第15話 チユリ・リターンズ

 智由梨ちゆりはドスドスと足音を鳴らして衣織いおり唯花ゆいかのもとへ近づいていき、「お姉ちゃん、誰この女」と厳しい声をあげる。


「女」という言葉を受けて、唯花ゆいかは少し不愉快そうに顔を歪める。

 そんな険悪なムードに押しつぶされるように衣織いおりは「……アッ、コチラ、イモウトデス……」とぼそぼそ呟くように「湯崎智由梨ゆざきちゆり」の名前を唯花ゆいかに伝える。「ああ、妹さんか」と唯花ゆいかは頷いた。


「はじめまして、智由梨ちゆりさん。衣織いおりさんとは仲良くさせてもらっています、香椎唯花かしいゆいかです。よろしくお願いします」


 堂々とした態度に、智由梨ちゆりは少し怖じ気づく。唯花ゆいかに先手を打たれたのも大きかった。


 智由梨ちゆりはなんとか平気なふりをしてすぐさま本題に入った。


「ていうかなんなんですか、アレ。幼気なお姉ちゃんを騙くらかしてキスとか万死に値しますよ。ぶっ殺しますよ」

「ぶっ殺すとは不穏だね。それに君のお姉ちゃんはこっちのキスを受け入れていたと思うけど。両者の了解を得ているのであれば、何も問題はないでしょ?」

「ありますあります大ありですよ! だってチユリがキスしたいんだもん!」


 妹よ、お姉ちゃん恥ずかしいから黙っててくれないか。

 衣織いおりは真っ赤な顔をして俯く。


 けれど衣織いおりが恥ずかしいのは、妹の発言のせいのみではない。

 それは、先ほどのキスの記憶。唯花ゆいかが迫ってくるなか、自分はそれを自然と受け入れ、また自分からもキスを求めて近づいていったこと。


 ……恋心として受け入れてもいない相手に、唇一つで魅了されてしまった。別に唯花ゆいかさんのことは好きでもなんでもないのに。


 かあああ……となおも熱くてなっていく身体に、十月の寒風が吹き付ける。実りの時期はとうに過ぎ去っていたことに、ようやく気づく。


「お姉ちゃんはチユリのものなんです! 触らないでください!」

「……君、姉妹なのにそういう関係になっていいと思ってるの?」

「ダメに決まってるじゃないですか! ダメな方向に溺れていくから、逆にイイんじゃありませんか! あんまり妹哲学シスロソフィ舐めないでください!」


 智由梨ちゆりは、衣織いおりの腕を強引に取り、がるるる……と唯花ゆいかに威嚇を続けている。

 対して唯花ゆいかはいまだ余裕そうで、智由梨ちゆりの顔をじっと見つめている。その身長差は十五センチ弱。智由梨ちゆり衣織いおりよりも華奢である。


 智由梨ちゆりは今度は衣織いおりに対しても厳しい顔をする。


「お姉ちゃんもだよ。お姉ちゃんにはチユリがいればそれで充分でしょ? どうして他の女のところに行っちゃうの? 浮気性なの?」

「浮気って……別に私と唯花ゆいかさんは付き合ってるとかそういうのじゃないし」

「そうだね。妹さん何か大きな心配をしているようだけど、別に衣織いおりとは交際関係にあるわけじゃないよ」


 唯花ゆいかの発言に、「お前には聞いてねえよ」ばりの眼光を向ける智由梨ちゆり

 けれど唯花ゆいかは依然余裕そうで……というよりも、なにやら智由梨ちゆりと対峙していて新たな感情が芽生えたそうだった。


 唯花ゆいか衣織いおりに耳打ちして、


「……妹さん、衣織いおりに似ててめっちゃ可愛いね」


 なんならこの険悪な空気のなかで、一番呑気でいた。

「……ええ、急になんの話だよ」と衣織いおりも内心呆れる。


 唯花ゆいかの好きな女の子のタイプは、「ちっちゃくて可愛い女の子」である。由香ゆかを気に入っているのも、衣織いおりを推しているのも、全てはそこから繫がっている。


 智由梨ちゆり衣織いおりと血の繫がった姉妹であり、また姉より華奢な体躯をしていて、なにもかもがちっちゃい。

 唯花ゆいかに反抗するときには、発言のたびに仰々しい仕草が必ずついてくるし、声も高くてよく通る。

 あとは、衣織いおりのようになよなよしていればかなりドストライクなところを突いてくるわけだが、これはこれでアリ。


 智由梨ちゆりは、唯花ゆいかにとってのタイプな女の子といえた。

 そうと定まれば、唯花ゆいかの行動は早かった。


智由梨ちゆりさん、連絡先交換しない?」

「は? なんなんですか急に。嫌ですよ」

「これもなにか縁だと思って。ね?」

「別にチユリはあなたと話したことなんてありません。お断りです」


 冷たくあしらわれてもめげない唯花ゆいか

 ぐっと顔を近づけると、ぎょっとしたのか智由梨ちゆりを盾にして隠れようとする。


 一方衣織いおりは、「智由梨ちゆりぐらい可愛ければこんなにも早く誰かから連絡先の交換を求められるんだあ……」と自身の陰キャぶりを呪っていた。


「もしかして、こっちのこと嫌い?」

「ききき嫌いに決まってるじゃないですか! あんないやらしいことお姉ちゃんにしようとしてたくせに! 許せませんよ!」

「そう。こっちは智由梨ちゆりのこと結構好きなんだけどなあ」

「ナチュラルに『ちゃん付け』しないでください! 近い近い近い!」


 唯花ゆいかぐらいの美人に迫られれば、誰だって赤面する。

 智由梨ちゆり衣織いおりの背後にじりじりと追いやられていた。


「ねえ、本当にしてくれないの? 連絡先の交換」

「しないですって! しつこいですよ!」


 そんな智由梨ちゆりの真っ赤な顔を、照れているから素直になれないのだ、と解釈した唯花ゆいかはさらなる接近を試みる。


智由梨ちゆりちゃん、ちょっとよく顔見せて。目元なんか衣織いおりそっくりじゃない?」

「ち、近づくなあっ! それ以上近づいてたら——あっ、……んっ」


 顔と顔が近づいた瞬間を狙った、キス。しかも、マウス トゥ マウス。


 キスされた智由梨ちゆりも、それを見ていた衣織いおりも目を白黒させる。


「え、あ、は……?」


 そうやって呆然としている智由梨ちゆりを狙って、もう一度追撃。

 今度は長い。


「——!? ……んっ…………」


 智由梨ちゆりが完全に力が抜けてしまって、へたり、と涙目で座り込んだところを、最後のキス。


「…………んっ、」


 完全に目を回してしまって、よだれが口から零れている智由梨ちゆり唯花ゆいかは唇を拭いながら言った。


「それで、連絡先交換する?」

「…………………………………………………………する」

「そう。じゃあ、友達になってくれる?」

「………………………………………………付き合ってください」


 さっきまでの態度とは打って変わって、こくん、こくんと素直に首を縦に振る智由梨ちゆり。恍惚とした表情で、目にはハートマーク。


 そんな二人の百合百合しい雰囲気に、衣織いおりは一人ドキドキしているのであった。

 

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