タイムリミット3分の世界

白雪工房

第1話 時間は待ってくれない。

 思えば全ては一瞬だった。より具体的に言えば3分だった。

この世ありとあらゆる全ては3分で変わり得る。

その解りきった万人普遍の真理を知り終えた頃、既に3分は過ぎていた。

それだけが確固たる事実だった。


「別れよう」

僕は言った。

彼女が「えっ?」と呟いて口に手を当てた。

その仕草が愛らしくて、つい復縁しそうになってしまったが、「おっと、これはいけねぇや」と思い直して踏みとどまった。事態は一刻を争っていた。具体的に言えば3分だった。

少し遠くでメガホンを掲げた近所のおじさんが避難を呼びかけているのが見えた。

それをしっかり視認できた僕は焦る。

まずいな、なるだけ早くなんとかしないと。

それに、僕には別の3分が迫り迫ってもいるのだ。タイムリミットは残り僅かなのだ。

しかし、

「なぜでしょう?」

彼女の方はいつも通りのほほんとした声。

そんなことを説明している場合じゃないんだ!と僕は心中で叫んだが、それを言ったところで彼女には伝わらないだろう。基本的にマイペースなのだ。僕の彼女はそういう人なのだ。

…………いや、現在進行形で別れを切り出している以上、今は元彼女かもしれないが。

ともかく、僕は繰り返した。

「別れよう。僕たちにはそういう時間が必要だ」

「?……、はぁ」

わかりました、と彼女は物分かりのいい生徒然とした表情で言った。しかし、大学で出会ってはや六年彼氏をやっている僕には何も考えていないことがよくわかった。

彼女が上司の言葉を聞いているときと同じだ。

聞いてはいるが、考えるより記憶が先行しているときの顔。なんだか、ぼへっとしている。

が、例え理解が追いつかなくったって仕方ないのだ。今はこうするしかない。

わかってくれとまでは言わないが、まぁ何とか上手くやってもらいたい。

そう呟いた僕は、のんきに佇んだままの彼女を「行ってらっしゃい」と民間の地下シェルターの方角へと送り出した。

それから、彼女がふわふわ歩き出したのを確認したその数秒後、心臓が爆発して僕は死んだ。


 そう、これでお分かりいただけた通り(一体どこの誰が、何を理解したというのだろう)この物語の主人公は僕じゃない。なんと、今しがた送り出した彼女こそ真の主人公だったのだ。

巧妙な叙述トリックもあったものだ。いや、別に巧妙でもなんでもないが、ともかく。

彼女は主人公だった。

 そして、単なる引き立て役で、語り部で、それから傍観者でもある僕は、今や幽霊となって彼女を見守っていた。ふわふわと、ヘリウムガスの詰まった風船みたいに、しかし浮かびすぎること無く彼女のまわりを漂っていた。ふわふわ浮遊していると何だか雲の上にいるみたいな気分になったが何のことはない、僕が雲みたいなものなのだ。だって幽霊なんだから。

幽霊になってみた感想としては、意外にも思考が冷静かつ明瞭で、僕は「なんだ、死ぬなんて言ってもその先はこんな感じなのか」なんてことを考えていた。しかし、脳も無いはずの僕は今どうやって考えを巡らせているのだろう?

……………………まるでわからん。

まぁいいか、今は彼女を追おう。と考えた僕は宙を泳いで彼女の近くまで寄った。

幼稚園時代のスイミングスクール通いで鍛えられた、それはもう見事な平泳ぎだった。


 一方、幽霊になった僕が彼女の行く末を見守り始めた頃。

ふと、シェルターに向かうはずの彼女が立ち止まった。僕としてはあまり危ないことをせず、順調に歩みを進めて欲しいので参った。せめて驚いて逃げて貰えないものかと、べろべろばぁー、とか、あっかんべー、とか。

