世界最強の弟子は自由を謳歌したい!

三三三

第一章

浦木士朗、或いはシロウ・アーガマ

第1話 1

 暖かい陽射しを頬に受け、両手を広げ大きく呼吸をすると、花壇に咲いた花の香りが鼻腔に広がった。もう春になるんだなと感慨にふけると、陽射しとは対照的な冷たい風が通り抜ける。


 俺が日本からこの世界へ召喚されて、三百六十七年が過ぎた。


 この世界では驚く事が多い。

 まず、今の季節は日本で言えば春だが、この世界では春夏秋冬の概念がない。暖かくなる時期だとか、肌寒くなる時期だとか、かなり大雑把だ。

 暦に関しても変わっていて、日本にいた頃は一年が十二ヶ月だったが、こちらの世界では一年が二十四ヶ月もある。一月が大体十五日前後で、一年は三百六十九日と少し多いが、一日は二十四時間だ。意味わからねえ。

 そして今が十七月の上旬。日本換算で九月だ。

 九月と言えば、日本なら夏が終わり秋が顔を出す頃だが、この世界の十七月は春としか言い様が無い天候と気温だ。

 四季と呼べる自然現象はこの世界にもあるのだが、四季という概念が存在しない為、季節について事細かく言及される事はまずない。それに、気候は日本と大して変わらないのに対して四季の順番はバラバラだ。春秋夏冬という順番で、夏から冬にかけての温度差がマジでキツイ。

 それともう一つ、この世界には魔法が存在する。これは説明不要だ。あの夢見た魔法が存在する。その為、科学は発展していない。

 他にも貴族制度があったり、ダンジョンと呼ばれる魔窟が存在していたり、それを攻略する貴族から構成された騎士団なんかがあったりする。

 しかし、大きな問題を抱えている俺からしても、それらは大した問題ではない。問題なのはそれよりも


「やっとだ!やっと俺は自由になれる!」


 ヘムズワース王国が誇る、名門中の名目、王立ヘムズワース学園へと足を踏み入れて歓喜の声を漏らす。


 王立ヘムズワース学園、異世界物のライトノベルでありがちな魔法や剣術を学ぶ学園だ。

 十六歳から入学する事ができるこの学園は、設立から国王自ら承認をし、国を挙げて学園を庇護している為、王立となっている。

 そう言った安全面や高水準の教育レベルに魅力を感じる人は国を跨いでもいるらしく、この学園には他国からも入学希望者が殺到しているらしい。


 入学する為には試験があるのだが、その試験に参加するには魔法を使用できる事が絶対条件となっている。貴族も平民も貴賎なく通える学園と謳ってはいるが、平民で魔法を使える人物はそういない。平民にはそもそも入試を受ける資格すら貰えない連中ばかりなのだ。

 時たまに平民でも魔法を使える人物が現れるらしいが、その場合平民に許された選択は、国へ貢献して騎士へと成り上がるか、反旗を翻すが制圧されて処刑されるかの二択が基本だ。隠居する選択肢は無いのか、狂っているとしか思えない。


 そして、そんな名門へと足を踏み入れた俺、浦木うらき士朗しろうは、師匠達の姓を借りてシロウ•アーガマと名を改め、入試へ参加する。


 肩身狭そ〜


 しかし、それでも俺の目はギラつきニヤニヤと口元を歪ませて未来への期待に胸を膨らませる。

 それもそうだ。この世界へ召喚されてからの三百年間、およそ人々の寿命を遥かに超えた時間を身体を鍛える為だけに費やしてきたのだから、自由の時間なんてある訳がない。

 しかし、これから始まる入試を受け、晴れて学園への入学さえ果たしてしまえば、あの過酷だった苦行基修行は幕を閉じ、待ちに待った学園生活という名の自由な時間が始まるのだ。これがすぐ目の前まで来ていると言うのに、口元を歪ませるなとは無理な相談だ。

