辺鄙な森での修行
第2話 1
俺が人間不信を拗らせている時に、この世界へと召喚された。それはもう三百年以上前の事だ。
「え・・・な、なんだここ・・・!?」
数分前まで自室で横になっていたのにも関わらず、気がつくと薄暗い部屋で目を覚ます。目ぼしい装飾は無い部屋だが、無駄に良い芳香が部屋中に充満している。
「召喚されたわね。私達の弟子よ。」
「・・・!?だ・・・誰だ!!」
背後からする声に驚いて即座に振り向いて警戒態勢を取る。背後は更に闇が深く、暗闇にはまだ目が慣れていない俺は部屋の全貌を把握はできなかったが、そこに三人の人間がいる事だけはわかった。
「心配しないで、安心して、貴方をこの世界に召喚したのは私達よ。」
「は、は?はぁ?」
何を安心しろと言うのだ。そう言わんばかりの表情で、近づいてくる十四、五歳くらいの少女を睥睨する。なんでここに少女がいるんだ。
「そう怖い顔をしないで、私は貴方が来るのを待っていたのよ。」
そう言うと、少女は俺の手を取る。暗闇に目が慣れてきて少女の顔をはっきりと視認できる。少女は微笑んでいた。
ブロンドの髪をサイドで束ねた少女は浅黒いローブに身を包んでいる。桜色の唇を綻ばせる少女は、まるで人形かと見紛う程精巧な顔立ちで、その赤色の瞳には今にも吸い込まれてしまいそうな程の深みがある。端的に言ってめっちゃ美少女。
「ずっと待っていたの、この時を・・・」
と、少女が言うと俺の胸元に抱きついてくる。抱きしめる力が強く、その少女の喜びが全身を渡って伝わってくる。が、人間不信を拗らせた俺は斜に構えて「これが美人局・・・」と呟いた。
「とにかく、現状を理解させましょう。貴方は浦木士朗で間違いないですね。」
「・・・な!?な、なんで俺の名前を・・・?!」
「間違い無いみたいだな。士朗、俺らはお前の師匠だ。」
「は?は??」
少女の後ろから二人の青年が近づいて来る。一人は長髪のブロンドを後ろで束ねた細身の青年で、眼鏡をかけている。眼鏡あるのかこの世界。
残るもう一人の青年は、先程の青年とは違いブロンドを清潔感のある短髪に整えた筋骨隆々の青年だ。そして二人とも瞳は空の様に青い。
その二人の青年の言葉について行けず、俺は困惑を漏らすのみ。
「二人共!そんな急に言ったら困惑するでしょ!」
「しかしですね、姉さん。我々には四百年も時間はないのです。一刻も早く現状を理解させて彼を鍛え上げるべきです。」
「そうだぜ姉ちゃん、でも急に詰め込まれたら頭パンクして余計に時間使うと思うぞ兄ちゃん」
「・・・貴方、どっちの味方なんですか」
目の前で三人がやんややんやと言い合いをしている。情報が多すぎて処理が追いつかない。そもそも目を覚ましたら見覚えのない場所にいるのだ。いくら十八歳の俺でも冷静に物事を考えられない。普通に狼狽える。
「士朗、私の話をよく聞いてほしいの。この世界の事を今から教えるわ。質問は最後に受け付ける。よくって?」
「は、はい・・・」
この世界の事は俺も知りたい。ある程度話を聞いたら、適当な所で折り合いをつけてこの場から逃げ出せば良い。そう思い少女の言葉に二つ返事で返すと、少女は「良い子良い子」と頭を撫で始めた。急にそういう事をされると何も頭に入らなくなるからやめてほしい。
聞けば、この世界は俺の元いた世界とは違って魔法が発展した世界らしい。とはいえ、電気の代わりに結晶化した消耗品の
貴族階級が当たり前のこの世界でも、貴族は勿論平民達一般家庭でも普及している様で暮らしには困らなさそうだ。
そして、ここにいるブロンドヘアの三人衆はアーガマ一家の三姉弟と言っていた。この三人が俺を召喚したらしい。