下らない変顔なんかを彼女の目の前でやったがまるで反応が無かった。なかなか寂しかった。

まぁ、幽霊だから仕方無い。

「これまた面妖な」

 そんな彼女はというと、地面に落ちた何かを見つめていた。

 どうやら、カップラーメンの容器のようだった。何故そこにあるのかはまるで不明だが。

 ちなみに、幽霊の僕は世に遍くコミュニケーションを全て封じられた状態にあるので、「これまた面妖な」というのは彼女の台詞だった。

決して僕が彼女宛に発した台詞ではない、参考までに。

何かスペシャルな容器なのかな。そう考えた僕は近寄って、その小さな容器を眺めた。

合成樹脂製の白い表面には(円柱と蓋の部分、それぞれに)強面の鬼の絵が印刷されている。

4Dアトラクション並みの迫力を備えた、それはもうおどろおどろしい鬼の顔だった。

でも、それだけだ。

 一体それの何が彼女の思考を絡め取ったのだろうと僕は考えたが、どうにも思い付けなかった。

ただ、出会い始めの頃から彼女はそういう、「なんだかよく分からない物」を集めることに尋常でない熱意を傾けていたことは覚えている。

 例えば、コーヒー牛乳瓶の蓋やラムネのビー玉なんかは彼女の心臓を不安定なメトロノームに変えるらしかった。

僕なんかは「普通、こういうのって男女逆なんじゃないの?」なんて思いながら、同時に「まぁ、そういう時代ってことなのか?」と普遍的なつもりの理解を募らせていたものだ。

結局は何も理解できなかったから、つもりはつもりでしか無かったのだろうが。


 そんなことを考えて、それからふと現実の彼女を見やった僕はあんぐり口を開けた。

幽霊となった今ではあんぐり開ける口どころか見やる目すら無いはずなのだけど、まぁ、そこら辺は体感的なものだ。

つまり、驚いたか呆れたかしたってことがわかれば、どっちでもよろしい。実際のところ、問題になっているのは彼女の行動なのだし、幽霊の僕に目があろうか無かろうがどっちだって良いのである、くらげの骨みたいな物だ。……くらげの骨ならまぁまぁな貴重品かもしれないが。

 ともかく、僕は彼女の行動に驚かずにはいられなかった。

もし、今の僕に口があったのなら「どうして君は今そんなことをしようと思いついたんだい?」と訊ねたことだろう。不用意にもそう質問してしまうくらい、僕は驚いていた。

彼女は地面に置かれたカップラーメンの容器に熱湯を注いでいた。白い蒸気が幽霊のようにもくもく立ち上った。

 説明すると、何故かはわからないが彼女の近くに給湯器が置かれていて(おそらくカップラーメンの元々の持ち主が用意したものだろう)、それに気づいたらしい彼女はしゃがみこんでカップラーメンを作り始めたのだ。カップ裏の説明書をしっかり読んで中の袋を取り出して、かやくを麺の上に開け、しっかり沸かしたお湯を注いだ。幽霊の僕としては焦り倒しだ。

そんな場合じゃないんだって!そう叫んでも今度こそ彼女の耳には届かないのだから。


 と、お湯を注ぎ終えてふと、僕の願いが届いたのか、彼女が立ち上がった。

僕は安心して彼女に道を指し示そうと、シェルターの方角に飛んだ。まるでゲームのチュートリアルキャラクターにでもなったみたいに、ゆらゆら揺れて行き先を指し示した。

もっとも、そんなことをしたって彼女には見えないだろうけど。

それでも彼女がやって来るのを期待した上での行動だった。

 だが、侮ってはならない。ここで予想したものと全く逆の答えを導き出すのが僕の彼女だ。

僕はいつも彼女の突飛さに振り回されてきたものだし、今回も実際その延長でしかなかった。

彼女は腕を組んで言った。

「タイマーはどこにあるのでしょうねぇ」

僕は結び目をほどかれた風船みたいにくるくる回りながらすっ飛んでいって近くのコンクリート壁にぐさっと突き刺さった。あくまでコメディー的に演出してみただけだけど。まぁ、概ねそんな感じの気分だった。一言で言うならば、拍子抜け。

 どうやら、彼女はまだそのカップラーメンを作ろうとしているようだった。今しがた立ち上がったのは単にタイマー、つまり時間を測る道具が無いことに気づいたかららしい。

「困りましたねぇ」

そう呟くと、彼女は数秒の間「考える人」のようなポーズを取って、それから「はっ!」と人差し指を立てた。

「私が数えれば良いんですねっ!」

違うよ。

そう思ったがどうせ何か言葉を伝えられる訳でもなく、彼女は大変楽しそうに3分を数え始めるのだった。あぁ、また3分。どうやら3分に呪われちまったみたいだ。

僕はため息をついて(幽霊なので吐く息は無かったが)意味もなく遠い目をした(目も無い)。

それから僕は、何となしに3日前に行った病院での出来事を思い出した。勿論、何の意味もなく回想をするはずもなく、つまりこれが最初の「3分事件」とでも呼ぶべき何かなのだった。


