第11話 信用と友達像

 けいのスタンスとしては、「またみんなと仲良くなりたい、時間経過に任せていても友達関係が空中分解することはない」。

 その理由は、グループ全員のことを信じているから。


 だからメンバーを放置しておくことが最善の策だと考えている。


 それを信用というのか、それとも冷淡というのか。

 スタンスとそれに準じた行動。それが、こんなにも真逆な見え方がする人間なんて初めて会った。

 衣織いおりけいを眺めてそんなことを思っていた。


 けれど、どうだろう。

 ……私だったら、信用できる友達ができたとき、果たして放置したままでいられるだろうか。

 衣織いおりけいの論理のなかにいる「友達」に触れてみる。


 信用しているから、放置しておいても何ら問題はない。

 論理として言葉としては、何も矛盾はないと思う。


 けれど、それを実際に行動に移したところで周囲の人間に共感されるだろうか。


 他人から過剰な信用を与えられたとき、人はその重荷に潰れそうになる。

 ある程度は疑われなくては、ある程度はマイナスな感情を向けられなくては、人はバランス感覚を失ってしまうのではないか。……それは、「友達」という関係においても。


 けいの問いかけに唇を噛んで黙る唯花ゆいか

 いつもクールな顔つきが困惑と緊張に歪ませ、ぐっと握りこぶしをつくっている。

 

 ――俺は正直に全部吐いたけど、そっちも全部正直に吐いてくれるんだよね?


 ぐらり、と衣織いおりの心のどこかが軋むような音がした。

 それは、彼女が自身の感情にすべてを委ねた合図だった。



「――言う必要ないよ、。うん、言う必要なんかない」



 唯花ゆいかの一歩前に出て、衣織いおりは波立った感情に操られるように、冷たい声を出す。

 唯花ゆいかは驚いたような顔をして立ち尽くしている。


外浦慶そとうらけい君。まず、私たちは外浦そとうら君と同じで、グループを以前のような人間関係に戻したいと思ってる」

「うん」


 けいはにこやかに頷く。


「だけどあなたと違って、私たちは問題解決のために何か動けることはないかと考えている。時間が経つのを待って、だなんて悠長なことはしてられないと思ってる」


「悠長」と言われて、けいの笑顔に微かな綻びが生じる。

 けれど、依然として落ち着いた調子を保っている。


「『信用』って外浦そとうら君は言ってたけど、私は友達に、そんなにも自分の意志や考えを委ねることはできない。

 信用してるからって、友達をいつもでも放置しておくことはできない。……友達には、ずっと近くにいてほしいって思っちゃうし、好きになった人とはずっとずっと近い距離でいたいから。

 私は、『自分』をちゃんと自分の心の中に捕まえておきたい。『信用』って言葉で誤魔化して、他人に、自分の意志を任せっきりにはしたくない」


 衣織いおりは唾を飲みこみ、続ける。


「私が思う『友達』。それは、好きも嫌いも嫉妬も慈しみも、全部の感情をぶつけ合える関係にあって、ぶつけ合っても壊れない関係にあるもの。

『信用』っていうものは、きっと、感情をぶつけ合っても関係が壊れないってところからようやく生まれてくるものだと思う。だから、から『信用』を相手に求めたら、相手はびっくりして距離を取りたがちゃうと思う。

 論点をずらすようで悪いけど、でも私にもあなたが思うような友達像っていうものがあるから、全部をオープンに開示し合う必要はないと思う」


 衣織いおりが語り終えると、すぐに口を開いたのはけい

 先ほどより屈託のない笑顔が印象的だった。


「でも俺は、『信用』から入っても友達つくれるよ?」

「いやそれは外浦そとうら君にはもともと友達になりたい要素がいっぱいだからだよ。イケメンだし会話が弾むし、たぶんそういう要素が一般に比べて多いから」

「え、なに急に。衣織いおり、もしかして俺に気でもあんの?」

「ち、違います違います! そういうことが言いたんじゃなくて、あのあの……」


 茹でダコのように顔を真っ赤にして言う衣織いおり

 へなへなと崩れ落ちると、そこで衣織いおりの覚醒モードは終了し、再びあうあうとしか言えない陰キャ少女に逆戻り。

 そんな急激なキャラ変に、大爆笑して、けい


「いや、衣織いおりが言ってることもわかるよ。それだけぶつかり合っても友達でいられる関係っていうのは、すごく純粋で、だから憧れるのもわかる」

「え?」

「それがなんだろうけどさ、でも現実はそれほど甘くないよ。人間関係なんて些細な問題ですぐに壊れるし、相手に飽きられればすぐに会話なんてしなくなる。そんなことは俺だってわかってるさ」


 でも、それって常に友達に「信用」を置く人間の言い分じゃない。

 とっかかりから「信用」を相手に置く人間というのは、打算があっていけないはずだ。破綻している。

 そう問い詰めようとして、衣織いおりは口を開くが。


「俺は、衣織いおりが言ってるを理解していながら、今のスタンスを取ってる。不純だとは思ってるけど、だけどこうしてる方が楽なんだ。

 ……もちろん、君が言う『友達』に、本当のところで憧れている自分がいるのも間違いじゃない」


 最後にそう呟くと、けいは「まあ、今日のところは衣織いおりの綺麗すぎる心に降参かな」とひらひらと手を振った。顔にはしょうがなさそうな笑み。


衣織いおり。さっき君は『問題解決のために何か動けることはないかとも考えている』って言ってたよね。それはつまり、君は、君が抱いているに準じて俺たちのグループの関係を戻すために動いてくれるってことだよな」

「え、あ、はい……」


 衣織いおりが答えると、けいは「そうか」と頷く。

 そして彼は、いたずらをする小学生のような笑顔を浮かべて。


「俺もできることがあったら手伝うからさ。衣織いおり、見せてくれよ」


 最後にけいは「こっちの友達像を押し付けてごめんな」と言った。

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