第3話 ハン
ところで、授業をサボった件について。
二人は(というよりは、主に
五時限目の担当教師は、彼女らのクラスの担任である
それでも二人が正直に報告しに来たことをつっぱねることなく、むしろ嬉しそうに受け止めてくれた。
むしろむしろ、彼女は、二人にとって理解者ともいえた。
「まあね、高校生って時期的に人間関係とかで色々ゴタついちゃうものねえ。……でもねえ、先生も高校の頃——それこそ、7、8年も前の話になるけどさあ、部活で親友とモメたり、些細なことで恋人と喧嘩したり、勉強なんて手につかなくなっちゃうぐらいに落ち込んじゃうことなんてザラにあったし、だから、そこまで厳しく叱るようなことはしたくないの」
「そうなんですか」と
「うんうん。わたしは叱らないし、大人の領分で何かしてあげられることがあれば力になりたいと思う。親友にも家族にも頼れなくて一人でいるくらいだったら、先生のところにおいで。何か取り返しの付かないことをしてしまったのなら一緒に頭を下げるし、何か外部からの被害を受けたというのなら後ろ盾にもなる」
* * * * *
休み時間のうちに教室へ戻る。
それもそのはず。
……
一般の生徒たちからすれば、二人が並んでいること事態がそもそも疑問で、接点などなかなか想像がつかない。
だから二人のことをどこか探るような視線があってもそれは仕方がない話だった。
そして、高校生ともなればある程度空気感でなんとなく察してしまう。
……この二人、さっきの授業一緒にサボったのではないだろうか、と。
クラスの誰もがちらちらと二人を気にするのには、充分すぎるほどの現場証拠がそこにはあった。
「
「もしかして具合悪くした? 保健室でも行ってたの?」
「先生もびっくりしてたよ。
一瞬にして彼女の周りに人だかりができた。
女子九割男子一割ほどの十数人のサークル。あうあうしているうちに、
こてん、と教室の床に投げ出されて、ふと思い出す負の記憶。
——それは、中学生になって間もない日のこと。
「ねえ、クラス一緒になったのも何かの縁なんだし、歓迎会みたいな感じでみんな放課後カラオケとか行こうよ」
そんな、新学期あるあるの緊急クエストを
「いいね」と率先して賛同する生徒たちはみんないかにも陽キャ陽キャしていた。
女子生徒は妙にマセていていくつもの男子を手玉にとっていそう(※完全に
けれど彼らは「何かの縁」だとか「みんな」とか言うくせに、やけに同族で固まりたがっていた。
同族というのは、容姿や髪型、表情、発言、仕草などから肌で感じ取れる「陽の成分」を少しでも持っていた生徒たち、とでもいうべきか。
もっといえば、社会一般的に通ずる「本来あるべきスクールカースト像」に比較的近しい、いわゆる「明るく人付き合いが得意そうな男女」っぽい生徒たち。
……もっと体裁を気にせずはっきりといえば。
ただ、「上」に立ちたいと漫然と願っていた生徒たち。
だから彼らは、そんな周囲に開けた言葉を口にしておきながらも、本音のところでは「上」に立つ要素を持っている男女しか近寄ってくることを許していなかった。
……そこへ、
当時の
春休みという雌伏期間を経て、パワー系陰キャのHPとMPゲージは完全充填。
それまでは彼らの会話に参加していなかったわけだが、ここらで何気ない様子でしれっと輪に入るが吉。
そう踏んだ
「——私の家近くのカラオケ、今学割してるから行こっか」
……キマッた。キマッてしまった。
言えた。言ってやった。
しかも語尾に微かな吐息を混ぜて「行こっかぁ……」みたいな感じでかっこよさを演出しつつ、発言のなかに伏線を張ることにも成功していた。
カラオケといっても「私の家の近く」のである。
これは、カラオケで遊んだあとさりげなく女子連中を家に招くためだ。男子を入れるつもりはなかった。そこらへんの線引きだけはなんとかできていたようである。
しーん……と静まり返る、陽キャ集団。
もちろん
——沈黙を破ったのは、リーダー格の女子からの一言。
「は?」
音にして、一音。
だがそこには、計り知れないほどの侮蔑と猜疑が含まれていて——一発撃沈。
……はははっ。もう、ものすんごい速さで逃げ出したよね、そこから。
あ、そういえばその日からあだ名が「ハン」になったんだっけ。
クラスメイトから「おーい、ハーン」と呼ばれて、そう呼ばれるたび「おい、発音違ぇぞ。ハン……、だぞ。発音は極力吐息に任せるんだ」みたいなツッコミをするノリがクラス内で流行ったりした。……半年間くらい。
イタいイタいイタい……。
イタすぎる過去の記憶の世界から戻ってくると、そこもまた現実で。
……私、チョロいからすぐに調子乗っちゃうんだよな。「ハン」って呼ばれていた中学の期間も、それがイジりのテンションだって気づかずに「小学校のときにはなかったあだ名つけてもらった!」って家で妹に自慢してたくらいだしなあ……。
(——……ねぇ、)
だから。
だから私は。
誰からも触れられず、誰にも触れず、そうやって生きていくしかないんだろう。傷をつけないためにも、傷つかないためにもそうやって生きていくしかないんだろう。
(——ねえ、ちょっと……)
視線の先には、
取り巻くのは、幾人もの男女。そこへまた一人、また一人と、心配そうな顔をした生徒が近づいていく。
さっきまで隣で語り合っていたはずの彼女が。
さっきまで一緒に涙を流していたはずの彼女が。
さっきまで抱き合っていたはずの彼女が。
今は、こんなにも遠——
「——ねえ。ねえってば。ちょっと聞いてる?
ふと、そこで自虐の世界から戻ってくる。
はっとして声のほうに視線を向けると、そこにはなんだかクール系ですらっと身長の高い女子生徒が立っていた。
流れるような美しい黒髪が腰あたりまで伸びていて、輪郭もボディラインも読者モデルように細い。白くてきめ細かい肌。冷たく鋭い切れ長の目つき。
美女だ。女優のような色香を無自覚に放っている美女だ。
クラスや学内の情勢に疎い
「あのさ、
え。
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