第10話 信用とヒビ

 衣織いおりの昼休みの過ごし方というものにも、大きな変化があった。


衣織いおりん。お昼食べにいこー」


 話しかけてくれる友達がいる。

 由香ゆかが小さな弁当箱を持って近づいてくる。その後について来たのは、那智なち唯花ゆいか……けい


 周囲からの視線を受けながら、クラスを出て中庭に出る。足取りを見るに、そこが彼女らがお昼スポットらしい。

 衣織いおりは彼女らに連れられるようにして、中庭へ。


 ポーチを通過して、奥へ進む。

 着いていくと、四角形に切り取られた大きな鉢に桜の木が一本植えられているのが見えた。三人は、迷うことなくそこへ近づき、へりに座った。

 校内にこんなにも綺麗な場所があったのか、と思っていると由香ゆかに「衣織いおりんおいでー」と声をかけられる。


「ついこの前までは、で昼食ってたのになー」


 弁当箱を開きつつ、けいがなんでもなさそうに言った。

「まあ、美少女が一人新しく加入してくれたから俺としてはバンバンザイだけど」とさりげなく緩衝材を入れるあたりが、彼らしい。


 またそんなけいを自然と受け入れるあたり、那智なち唯花ゆいか由香ゆかも、今日の昼休みはについて話し合うことを事前に決めていたのではないかと衣織いおりは悟る。


 唯花ゆいかが「けい湯崎ゆざきさんに状況を説明してくれる?」と言った。

 けいは頷く。


「えーっと、まず。

 約二週間前、那智なちりょうに告白された。そして那智なちはそれを断った。実際に起きた起きた事件っつーか、出来事自体はそれだけ。これホント」


 けいは続ける。


「それから今に至るまで、メンバー同士が顔を合わせることが少なくなった。

 入学してすぐにできたグループだけに、俺っち、ちょっと悲しかったなー。たった一人の告白で、簡単に人間関係がぎくしゃくするとは思わなかったもんー。

 トークが夜遅くまで盛り上がって鳴り止まなかったメッセージアプリの通知音も、夏休みに何度も行った海の思い出も、それだけのことでなかったものにされるのは嫌じゃん? フツー。

 だから俺はね、『またみんなと仲良くなりたいと思ってる』んだー」


 けいが言い終わったところで、唯花ゆいかの目が鋭く光らせた。「またみんなと仲よくなりたいと思ってる」——その発言を受けたゆえに。

 それは彼のスタンスと取れた。


 わざわざ女子側から聞き出すことがなくとも、彼は明け透けな態度で口を動かす。

 それが空気を読んだうえでの行動なのか、それとも数手先を読んだうえでの理性的な行動なのか。


 唯花ゆいかが簡素に「説明して」と言っただけなのに、彼は自身の立ち位置と意見を綺麗に並べてくれる。

 衣織は、どうして彼はこんなにも物分かりがいいのだろうと疑問に思う。


 那智なちは少し顔を暗くして俯いている。箸は止まったままだ。

 唯花ゆいかはもう少し、けいに踏み込んだ。


けいから見て、今のりょう佐久斗さくとはどう見える?」

「うーん……、俺から見ればりょうが極端に那智なちを避けている感じはするかな。昼休みは別のクラスのとこ行くし、放課後はさっさと部活行っちゃうし。それは話題のうえでも。那智なちの話を持ち出せば気まずそうな顔をするし、自分から話題に乗ろうともしない。

 佐久斗さくとに関していえば、そんなりょうを受けて女子と男子間の距離感を見かねて、どっちつかずにいる……って感じかな? もちろん、俺が話しかければ全然ノリよく反応してくれるけどね。けど、この出来事で一番気まずそうにしてるのは佐久斗さくとかもしれない。男女間の空気の悪さで動けずにいるのは、あいつだ」


 唯花ゆいかが眉をひそめる。


佐久斗さくとが? どうして?」

「ああ、佐久斗さくとも『前みたいな関係に戻りたい』って思ってるらしいし。けど、いざ自分から動き出して地雷踏んだら怖いって言ってたし。

 まあ、あいつも基本は俺たちと一緒で仲良くやりたいらしいよ」

「そう……」


 唯花ゆいかが返事をすると、今度はけいが攻撃的な態度を見せる。


「で? 何か色々と俺のこと探ってるようだけど、これって意図とかあんの?」


 あくまで笑みは崩さない。

 けい唯花ゆいかを見つめたまま、言う。


「聞かれたから俺は全部正直に話すけど。

 あくまで俺は、このまま『時間経過に任せていても友達関係が空中分解することはない』と思っている。

 俺は、俺たちの関係が告白程度で壊れてしまうほど脆いものだとは思っていないし、だから今はりょうを放置している。

 現状グループが気まずいままで放置しているのも、その理由」


 けいはいっそう笑みを深めて、



「俺は、グループ全員のことを信じているからね」



「だから、ちょっと気になってはいたんだ。

 衣織いおり、君がどうしてこのタイミングでうちのグループに入ってきたのか」


 名前を呼ばれ、衣織いおりはびくりと肩を振るわせる。

 なおもけいは表情を固めたまま、唯花ゆいかから衣織いおりに視線を移す。


「女の子のことは、俺にはわからない。けど、肌で感じ取れる変化は確かにある。

 男子と女子が離れつつある今、どうして君が女子からの信用を勝ち得てここにいるのか。ちょっと興味深くもあるんだよね。

 ……まあ、そこは俺個人の気になる点に過ぎないから、一旦置いておいてさ」


 そこで打ち止めて、けいは再度唯花ゆいかを見る。


「こうやって俺を呼び出して、わざわざ衣織いおりにグループの現状を説明させる。また、踏み込んで俺のスタンスを吐かせる。

 これって、意図無しでやることじゃないでしょ。だとしたら性格が悪すぎるし、なにより友達を信用していない。

 唯花ゆいか、俺は正直に全部吐いたけど、そっちも全部正直に吐いてくれるんだよね?」


 そう言って、けいは飲み干した牛乳パックを握りつぶした。

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