第7話 6

 ついにこの時が来てしまった。


「行っちまったかあ」

「行ってしまいましたね。」

「行っちゃったわ」


 私達は口々にそう呟く。

 彼、浦木士朗をこの世界に呼び出して三百六十七年。ついに、師匠の言っていた通り士朗は王立ヘムズワース学園へと旅立ってしまった。

 正直、寂しい。寂しくて寂しくて堪らない。

 この三百六十七年間がとても幸せだった。士朗に寝食を共にする事ができて。


「今日からどうやって生きていこう・・・」

「姉ちゃん、士朗の事ずっと好きだもんな。いなくなって寂しいよなぁ・・・」

「な!?」

「隠しているつもりなのですか?子供の頃からわかりやすかったですよ。」

「に!!」

「つーか、士朗にずっと添い寝してた癖に手付けられてないんだろ?」

「て、手応えはあったから!昨日なんか押し倒されたし!」

「嘘つけ」

「虚偽の申告はみっともないですよ。姉さん。」

「嘘じゃない!嘘じゃない!本当だよ!」


 私は弟達に必死に昨夜の事を熱弁するが、弟達は聞く耳を持たない。実の姉より士朗を信用すると言うのか。

 でも、それは仕方ないというか当然の事。

 私達は士朗に救われたのだから。私はずっと、何百年も前から士朗の事をーー。


「でも、やっぱ師匠の言った通りだな。」

「・・・そうだね。結局最後まで士朗は言わなかった。」

「私達に気を遣っているのでしょう。」


 もう士朗の後ろ姿は見えない。士朗が走り出した後の虚空を見つめて私はポツリと呟く。


「どれだけ士朗の事を愛していても、死にたい気持ちは変えられなかったわ。」


 それを聞いたノアもレイも黙り込む。多分、二人も同じ気持ちだからだ。

 不老不死の呪い。何年も何十年も何百年も老いる事も死ぬ事も許されない。最悪の呪い。

 例え親しい人ができたって、愛しい人ができたって、皆私達を置いて逝ってしまう。虚しい、苦しい、辛い。でも、士朗のおかげで私達は寂しい思いをしなくて済んだ。

 この赤い眼も、魔眼と忌み嫌われたこの眼ですらも、士朗は優しく受け止めてくれる。

 士朗がいたから、私達は絶望せずに生きて来れた。

 士朗無しでは生きていけない。

 士朗が居れば、生きていける。

 それでも、もう死にたい。


「・・・・・・・・・あ」


 ああ、ダメだ。士朗がこの家を離れただけで大粒の涙がポロポロと溢れて頬を伝っていく。士朗が似合うと言ってくれたワンピースに、涙がポタポタと垂れてシミを作っていく。


「姉さん、家に入りましょう。士朗にはまた会えますよ。」


 そう言ってレイは私の背中を押して家の中に誘導する。


「とりあえず、温かい飲み物を飲もうか?」


 ノアは温かいお茶を用意してくれる。


「・・・ありがとう」


 二人共私と同じ気持ちなのに、二人は泣かない様に我慢しているのに、私は二人の姉なのに

 どうしよう、士朗。私はどうすれば良いのだろう。


「士朗、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


 あの時あの場所で召喚の儀式を行えば、浦木士朗が召喚される事は前もって知っていた事だ。

 でも、私達にはそれを実行しない選択肢だってあった。彼の生い立ちを聞いて、彼の境遇を聞いて、「ああ、この世界に呼んでよかった。」と自分を納得させた事もある。

 でも、本当はただのエゴ。自分の薄汚い自己中心的な考えで士朗をこの世界に呼んだ。


 私は、私達はこの先の事も知っている。

 今は士朗に魔族の王を倒す気がない事も、王が復活した後は他国の辺境の地でスローライフを送るつもりなのも、士朗にそう思わせた元凶が私達にある事も。


「士朗は長期休暇には帰ってこないでしょうね。」

「そうだろうな。会いたいけど、仕方ないよなぁ」

「こちらから会いに行けたら良いんですけどね。」

「士朗はそれを望んじゃいない。」


 ノアもレイも俯いてポツポツと会話を続ける。


「私達、良い師匠にはなれなかったわね。」


 またポツリと呟く。


「そうだな。俺は、士朗みたいにはなれなかった。」

「私も、彼の様な立派な人にはなれませんでしたね。」

「また士朗に会えて浮かれていただけなのかもね。」


 特に、私は

 何年も何十年も何百年も、士朗と一緒にお風呂に入って一緒に寝て抱きしめあって、それで得ていた幸福は、士朗がいなくなっただけで瓦解する仮初の幸福だ。浮かれていた私は馬鹿みたいだ。士朗はそれに付き合ってくれていただけなのに


 士朗がいなくなっただけで、こんなにも私の世界は光を失うんだ。それは多分、ノアもレイも同じ。


「ごめんね、二人共。暫く・・・私は寝るわ。」

「ああ、おやすみ。」

「姉さん、ゆっくり休んでください。」


 そうして私は席を立つ、ゆらゆらと頼りない足取りで、士朗が寝起きしていた部屋へと無意識に足を運ぶ。いや、これは意図的だ。


「・・・・・・ふふ。まだ士朗の香りがする。」


 ベッドに倒れ込み、士朗の匂いに包まれる。安心する匂いだ。

 本当は学園なんかに送り出したくなかった。試験なんか不合格になってしまえば良いと思っている。でも、これは必要な事。


 何故なら、私達はこの先の事も知っているから。


 士朗は、魔族の王を倒す。

 その為には学園に通わせなければいけない。この世界の為にもそうしなければいけない。その為に士朗を召喚した節もある。

 

 ああ、でも


「私って、本当に汚らしい」


 虚な目で士朗の匂いに包まれる。


「士朗、好き・・・・・・」


 アイシテル・・・。

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