陽キャグループに入ることになった陰キャ女子、カースト上位の美少女たちを惚れさせまくる(※私も惚れちゃいそうなんですが……?)

安達可依

第1話 無自覚系パワー陰キャ

「……白鷺しらさぎさん?」


 湯崎衣織ゆざきいおりが屋上へ続く階段の踊り場で泣いている少女——白鷺那智しらさぎなちに思わず声をかけたのは、そのときが初めてだった。


 衣織いおりにとって、那智なちは雲の上の存在だった。

 成績優秀で運動神経抜群。容姿も良く、彼女らが所属している一学年というコミュニティでは五本の指に入るであろう美人。


(……クラスの端で静かに本を読んでいる私なんかが話しかけていいわけがない)


 衣織いおりは彼女と同じクラスでありながらもこれまで接触したことがなかったのには、そういうわけがあった。


 那智なちは頬を濡らしながら驚いた表情をし、固まっている。

 こんな所に人が寄りつくとは思っていなかったのだ。

 ……だから、クラスや学内で貼り付かせている「白鷺那智しらさぎなち」というキャラクターを脱ぎ捨てて泣くことができると踏んでここに来ていたわけだが、まさかクラスメイトに見つかってしまうとは。

 そんな浅はかな自分が情けなく思えてきて、また涙がこぼれる。


 ぼろぼろと流れ出す涙を見て、衣織いおりは焦りだす。ばくばくと心臓が高鳴り、だらだらと額から汗が流れ出す。

 その結果、彼女は——。


「わっ!? 白鷺しらさぎさんっ!? どうしたのなんでまた泣くの、もしかして私なんかが話しかけたから気持ち悪くて涙が出ちゃったのかな、わわっ、今度は鼻水が、ああ、もしかしてもしかして吐き気まで催した感じでしょうか、ごめんなさいごめんなさいエチケット袋なんて持ってないけど私の手のひらに戻してもらっても結構ですのでどうか泣き止んでください——」


 ……でもってどうにかが事態が収まるように努めた。


 衣織いおりは喋っている間に、これまた陰キャ特有のを開いてしまう。

 ——今喋ってる私の声気持ち悪くないかな——私なんかが白鷺しらさぎさんの心配してもいいのかな——いや私なんてそもそも気持ち悪い存在なんだから今更その気持ち悪さに抗ってもしょうがないよね——私なんて……私なんて……私なんて——……。


 一人脳内会議が長続きすれば、それはただの自虐でしかなくなる。

 どうにか頑張って那智なちをフォローしようと、あうあう母国語を話す彼女の脳内では、連続する自虐自虐自虐——。


 あれ、私、もう死んでいいかな……。いいですよね……? ……ごめんなさいお母さん、私は自分が気持ち悪過ぎたという原罪ゆえに天に召されることとなりました。わたくし湯崎衣織ゆざきいおりの次回の転生にご期待ください。


 ネガティブ思考の果てに、勝手に自爆。

 なんかもう悲しくなってきて、泣き出す始末。たらーっと脂汗みたいに流れ出すしょうもない涙。涙さえしょうもなくてごめんなさい……。


 結果、現状はカオスの一途を辿る。


 もともと踊り場で静かに泣いていた那智なち

 そこに、もう一人、急に心配そうに話しかけてきたと思ったら、あうあうとおよそ人間言語とは思えない謎コミュニケーションを試みだし、最終的に泣き出してしまった衣織いおり(ただの変質者)が加わり——。


 昼休み。屋上すぐそばの踊り場。

 目に涙を浮かべた少女が、二人。


 それはなにか映画のワンシーンのようで、どことなーく絵面的にはエモい感じがするのだが……。


 さめざめと泣いていた那智なちの横で、ひっくひっくとしゃっくりをして、だばだばと鼻水を流す衣織いおり


 ぐじゅり、ぐじゅり、ぐじゅり……。

 衣織いおりは、はしたなく鼻をすする。

 それを見て、もうなんかいたたまれなくなってしまった、実に可哀想な那智なち


「いや、あたしよりドラマチックに泣くなよ……」


 那智なちは泣いていた理由を忘れ、思わずそうツッコんだ。




* * * * *


 自分が泣き出した理由をまともに説明できず、衣織いおりは、本来慰めるべき立場にあったはずのなのに、結局那智なちに介護されていた。

 階段に、二人は段違いに座る。


 衣織いおりに視線を向ける那智なちと。

 ……めそめそと床を見つめてばかりいる衣織いおり

 

