ごめんな、カマキリ……ミツキの練習台になってくれ

 そんなこんなで、俺達は【迷いの深緑】へと足を踏み入れた。


 未だビクビクしながら俺の腕にしがみつくミツキはともかく、なぜかもう片方の手もルリアに握られているという状態だ。


 なんだろう、このピクニック感。



「さすがセンコウ、ゲーム内でも両手に花ね」


「『でも』ってなんだ、『でも』って。別に現実でもこんな状態ってわけじゃないだろ?」


「この前ルリアを膝に乗せてたじゃん」


「あれは事故っつーか、ルリアが子供なだけだろ!」


「同級生なんですけどー?」


「なら普通は同級生のことを『お兄ちゃん』なんて呼びません」


「いいじゃんそれぐらい……」



 ムスッとした表情を浮かべるルリアなのだが……索敵の方は大丈夫なのだろうか……。


 【探知】系のスキルを使える『バンデット』のルリアは、このメンバーの中では敵の情報を探る斥候の役割を担う。


 猫人族の鋭敏な感覚とジョブスキルで、かなりの高精度で敵を発見できるはずだ。



「まぁまぁ、そんなにムクれないで、ルリア。飴ちゃんあげるから」


「わぁい♪︎」



 ……本当に大丈夫なのだろうか……。



 セーラに貰った飴ちゃんをニッコニコの笑顔で頬張るルリアを見て、これでちゃんと戦えるのかと心配になる。


 が、それも杞憂だったようだ。



「っ!」



 何か感じ取ったのだろうか。突然ルリアの猫耳がピコッと起き上がったと思ったら、真顔になって辺りを見回す。



「ルリア?」


「居たよ、こっち!」


「おっ」


「待っ……もうちょっと心の準備をっ……!」



 ルリアが俺の手を引くと、自然とミツキも引っ張られるわけで……突然会敵を予告されたミツキは、戦々恐々の様子で声を震わせていた。



「そこっ!」


「ミ゛ィィィィィッ!」



 一見、ただ花が密集しているだけにしか見えない場所に、ルリアがナイフを投げ込む。


 ナイフは真っ直ぐにその花の根元へ吸い込まれ、ダメージエフェクトが弾けた。


 花に見えるのは生物の擬態。ナイフによって姿をさらけ出したこいつが、今回の目的のモンスター、『ブルーム・マンティス』だ。



「ひっ……やぁぁぁぁっ!!」


「ミツキ、落ち着け! ルリア、ヘイト頼む! セーラはデバフ!」


「「了解!」」



 ルリアとセーラが同時に動き出すのを見つつ、俺はミツキを宥める。


 俺の背に隠れるミツキは、昆虫がどれ程嫌いなのだろうか。力一杯抱きついて顔を埋めてくるせいか、VITが高い俺でさえちょっと痛いと感じるほどだ。



「安心しろ、ミツキ。お前には指一本触れさせない」


「っ……今そんなこと言われたらキュンッてしちゃうからダメっ!」


「マジで一旦落ち着け!? めっちゃ恥ずかしいこと言ってるぞお前!」



 さすがにテンパりすぎだろミツキ……後で後悔しないといいけど……



「センコウお兄ちゃん! そっち行った!」


「任せろ!」


「ミィィィッ!」



 ブルーム・マンティスの巨大な鎌が、俺に向けて振り下ろされる。セーラの【ブラインド】のお陰か、攻撃の精度は高くない。


 そんな攻撃が、俺に通用するものか!



 俺が取り出したのは、タワーシールドとまではいかなくとも、『アイアンバックラー』よりも遥かに大きい、上半身を隠せるほどの大盾。


 その名も、『ルーナ・ガーディアン』。

 月を示す『ルーナ』が名前に入っているのは……素材に『月の巨人ギガス・オブ・メーヌリス・オリジン』の素材が使われているから。


 入手経路は……まぁお察しの通りである。


 作成にはかなり苦労したけど、コスト1500にも上るこの盾が、【迷いの深緑】にいる程度のモンスターの攻撃など通すはずもない!



「【タクティカル・パリィ】!」


「ミィィッ!?」


「ひぅっ!」



 キィンッ! と澄んだ音を響かせ、俺の盾がブルーム・マンティスの鎌を弾く。


 ブルーム・マンティスの鎌は誰にも触れることなく地面へと突き刺さり……空振りによって晒された致命的な隙へと、俺は自分の身体を捩じ込む。



「【パワーノック】!」


「ミ゛ィィィッ!?」



 鈍い音とブルーム・マンティスの声が辺りに響き、俺の背丈よりも大きいブルーム・マンティスをノックバックによって押し返す。


 大きく体勢を崩したブルーム・マンティスは、続くセーラとルリアの攻撃を受けて大ダメージを受けていた。



「さっすが、ミツキちゃんのナイト!」


「待って、その盾の性能おかしくない!?」


「その話は後! とりあえず目の前の敵に集中しろ!」


「そんなに気を張る相手でもないよー」



 まぁ確かに、もっと先の街まで行っているであろうルリアとセーラにとっては、むしろ物足りない相手のようだ。


 二人の攻撃を受けて、ブルーム・マンティスのHPがみるみる減っていくのが分かる。



「ねぇ、センコウ……もう目開けても大丈夫……?」


「……もしかして、ずっと目を瞑ってた?」


「当たり前じゃない、あんなの見たら私死んじゃう……!」


「そんな弱気なことを堂々と……大丈夫だろ、セーラとルリアだけでもかなり一方的な展開だぞ?」



 俺の視線の先には、デバフとダメージでボロボロになり、瀕死の状態でダウンするブルーム・マンティスの姿があった。


 瀕死の状態で残っているのは、セーラとルリアの優しさだろう。

つまり、ミツキがラストアタックを取れるように———ということだ。



「ほら、見てみろミツキ。ミツキが攻撃しやすいようにセーラとルリアが準備してくれたぞ?」


「準備って……ひぅっ」



 そっと目を開けたミツキは、横たわるブルーム・マンティスの姿を見て小さく声を上げた。しかし、ダウンした状態のそのモンスターを見て察したようだ。



「これってさ……」


「そういうことだ。これも練習だと思って一思いにやっちまえ」


「わ、分かった……【ワイドスラッシュⅡ】!」



 ミツキが振り抜いた剣から衝撃波が放たれ、真っ直ぐにブルーム・マンティスへと襲い掛かる。


 【アトリビュート・コンバート】も【武具解放Ⅰ】も使っていない一撃だが、強化された武器で放たれたスキルを、瀕死のモンスターが耐えられるはずもない。



 ミツキの一撃によってブルーム・マンティスから赤いダメージエフェクトが弾け、ドロップアイテムをその場に残してポリゴンとなって消えていった———

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