第7話 スタンスと立場(←サブオブジェクト)
帰宅したのは、いつもよりずっと遅い時間だった。
帰路は、少し足取りが軽かった。
放課後教室で語り合った三人の顔が浮かんだ。
そして連想したのは、四人で語り合った会話の内容——。
一時は、場の空気が凍ったり軋んだり……。
人と関わることに慣れていない
けれど知れたことは、ずっと多かった。
学校内であんなにも注目されている
クール系でかっこいいと思われていた
愛され上手でクラスのマスコットみたいだと思っていた
学内で多くの生徒に周知されているキャラと、彼女ら本来の性格。
そこには大きすぎるギャップがあって、だけど親しみやすくて可愛くて。
……これが、友達なんだと思わせてくるような安心感があった。
そして、もう一つ知れたことは、
そこに付随した思いは、男子メンバーとの関係修復。自身がグループの空気を悪くしている発端に大きく関わっていることを少し後ろめたく思っている節もある。
彼女がまず第一考えているのは、女子メンバーの保護だった。最悪男子メンバーとは離れてしまってもいいと考えているらしかった。
ただ、当人から謝罪を求めているところから、諍いの「原因の可視化」に強く執着している気がしていた。
彼女も
三人のスタンスを並べてみるに、誰一人として男子メンバーとの破局を望んではいないということだった。
今日
それが、
掴んだドアノブもやっぱり軽くて、いつもは「タダイマ……」と蚊の鳴くような声で玄関をくぐるのだが、その日はテンションが上がっていて「ただいまー!」と元気な声が出た。
と、
ドドドドドドドドドドッッッ————!!!!!
二人の大きな足音が、
どういうわけか涙で顔をぐしゃぐしゃにした妹と、これまたどういうわけか恍惚そうなうっとりした表情を浮かべた母親は、声を揃えて。
「「——帰ってくるのが随分遅かったようだけど!!!」」」
「えっ、あっ、な、なに——!?」
「彼氏でもできたの——!?」
は?
* * * * *
「おおおお姉え゛ぢゃああん……彼氏と別れでよお……。ちっちゃい頃チユリと結婚するっで言っでだじゃあああん……」
「あらあらあら、もう……。ついにうちの
「……」
「な゛んで、な゛んでえ……。チユリじゃダメ゛なのお……? どこがいけなかっだのお……? 悪い゛所、直すから……直ずがら゛……、彼氏と別れ゛でよお……」
「どういう男の子なの? イケメン? 部活は? 趣味は? もしかして違う高校の子? いつお母さんに紹介してくるの?」
「……」
「い゛つ? いつがら゛付き合っでだの゛? どうじて教え゛ぐれな゛がっだの゛? も゛じがじで、チユリのこと、嫌い゛になっだの゛?」
「もしかして女の子だったりして! いやだあ、
「……」
なにがどうしてこうなった……?
彼氏? どこからそんな話が始まったのか?
とりあえずそこから、確かめる必要があるだろう。
「あの」
「お姉え゛え゛ええぢゃあああああん——っ!!!」
「あらあら、なに? なにか甘酸っぱい話でもしてくれるの? やだあ、お母さんちょっと汗ばんじゃう」
話聞けって……。
発言しようとしたところで、
もう一度「あのっ!」と声を荒げると、ようやく二人は
「……あの、彼氏ってなんの話ですかね?」
「あら、恥ずかしがらなくていいのよ? いつもは夕方にはすぐ帰ってくるのに、いきなり
思えませんよ、ええまったく。
「彼氏なんてできてないよ。友達と少し話してて。それで遅くなったの」
「授業の終わりって、
「アリバイって。犯罪者みたいに言わないでよ。……中学時代の親友とたまたま帰り道で会って、旧交を温めてたの」
嘘である。
けれどそれは、厄介すぎる母親から逃れるには必要な嘘だった。
——だが。
「嘘つき」
「——へ?」
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。お姉ちゃんの嘘つき。だって、お姉ちゃん友達一人もいないもん。毎日お姉ちゃんのメッセージアプリ確認してるチユリが言うんだから間違いないよ。今日は放課後生徒会に参加しなくちゃいけなかったから、いつもみたいにお姉ちゃんの帰り道後ろから着いて歩くことはできなかったけど、いっつも一人で学校出て寄り道せずに家に帰るじゃん休みの日も誰かと電話することもないし遊びに行くこともないし一日中ベッドの中でSNS眺めるか惰眠を貪るかしかしないし校外にも友達いないじゃん中学時代の親友って嘘だよね友人すらつくれないお姉ちゃんのことだし委員会にも部活にも入ってないし誰かとの接点すらつくれないのに友達なんてできるわけないよねというかチユリがいるからお姉ちゃんには友達なんていらないよねいるわけないよねお姉ちゃんにはチユリだけで充分だよねチユリはお姉ちゃんさえいれば充分だよだから彼氏なんか必要ないよ必要なわけがないんだよ別れてよ別れなよ別れたほうがいいよ絶対絶対絶対別れたほうがいいよ」
怖いって。呼吸しなよ。瞳孔開いてるし。
怒濤の勢いで捲し立てる妹——
「お姉ちゃんどうして嘘つくの? 嘘つくってことは後ろめたいことがあるってことだよね? その後ろめたいことって、彼氏なんでしょ? ねえ、ねえ、ねえ」
「……チユリ落ち着いて。私は嘘なんか——」
「嘘つくならバレないようにつきなよなんでそんなバレるような嘘つくのチユリにはわかるんだよお姉ちゃんの目みればなにが本当でなにが嘘なのか一発でわかるから発言には気をつけたほうが」
止まらないメンヘラマシンガン。
怖いを通り越して
「娘(姉)が定時に帰ってこない」→「彼氏ができたに違いない」
どうやら二人はそんなふうに考えているようだった。
その発想自体安直すぎるのだが、高まったテンションと不安が二人の理性を溶かしきってしまい、どんどんどんどん話は「娘(姉)に彼氏ができた!」へ。
一旦。
一旦、二人を黙らせてから誤解を解こう。
そう考えた
「チユリ」
そう呼びかけて
そして、耳元でささやく。
「チユリ? 一旦落ち着いてお姉ちゃんの話聞いてくれる?」
「……………………………………ぅ」
「良い子だから、ね?」
「………………………………………………………はい」
さっきまでの勢いはどこへいったのか、
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