第2話 陰と陽
いつも会話の中心に立っている、正統派美少女。同学年の生徒からは好意と憧れの目を向けられ、先輩連中からも「あの一年生の子気になるんだけど」的な注目を受けている。
たくさんの生徒や教師からチヤホヤされ、だがそんな彼女を見て良い思いをしない一部の連中からは悪口や僻みを吐かれるのが常であった。
有名税という言葉があるが、それはおそらく
……あんだけ男子と仲良いってことはさ、わかるだろ? 裏で男子とさ——。
……あたしこの間、ホテル街であいつ見かけたよ~。
……成績良いっていうけど、結局勉強しかできない硬い頭でしょ?
たまたまトイレの個室に入っていたから耳にした、女子生徒からの心ない言葉。
たまたま聞こえてしまった、自身をネタにした男子生徒たちの卑猥な妄想話。
けれど
代わりに
それはつまり逆説的にいえば、彼女の最後の砦は「親友」であるともいえた。
——今回起こった事件は、
だから彼女はついに、校内で涙を流してしまったのである。感情を荒立たせ、冷静になろうとするも問題の解決策は見つからない。
(どうすれば)
(……どうすれば、あたしと、彼は、また以前と同じような関係に戻れるのだろう)
そこに偶然やってきたのが——
……そして、そんな
* * * * *
「し、
「ん?」
「どうしてここで泣いてたんですか?」
昼休みは、もう終わりに近い。
「い、言いたくなければ言わなくても結構ですけどっ」
「……うん。あんまり言いたくはないかもしれない」
今度は、
——
……
……現状考えつく彼女の迷いは、おそらくこういったものじゃないだろうか。
泣いていた理由を他人に吐いてしまうか、それとも黙っているか。
こんなクソ陰キャごときと会話していても生産性がないから、さっさとこの場を去ってしまうか、それともちょっとぐらいは付き合ってやるか。
というかなんなんだ、この芋女は。存在自体が気にくわない。焼き払うべきか、生き埋めにするべきか。海に沈めるべきか、八つ裂きにするべきか。
……あう。
考え事をすればすぐに自虐へ向かう癖のある
また泣きそうになって、うるうると瞳を潤ませる。
そこへまた、
「だからなんで
「あうあう……」
身体を密着させたそのとき、
……この子、めっちゃおっぱいデカいじゃん。抱き心地もすごく良いし、くっついているだけで安心する。良い匂いがする。それはシャンプーとか柔軟剤とかの匂いじゃない。彼女の肌の匂いだ。
一方的に抱きつかれていることに甘えて、
あたたかくて、
いつまでもこのままでいたいと思ってしまう。
彼女の息遣いが感じ取れて、ぎゅっと力を込めれば彼女の骨も感じられる。
……変わった位置に、ほくろがある。
ふと、
「もしかして、ここで泣いていた理由。誰かに白状すること、躊躇ってますか?」
(————っ!)
それは、先ほど考えていた
いつもは内向的な性格ゆえに他人に深く踏み込めないのに、どうしてかこのときばかりは勇気をもって訊ねることができた。
言われた瞬間——
放された
そこで
「あ、違うの! ごめんなさい、
「……いいの。別にいいんだよ、
なんてことをしてしまったのか。もし今ので怪我を負ってしまったりしていたら、あたしはどうやってそれを償えばいいのか。
……考えただけで、背筋に鳥肌が立った。
思わず背けてしまった視線を、
彼女は今、どんな表情をしているだろうか。
暴力を振るったことに対しての怯えた表情。先ほどまで打ち解けていたのにという失望の表情。怒りの表情。憐憫の表情。困惑の表情。無表情。
はたして
——
ゆっくりと口を開く。
「……
「……取引って?」
「私はさっき自分が泣き出してしまった理由を曝かれてしまいました。だから今度は
「恥の等価交換……」
「だって、私が一方的に恥を公開してるようで不公平じゃないですか。私ばっかり赤裸々にされたようで、ちょっぴり、私、腑に落ちないです」
「でも、でも……」
それでも
それは、彼女が学内で貼り付かせている「
クラスでも明るいキャラとして通っていて、常に笑顔を溌剌とさせていて、男女関係なく教師にも信頼を置かれ、だけれども注目されるがゆえに一部からは反感を買い、それでも強く自分を保とうと生きていた、「
これを脱ぎ捨てることが、
本当の自分を曝け出したとして、それが相手に受け入れられるかどうか、考えるのさえ、怖い。
けれど、
周囲に向けて自分を飾る必要も、理由も、きっかけさえもなかったから。
陰キャと陽キャ。
「今の
どんなに性格が悪くても。
どんなに表裏が激しい悪女でも。
どんなに感情的な人間でも。
成績優秀で、運動神経抜群で、美人で、クラスでも学内でも人気者で、
だけど本当はそんな綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして泣いちゃうところがあって、
本当は泣き虫で脆いのに周りから持ち上げられて、強く生きなくてはいけないと思ってしまうくらいに真面目なところがあって、
さっき抱きついたときに、ちゃっかりほくろの位置を確認しちゃうくらいエッチな女の子でも、私は、大歓迎なんですよ?」
「——っ!? み、見てないもんっ、首筋のほくろなんてっ!」
「誰も首筋だなんて言ってませんけど」
ぐはっ。
見事にカマを掛けられた。
対して
「それで、
「……うん、ありがとう。受け入れます。ここまで本音で話してくれる人、初めてだし。あたしは、そんな礼儀正しい人にきちんと向き合いたいと思うし」
会話のペースは、完全に
これだけ言葉を交わせば、カーストなんて簡単に撤廃することができて。
本音で語り合えば、そこに上下関係なんて存在しない。
……そんなことに、今更ながら
(……どうしてこんなにも真っ直ぐな子に、友達ができないんだろう)
そんな風に考えて、またすぐに気づく。
普通であったら自分の恥を曝かれた時点でその場から逃げ出したくなる。
けれど
確かに、そういう人種は、大多数からあぶれてしまう。
普通じゃないから。
自分の恥を曝け出しておいて、そんな状態でも他人に優しさを享受できてしまうぐらいに優しい人間なんて。
普通じゃないから。
ふと、昼休み終了の鐘が鳴る。
けれど、二人は教室へ戻ろうとはしなかった。
そのときの二人はすでに「語り合いモード」をやめていて、
「——ちょっ!?
「だって抱き心地良いんだもん。こうやって抱きついてたら、安心してうまく話せるような気がするんだもん」
「だからって、こうも簡単に抱きつくのは……もしかして、発情期なんですかっ!?」
「……そうかも」
「っ!? ちょっとマジっぽいトーンで言わないでくださいっ!」
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