どうして召喚したのかを聞くと、アーガマ三姉弟の師を務めた人が『この日この時に異世界から黒岩賢二という来訪者を呼びつけ、鍛え上げろ』と予言を残したらしい。なんとも傍迷惑な話だ。勝手に巻き込むな。
「それで、どうして私達が士朗を呼び出して鍛えるのかと言うとーー」
「魔族の復活です。」
少女がその表情に影を落とすと、それを察した眼鏡の青年が言葉を続ける。
「私達は過去に一度魔族の主を撃退しました。と言っても倒した訳ではなく、眠らせただけですが。」
青年は眼鏡のブリッジを中指で押し上げて説明を続けた。
どうやら、この世界には魔族もいるらしい。長きに渡り人族と魔族で争って来た様で、つい先日アーガマ三姉弟が魔族を束ねていた王の封印に成功したそうだ。だったら寝てる間に倒せば良いとも思うのだが、そうはいかないみたいだ。
「封印された者は異界にてその身体ごと封印されるのです。この世界に原型を残してはおけないので、倒す事も叶わないのが現状です。」
眼鏡の青年はそう言うと苦虫を噛み潰した様に表情を歪ませる。他の二人も暗い面持ちのままだ。
「でも、それならずっと封印されたままかもしれないし、わざわざ倒す必要はないのでは・・・?」
「それが私達の師匠は復活を予言されたのです。」
「また予言・・・?」
「ええ、今から三百六十九年後、復活すると仰っていました。」
いやに具体的だし、それが事実だとして遠い未来すぎるだろ。俺関係ないって
その俺の思考が顔にでも書いてあったのか、今度は筋肉の青年が「自分は関係ないって言いたそうだが、そんな事は無え」と話を繋げる。
「俺らの姉ちゃんは体の時を戻す魔法が使える。」
何言ってるんだコイツ。それが率直な感想だ。少女も少女で「戻せま〜す」と笑顔で答えている。可愛いが頭おかしいだろ。なんだコイツら。
「それに、師匠の予言によれば、我々に鍛え上げられた士朗が、封印の解かれた魔族の王を倒すらしいのです。」
「だから、私達は士朗を召喚したの。鍛える為に」
「そう言う事だ。だから、その魔法を使って士朗を鍛え上げる。三百六十七年フルに使って」
は?今なんて言った?
いやいやいやいや、待て待て待て待て、百歩譲って俺を育てる事は良しとしてもだ。三百年以上俺を鍛え続ける?マジで何言ってるんだコイツら、頭おかしいんじゃねえか。
それにアーガマ三姉弟の師匠も師匠だ。勝手に俺を巻き込むなよ。俺に変な使命を背負わせるな。
「そう言う訳で悪いが、士朗の承諾の有無関係なしに今から修行始めさせてもらうわ」
「士朗ごめんね。」
少女がそう言うと、俺と少女の足元に薄く光る陣が形成された。
「うわ!なんだこれ!?」
狼狽する俺を他所に、次第に光は強くなっていき俺自身を光が包み込む。
ものの数秒だった。特に体に痛みはない。しかしだ
「士朗、これからは私のこの魔法で三百六十六年間、毎日この三人で貴方を鍛え上げるわ。」
「えっ」
目線が低くなり、声は高く、着ていた服はダボダボで、見える景色は新鮮で元気が有り余ってる様だ。それもそのはず
「士朗、これからよろしくお願いしますね。」
「師匠って呼んでくれ!俺の事師匠って!」
「あ〜この姿の士朗も可愛い!」
「え、ちょっと・・・」
大体五歳くらいまで若返ってるからだ。
「これからよろしくね、士朗」
少女はそう言うと推定年齢五歳程の俺を抱き上げて頬擦りした。
この現状から逃げる事はできねえ
「じょうだんじゃねえぞぉ・・・」
怨嗟にも似た声を上げて俺は早々にこの世界での生を諦めるのだった。
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