「残念ですが、心臓が爆発する病気です」

「は?」

「えー、ステージⅣなので恋人と見つめ合えるのも3分が限度でしょうね」

「は?」

「それから、死に際は場所を選んでください。巻き込まれて人が死にます」

「は?」

「あのー、聞こえてます?」

「は?」

「診断書、書いときますからねぇ。あ、薬っぽいものは何も無いので気をつけてください」

「は?」

 その日、彼女と久し振りに会うことになった僕は、折角だから万全を期すべきだろう(社会人になって出張が増えた僕は遠距離恋愛を楽しんでいた)、ましてや病気をうつすなんてことがあってはならないと念には念を入れて、病院にかかることにしたのだった。それで行ってみたら、何故か循環器系の内科まで連れて行かれて、レントゲンを取られてその上意味不明の診断を受けてしまった。


「まあね、お客さんみたいな人結構いるんだよね。ほら、まさか自分がなるなんて思ってなかった、みたいな人?」

「いや待ってください。そもそもさっき何の病気って言ってましたっけ?」

「恋愛性心臓疾患」

「れんあいせいしんぞうしっかん」

何だそれは、今ここで初めて聞いたぞ。

そう思ったが、医者の頭の中では何かしらの図式が成立しているらしかった。

「最近よく聞くよねぇ、現人類の死因の五割がこれって話」

「えっ……」

「ほら、やっぱりあれだね、恋なんだねぇ。熱っついねぇ若人は」

「えぇぇ…………」

「じゃ、ありがとうございましたぁ。またね」

「あっ、はい。ありがとうございました?」

という次第で、僕は恋愛性心臓疾患と診断されてしまったのだ。

 家に帰ってから調べてみると、案外メジャーな病気らしく、昨年度の流行語大賞の一つになっていたと知った。今まで一度も聞いたことが無かったが、それはどうやら、ずいぶん深刻なものであるらしい。

曰く、


 ステージⅠ 1日以上連続で過ごさなければ恋人と過ごしても問題は無い。

 ステージⅡ 3時間以上は危険。

 ステージⅢ 30分以上は危険。

 ステージⅣ 3分以上は危険。

 ステージⅤ 恋をすると死ぬ。


 といった具合で、つまり、恋人がいるかいないかが死に直結する奇病とのことだった。

 未だ明確な治療法が確立されておらず、注意を受け入れない若者がそこら中で爆発する事例が後を立たないため、社会問題にもなっているらしい。

なんてこったい。こっちは3日後に恋人と会う約束をしてるんだぞ、こうなったらいっそ約束自体無かったことにでもしてやろうかあんチクショウと悪態をついた僕は、しかし、彼女の期待から逃げられずに本日のこのこ待ち合わせ場所までやってきて、2分程度の会話をし、それで何とか彼女と別れたは良いものの3分のタイムリミットを過ぎてしまって爆発したのだった。

幸い、彼女のことは巻き込まなかったのだが、おかげで僕は死んでしまった。

 というのが、「3分事件」の概要であり、僕が爆発した顛末でもある。うん、まるで訳がわからん。わからないが実際に僕が爆発したのは確かで、つまり3分は過ぎ去ってしまったということだった。


 更に言うなら、3分というのはまだあった。一個じゃないのだ、迫りくる3分は。

僕は、のんきにもカップラーメンが出来上がるのを待っている彼女から一旦目を離して、遠方で上がる火の手を放棄しかけの思考で眺めた。どかーん、とか、ぐわっしゃーん、とかいう音が緊張感無く響いていた。とはいえ、緊張感が無いのは彼女の周囲3メートルくらいまでだろうが。

