうなんだ!?お前は俺を辱めているんじゃないのか!?俺はお前に無実の罪を着せられているんだよ!」


 こんな事、日本にいた頃にもあったなと思い返す。でも今はそんな事どうでも良い。今はこの場を切り抜ける事が何よりも先決だ。


「・・・何を言っている?現にお前は男爵令嬢に言い逃れできない格好をさせていただろう!」


 平行線だ。俺が認めるまでこのまま平行線が続くだろう。ロランは萎縮してしまって口を出せない状況だ。ロランに白杖を出させれば解決するのかも知れないが、こんな大勢の人が見ている中でロランの身体的特徴に言及してまで言い逃れたいとは思わない。そうなれば、俺の舌一つでどうにかなる状況じゃない。この状況はもう俺には覆せない。


「私は、私の正義に従い、お前を許さない!」


 ルカがそう言うとギャラリー達も調子づいてルカに拍手を浴びせる。観衆達も「良く言った!」「あの子平民ですって!?気概のある方ですわ!」「変態に断罪を!」「いや、だからあのオクトヴィルってーー」と、様々な反応だ。

 見ているだけの部外者は気楽だから良い。気楽だからこそ、物事を深く考えずに野次を飛ばせる。冤罪をふっかけられる俺の身にもなれってんだ。


「・・・なにが正義だよ。」

「なんだと・・・?お前、私の正義をバカにする気か?」


 この場で現状復帰は俺だけの力じゃ到底無理。ここまでルカが場の空気を掴んで俺の事を悪役ヒールにしてしまったら、もう誰も俺の話は聞いてくれないだろう。ロランが口を開ける状態になれば釈明してくれるかもしれないが、それがいつかもわからない。このまま問題を起こしたとして試験を受けれず不合格なんて事も有り得る。最悪だ。


「くだらない正義を振り回してる暇があるなら、バカみてえに声を張り上げるんじゃなくて少しは頭を働かせてみろよ。」

「ハッ!私の正義が偽善とでも言いたいのか!?例え偽善だとしてもーー」

「違えよ。どこまでおめでたいんだお前は。お前のは偽善でもねえよ。」

「・・・偽善でないのなら、なんだと言うのだ?」


 やっと人の話を聞く体制をとったルカに俺は嫌味ったらしく答える。鼻で笑ってコケにする様に。


「ただの迷惑行為だよ。」


 俺の言葉を受けたルカの表情はみるみる内に眉間に皺が寄っていく。普通にしていれば美人の顔が怒りの形相に変わる。


「お前!それは私のーー」


 言って、ルカは俺目掛けて拳を振りかざすが、そこでルカの動きは止まった。明らかに寸止めではなく俺を殴り飛ばす勢いであったのだが、今はピクリとも動かない。何故なら


「双方そこまで!これから試験を開始する為、皆席に着くように!」


 目で追うのも面倒なくらいの速さで現れた筋骨隆々でこれでもかと剛毛の髭を蓄えたおっさんが、憤るルカの口を抑え、振り上げた拳を掴んでいた。


「元気なのは良い事だが、時と場合を考えような。」


 そう言っておっさんは笑った。

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