 先程から「アイツめっちゃニヤついてるじゃん。怖っ」や「嫌ですわ。あの様な卑しい表情。この学園の門を潜るのに相応しい方なのかしら」と散々な言われ様だが、知るか。お前らは知るまい、俺のこの高揚を


「待っていろ、俺のフリーダムライフ!さっさと合格して師匠達の元からはおさらばだ!」


 昂る気持ちを抑えず、鼻息を荒く目を血張らせながらエントランスへと歩を進める。

 大広間といっても過言では無い広さのエントランスへと入ると、入り口付近から少し歩いた端の方に長机が並べられており、そこへ案内された。


「入試希望の方ですね。受験票の提示と、こちらの用紙にお名前と爵号の記入をお願いします。」

「あ、はい」


 そういって受付の人に渡された紙とペンで指定された項目を埋める。この世界の文字にも慣れた物だ。初めの頃は言葉は通じるが文字は読めずに随分と苦労したな。

 というか爵号の記入をお願いしますとか、十六で持ってる奴いないだろ。まあ、世襲予定の爵号って事なのだろうが、しかしそれでも俺が子息前提で話を進めるなよ。平民だぞ。


「クソ!男爵位も顔パスで良いだろ!」


 声のする隣へ目を向けると、貴族の子息っぽい小太りな少年がブツブツと文句を垂れていた。

 オイオイ男爵子息の少年、郷に入れば郷に従えと言う言葉を知らないのか。ここは名目上貴賎のない学園だぞ。親の爵号で威張り散らすんじゃないよ。


「子爵の子息達は素通りだと言うのに・・・」

「男爵位だからってこの扱いはないだろ・・・」

「屈辱だ・・・!」


 しかし、その小太りの少年の文句を皮切りに、周りの男爵子息と思しき少年少女達はブツブツと恨み言を言い始める。

 それを受けて周りを見渡すと、俺の他にも何人か紙に記入しているが、その後ろの方では記入もせず素通りする人物が何人かいる。ああ、なるほど

 記入した紙とペンを返却し、それと同時に受験票を渡すと、返却された紙と受験票を一瞥した受付の人は「失礼いたしました。」と頭を下げて受験票を返却する。


「平民の方はそのまま試験会場へお願いします。」

「はい、ありがとうございます。」


 その場を離れ、試験会場へと向かう道すがらに周りを睥睨する。

 俺の隣で記入させられてた貴族の子息っぽい奴等は萌黄色のワッペンを渡されていた。そして、記入もせず顔パスでズカズカと試験会場へ向かう奴らの胸には浅黄色のワッペンが付いている。

 これはアレだ。一目で貴族の爵号がわかるワンポイントね。

 貴賎のない学園とは聞いて呆れる。思いっきり親の威光でマウント取らせるシステムを導入してるじゃないか。


「しかし露骨だねえ」


 なんて

 これは採点で当たり前の様に忖度が働くだろう。なんせ俺は平民だ。目立つワッペンのない平民は選別しやすい。"貴賎のない"が嘘ならば、平民は入試を受けれても普通に落とされるだろう。その後は騎士団に強制入団で国の為に貢献かな。

 一縷の望みに賭けてここまで来たが、やっぱりこうなるかと肩を下ろす。


 話を戻そう。

 春夏秋冬の概念が無く、暦が半月で分割して二十四ヶ月と倍になり、魔法があって貴族制度があってダンジョンがある様な世界でもそれは大した問題ではない。

 それよりも俺が一番問題視しているのは、この学園の入試に落ちる事だ。試験に落ちたら師匠達の元へ戻らなければならないのだ。そうしたら、また修行基苦行の日々が再開される。

 なんとしてもそれは避けたい。

 その為には、ある程度目立って教師からの注目を集めるしかない。

 元々爪痕をガッツリ残すつもりで来たんだし、今の状況で更にやる気を固めだだけだ。計画に変わりはない。

 大きく深呼吸をして試験会場の扉を開ける。


 ここからだ。俺はここから、この学園に入学して自由を掴む!

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