その音こそ、もう一つの3分の正体だった。


 およそ3分とちょっと前、僕と彼女の合流場所にかなり近いビルのモニターをジャックして、ある犯行声明が放送された。


『あー、皆の衆。聞こえとるか?儂は魔王じゃ』

『今日未明、儂の城に盗みが入った』

『それで、従者に聞いたら勇者が犯人だと言うたのでな』

『この国に勇者がいるらしいということで、あやつを捕まえに来た』

『……?あぁ、そうじゃったな。一応盗まれたものも伝えておくべきじゃろうからな』

『…っ、思い出すだけでむかっ腹が立ってきおったな』

『儂のババロアじゃッ!!!』

『あやつ、今日のおやつにと取っておいたあれを盗みやがったのじゃ!』


「は?」

何かの焼き増しのように積み重ねた台詞を呟いて、僕は危うくスマホを取り落とすところだった。その時の僕は彼女を待つために道端で佇んでいたので、もし、この精密な電子機器を落とそうものなら、宙に放り出されたモノリス状のそれは数瞬の無重力飛行を満喫した後にアスファルトと勢い良く衝突し、一瞬のうちに見事な蜘蛛の巣模様を刻んだだろう。

幸いなことにそうはならなかった。

現時点では既に、僕の爆発に巻き込まれたことによって原型を留めていないが。その時点では確かに壊れなかった。


 モニターの中の魔王が続けた。ちなみに自称魔王はドクロのお面を被っていた。

『じゃが、儂とて悪魔ではない、魔王だがのう(笑い声と拍手のSE)…うるさいわっ!』

『……3分じゃ』

『3分以内にあやつを連れてこい!でなければこの国を滅ぼしてやるっ!』


 その言葉が終わるや否やといったタイミングでモニターの電源が落ちた。あっという間にモニターは黒画面に。

「何だったんだ、一体」

何だか周りもざわざわしているし、皆困惑してるんだな。そりゃそうだろう、あんな不審人物を前に困惑しない者がいるだろうか(反語)。よぉし、今だけは僕たちは共同体だ。

そう思って周囲を見渡すと、既に避難を始めている人が結構いた。いや、まさか今の放送を本気で信じたわけでもあるまい?そう思いつつ、そもそも世間における魔王というのが何なのかをまるで知らないことに気づき、折角スマホが生き残ったのだからと僕は、魔王について軽く調べてみたのだった。


 ま-おう【魔王】

鞍馬天狗の子孫。またはその中でも優れた資質を持つ人。明確な役職として「魔王」と呼ばれるものがあるわけではない。たまに国を滅ぼそうとするので注意しよう。

 ⇔勇者(ゆうしゃ)。


「えぇぇ……」

そんなことがあった。

 そして、僕が彼女と合流して少し経った頃、3分が過ぎたということで国境の辺りで戦いが始まった。始まってしまったのだ、本当に。

 こうなれば、たかがババロア一個のために国が滅びるのも時間の問題だった。

と、このとき、つまり侵攻が始まってすぐのことなのだけど。ビルに設置されていたらしい巨大スピーカーから簡潔に避難誘導が放送された。

曰く、魔王軍が現在いる町に到着するまでおよそ3分とのことだった。

「……また3分か」

そんな訳で、僕は苦渋の決断をして、彼女をシェルターの方に送り出し、そこで一安心して死んだ。というのが、僕が爆発する前に行ったことの顛末である。

うん、まるで訳がわからん。わからないが実際に侵攻は始まっていたし、徐々に魔王軍は彼女に接近し、今やその距離100メートルくらいまで迫っていた。つまり3分は過ぎ去ってしまったということだった。

これが第二の「3分事件」と呼べよう。


 なんて、のんきに回想している余裕も無く、魔王軍は今も着々と近づいていた。尚、彼女は楽しそうに3分を数えていた。おそらく彼女が数え終えるまでには彼らも到着するだろう。……って、いかんいかん。何をしているのだ僕は!彼女を救わねば!

