第6話 5

 次の日の朝になれば、学園へ向かう為に三百六十七年暮らした家から出なくてはならない。その為、今は家の外に出てノア師匠とレイ師匠による熱い抱擁を受けていた。その場にセイラ師匠の姿はない。


「ついに行っちまうのか士朗ォ!入試不合格になって戻って来ォい!」

「私達が修行をつけたのです。入学できないはずがありません。できなかったら即刻戻ってきなさい。」

「師匠、これは激励の言葉として受け取ってよろしいのですか?」


 ノア師匠とレイ師匠の到底成功を願って送り出す者の台詞とは思えない激励の言葉を頂いた。この人達本当に人とのコミュニケーション下手だな。俺も人の事は言えないが。

 師匠二人の激励の言葉に苦笑いを返しつつ、周りを見渡すが、ここにはセイラ師匠の姿がない。そんな俺の視線を察したのか、レイ師匠が「姉さんはもう少ししたら来ますよ。」と眼鏡のブリッジを中指で押す。レイ師匠は度々こういう仕草するんだよな。眼鏡のサイズ合ってないのか?


「そうだ。士朗、お前これ無かったら試験受けられねえからな。渡すの忘れてたわ、ごめんな。」


 そう言ってノア師匠が渡してきたのは一枚の折り畳まれた紙だ。


「なんですか、これ」

「受験票」


 受験票!?オイオイ、受験票があるって事は願書提出とかあったのか?この世界にもそういう仕組みあるのかよ。というか、そんな大事なモノ渡し忘れるなよ!


「願書提出は私達で済ませておきました。ここの近くの村にある私達が倉庫として利用している家を現住所に設定したので、士朗は平民としての参加になります。」

「は、はあ、それはどうもありがとうございます。」


 現住所偽装じゃねえかこれ?俺の現住所はよくわからん森の中だぞ。

 そんなノア師匠とレイ師匠の粗雑さに呆気に取られていると、家の中からセイラ師匠が顔を出した。


「あ、セイラ師匠」

「士朗!みて!」


 そう言って姿を現したセイラ師匠は、いつもの地味な黒いローブではなく、白のワンピースを着用していた。他に飾りはない、シンプルな無地の白いワンピース。「似合う?」とはにかむセイラ師匠はやっぱり可愛い。


「似合ってますよ。でもどうしてそんな格好を?」

「だって士朗がこの家から出ていくんだよ。少しくらい綺麗な格好でお見送りしたいじゃない?」

「セイラ師匠はいつでも綺麗ですけどね。」

「・・・ぇあ」


 俺の言葉を受けて口をあんぐりと開けるセイラ師匠、軽口を叩きすぎたか。そんな様子を見たノア師匠とレイ師匠は「ヤレヤレ」と呟いている。というか、セイラ師匠は正装で見送りしてくれるみたいなのに、ノア師匠とレイ師匠はいつもの服装どころか寝巻きじゃねえか。たるみすぎだろ。


「そ、それじゃあ士朗、これ。入学金と当面の生活費が入ってるから、大事に管理してね。」


 セイラ師匠は気を取り直して手に持っていた皮袋を手渡す。この中に金が入ってるのか、この世界の金は初めて触れるな。そんな事を考えながらも、「ありがとうございます。」とお礼を言って鞄の中に皮袋をしまう。マジで今から外の世界に出るんだな。今更ながら実感湧いてきた。


「じゃあ士朗、元気でやれよ。長期休暇には帰って来い。」

「はい、ノア師匠こそお元気で。可能なら帰ってきます。」

「私達ができる事はやったつもりです。士朗なら大抵の事で躓く事は無いでしょうが、傲慢になってはダメですよ。常に謙虚を心がけてください。後、長期休暇には帰ってきてください。」

「はい、レイ師匠のお言葉、しっかりと胸に刻み、日々邁進したいと思います。それと、可能なら帰ってきます。」

「士朗、長期休暇には帰ってきてね。私待ってるから。」

「はい、セイラ師匠。可能なら帰ってきます」


 師匠達と別れの言葉を交わすが、全員が長期休暇には帰って来いと言って来る。どんだけ帰ってきて欲しいんだよ。帰るつもりねえよ。


「それと、士朗」

「はい、なんでしょう」

「やたらめったら女の子を口説いちゃダメだからね?」

「口説きませんよ。」

「ご飯はしっかり食べるのよ?」

「学食があるので大丈夫ですよ。」

「睡眠もしっかり取るのよ?」

「就寝時間には寝ますよ。一日六時間は寝るつもりです。」

「しっかり勉学に励むのよ?」

「それは、まあ、はい。やりますよ。」

「後は、私達を忘れないでね。」


 セイラ師匠はそう言うと、俺を強く抱きしめた。それを合図にノア師匠もレイ師匠も俺を強く抱きしめる。暖かい。愛されている事を強く感じる。だからこそ、師匠達を裏切る様な真似をする事に罪悪感を覚える。

 でも、呪いが解けて師匠達が死ぬくらいなら、決意は揺るがない。


「忘れませんよ、絶対に。ノア師匠も、レイ師匠も、セイラ師匠も、俺の大切な人ですから。」


 今生の別れだと思って強く抱きしめ返す。


「怪我するなよ、士朗・・・頑張れよ!」

「寂しくなりますね。士朗、貴方といた月日は私達の宝物です。お元気で!」

「士朗、私達は貴方が大好きよ。私は士朗を愛しているわ。気をつけて、いってらしゃい・・・!」


 ああ、ノア師匠もレイ師匠もセイラ師匠も心からの本心を伝えてくれている。嘘偽りのない言葉だとわかる。涙を見せない様努めている事がわかる。そこまで思ってもらえるなんて、俺は幸せ者だな。


「俺も師匠達が大好きです!師匠方からいただいた数々のご恩に教え、この胸に刻んで行って参ります!」


 俺はそう言って師匠達の顔を見てから駆け出す。多分、歩けば直ぐに戻ると思うから。今の俺はあれだけキツかった修行をまた受けても良いと思うぐらい、心が揺らいでいるから。師匠達が死ぬとしても、師匠達のために魔族の王を倒そうと考えが変わるかもしれないから。


「士朗ー!頑張れー!」とセイラ師匠の声援を背に、俺は駆け出す。


 でもやっぱ、外の世界はワクワクするな。ドキがムネムネだ。

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