 那智なちは「えっと」と話しかけると、衣織いおりは、びくんっ! とあからさまにビビって「な、なんでしょうか……」と返事をする。


「どうして泣いちゃったの?」

「……あ、え、っと、なんか色々混乱しちゃって頭のなかごちゃごちゃになっちゃって……あ、その、すみません全然意味わかんないですよねすみません」

「……確かに全然意味分からないけど。分かりたいからさ。もうちょっと噛み砕いて説明してくれない?」

「……あ、えっと、噛み砕いて説明……。わたくし湯崎衣織ゆざきいおりは幼少の頃から根暗でして……。その原因といいますか、アイデンティティの形成について幼稚園時代から語りますと……」

「いや長いって。もっと端的に話してほしいかな。……えっとそうだな、どうして頭のなかごちゃごちゃになっちゃったのかな? もしかして誰かと話すのが苦手なタイプなのかな?」


 こくん、と頷く衣織いおり

 先ほどの一幕でめちゃくそ泣いてたのに、今だって泣きそうである。


「それじゃあ……。喋るの苦手な人って、極度に緊張しやすい体質だとか幼少期から他人とのコミュニケーションで失敗した経験が多いっていうけど、湯崎ゆざきさんもそういう感じ?」


 こくん、と頷く衣織いおり


「そうなると……。もしかして湯崎ゆざきさんって、その失敗経験をほとんど自分のせいにしてない? だから自信が無くなっちゃって、負の経験値ばかりが堆積してて……」


 ぶんぶん、と大きく首を縦に振る衣織いおり

「どうしてわかったの?」と驚いた表情。


「つまり湯崎ゆざきさんが泣いた理由は、『自分に自信がなくて、その自信の無さが会話にも現れてしまって、うまくコミュニケーションができずにテンパっちゃった。またいつもの癖でうまくいかないことを自分のせいにして、で、それも決壊しちゃって泣いちゃった』。どう?」


 ぶるんぶるん、と大きく大きく頭を振るう衣織いおり

 これだけのヒントで、よくも衣織いおりの精神構造を推理したものだ。学業優秀といっても、それだけに留まらない勘と理解能力を持つ那智なちのなせるワザである。


 一方、「ヒント」と一口に言っても、那智なちの質問に「Yes」の頷きしか与えてくれない衣織いおり

「はい」とか「いいえ」とか「部分的には~」の選択肢がある分、この推理ゲームはア○ネーターよりもタチが悪い。

 

 那智なちは下段に座っている衣織いおりに近づいて、呟く。


湯崎ゆざきさん自分に自信ないって言うけどさ……」

「え、え、何ですか……? いきなり寄ってきて……」

「うーん……目は大きくてぱっちりしてて、目鼻立ちは整ってるし……。『美人系』というよりは『可愛い系』の顔してるし、容姿が良いのにどうしてそんなにも自信がないんだろう……?」

「あ、あの白鷺しらさぎさん!? 近いです怖いです良い匂いですっ! 顔が良い人間が、みんなそれだけでポジティブになれるだなんて極端な話ですよ!」

「冗談も通じないのか。そこまでは言ってないよ。ただ、容姿が良いだけ対人においてかなりのアドバンテージになるのは事実でしょ。それだけの武器があるのに、どうしてそんなにも自信なさそうにしてるのかなって」


 それだけの武器があるのに。

 そう言われて、衣織いおりは、一気に舞い上がる。

 それだけの武器があるのに——それだけの武器があるのに——それだけの武器があるのに——……。

 脳内で繰り返される褒め言葉に、衣織いおりは思わず笑みがこぼれてしまう。

 


「……フヘッ」

「えっ」

「ヘッ、ヘヘヘ、ヘ、ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ……」


 那智なち衣織いおりの笑い方を目の当たりにして、凍り付く。

 なんだこれ。

 那智なちがこれまでの人生で付き合ってきた(明るい)人種には見られなかった笑い方である。


 しばらくして、那智なちは悟る。

 ……こういうところなんだろうなあ、と。


 他者の目を強く引いてしまう美しい容姿。しかし、惹きつけられて観察したところで、今度はドン引きしてしまいそうになる仕草や振る舞い。


「残念系美少女」という言葉がこの世には存在するが、まさしく衣織いおりはその枠組みに含まれてしまうだろう。

 那智なちはいまだにヲタク笑いをし続けている衣織いおりを見て、そんなことを思った。


「フヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ」

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