 とはいえ、そんなことをする余裕も肉体もどこにもなく。無情にも魔王軍は彼女の元へ辿り着き、中でも蜥蜴のような見た目をしたやつが(妙にでかい斧を持っていた)のしのし彼女に近づいていって、彼女が3分を数え終える前に(おそらく1分経ったか経っていないくらいだった)その熱々のカップラーメンの容器を蹴倒した。かやくのナルトや、ネギやらがスープと一緒にどばっと地面に広がって、道路を構成する染みの一部になった。

「あぁっ!私のカップラーメンがっ!」

彼女が叫んだ。

蜥蜴の野郎がにやりと笑って斧を振り上げた。


 その時、幽霊になった僕はというと「いいから逃げてくれ!」と声に出せはしないものの必死に祈っていた。願わくばこの祈りが彼女に伝わらんことを、ラーメン。

しかし、世の中はやはり無情である。

あゝ無情。人生とはかくも儚いものであったか。

先立たれる悲しみが胸を襲う。……いや、よく考えてみれば先立ったのは僕だった。だけど、それだってどうでも良いのだ。世の中のまるで見えないどこかでいくら争いが起ころうと、恋人に先立たれる悲しみに勝るものはあるまい。

 それを思うと、彼女に悲しい思いをさせてしまった自分の不甲斐なさを恨むばかりだが(というのは概ね冗談で、おそらく彼女は僕が死んだことにすら気づけていないのではないかと僕は推察している)、何にしたって今、僕の元恋人の命が奪われようとしているのだ。それをみすみす見過ごす訳にも行くまいと僕は斧を受け止めようと立ち塞がった。振りかぶられた斧はすっと僕の体を通り抜けた。

あっ、そうか。僕は幽霊だった。

そのことに気づいて血の気が引いた顔で(元からだ)後ろを振り返ろうとした僕は。

何か成人女性がすっ転んだような音を聞き付けて。僕の視界がぐにゃあっとねじられて。

幽霊になってから初めての体験に、僕は困惑して。次の瞬間には、


「別れよう」

僕が言った。

彼女が「あらまぁ」と呟いて口に手を当てた。

僕も自分の手に口を、じゃなかった、口に手を当てて自分の発言を二、三度反芻した。

「別れよう」…それは僕がさっき言った言葉で、しかも喋れているということは僕はまだ幽霊でなく、彼女と今別れようとしている?なぜかは知らないけど時間が戻った?つまり、今ならまだ間に合う?

時計を見た。待ち合わせの時間からまだ2分とちょっと後のようだった。

えっと、つまり?

とりあえず、僕は手をしゅばっと突き出して「ごめん、やっぱ今の無し」と、見苦しくも口にした。今ならまだ彼女とやり直せるような気でいた。返事は無かった。

「ん?」

僕は彼女の方を見た。

マイペースな彼女は、もう僕のことを置いて歩き出していた。ふむふむと何かを確かめるような態度。僕は考える。さっきの現象、今この状況はつまり。何でかわからないが物凄く頭が回転してすぐに算盤そろばんが(そろばんである必要は感じなかったが)完璧な解答を弾きだした。

「あぁ、タイムスリッ

プかパか或いは全く別の音か。その台詞を言い終える前に、心臓が爆発して僕は死んだ。

 僕はまた幽霊になった。彼女をじっと見つめていたのが良くなかったな、と反省した。

そして、ふわふわ飛んでいって彼女の後を追った。やれやれ、一体これからどうなると言うんだ、そう呟いたつもりだったが僕は幽霊になっていたので声は出なかった。

つまり、このまま彼女を追うしかないのだ。

ひとまずそういう風な理解をした僕は彼女の行き先を見守ることにした。願わくば、彼女にもう一度タイムスリップを起こして貰って、もう一度恋人としてやり直せたらなぁ、なんて思った。

しかし、どうやらそう上手くはことは運ばないようで。彼女の歩く道の先には見覚えの無い男が立っていた。誰だあいつは?さっきはあんなのいなかったはずだが。

男が言った。

「やぁ、お嬢さん、ここいらで魔王を見なかったかな?」

彼女がそれに返事した。

「誰だかわからない人と話してはいけない、と両親に言い含められています」

なるほど、と男が呟いた。それから、赤い宝石のついた西洋剣を見せつけるようにして言った。

「俺は勇者だ、魔王ちゃんと話し合いにきた」

彼女がおおー、と拍手をした。

僕は、幽霊なので既に無い頭を抱えて呟いた。

なんて厄介な日だ!

僕は爆発して死んでしまうし、魔王が侵攻してくるし、彼女はタイムスリップを起こすし、それで今度は勇者?ふざけてやがるぜこれは。

僕が、そして彼女が3分に何をしたというのだ!

しかし、残念ながらその独り言を聞いて共感してくれるような誰かはここにいなかった。

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