最強タッグ結成?(そして巻き込まれるヤヤメちゃん)

 土曜日の夜、『イザヨイ』でログインしたは、【ベリアゼブルの塔】の攻略を開始した。ここは通常エネミーですらボス級の難易度。なるべく戦闘を避けて踏破を目指す。


 そして、攻略を開始して実に3時間半——



「Oooooo———」


「くっ……ふぅっ……」



 第100階層に潜むボス、『ベリアゼブル・アントロス』が断末魔を上げて膝から崩れ、ポリゴンとなって消えていった。


 流石に、『ベリアゼブル・アントロス』の相手はしんどい……。初回討伐以来の再戦だったし、正直もう戦いたくない相手だ。


 ですら無傷と行かなかったため、ポーションを飲んでHPを回復して……ついでにドロップアイテムも回収しておく。


 ……お、コスト3600。最高値更新したな。



 さて、時間はちょうど22時ごろ。

 はさらに歩みを進める。


 『ベリアゼブル・アントロス』が潜んでいた場所の、さらに奥。

 『ベリアゼブル・アントロス』を討伐したのちに解放され、様々なアイテムと入り口の外まで戻ることができる転移魔法陣が設置された部屋があるのだ。



 予想が正しければ、ここに彼女・・が居るはず。


 そうして部屋に踏み込んだ私の目に飛び込んできたのは、魔法によって作り出された月明かり。そして、その月明かりの中に一人佇む美しい少女だった。



「お待ちしておりましたわ、イザヨイ様。来てくださったこと、感謝いたしますわ」


「初めまして……でいいかしら、エルキューラさん」


「えぇ、お互いのことは知っていても、顔を合わせるのは初めてですものね。それにしても……わたくしが信じた通り、イザヨイ様はここを踏破してくれましたわ」


「あなたもでしょ? 後衛職なのに『ベリアゼブル・アントロス』をソロ討伐なんて……想像を絶するわ」


「ふふ……わたくしは強いですから」



 口に手を当てて上品に笑うエルキューラは、それだけで絵になる美しさだった。

 ……正直を言うと、彼女の気品あふれる所作は、も参考にさせてもらっている。『女性らしさ』の模範みたいなイメージだからな。


 中の人も女性だというし、これはファンになるのも頷ける。



「それで、そんな強者が私に何の話かしら」


「そうね、その話をしましょうか……」



 エルキューラの表情が、途端に真剣なものに変わる。



「次のチーム対抗イベント『天上争奪戦』で、優勝のためにわたくしに力を貸していただきたいのです」



 『天上争奪戦』とは、5人一組のチームで参加できる、定期的に開催されるPvPイベントである。予選と本戦に分かれており、『強さ』を求めるプレイヤーはこのイベントで結果を残すことを目指すのだ。


 でも……なぜエルキューラさんが『天上争奪戦』で優勝を?

 そんなことをしなくても、彼女の強さは多くのプレイヤーが知っている。

 それに、実は優勝しても報酬自体は大したことない。もらえるのはせいぜい称号ぐらいだ。



「どうして優勝を? あなたほどのプレイヤーであれば、優勝を目指す意味がないと思うのだけど」


わたくしが目指しているのは優勝そのものではなく……優勝することによって入手できる称号ですわ。ユニーククエスト・・・・・・・・『虚栄の王国』のクリアのために」


「っ!?」



 ユニーククエスト……簡単に言うと、SWOの中でも特に珍しいクエストの総称だ。クリア報酬はかなり有用なものが多く、の『伊弉冉イザナミ』の入手や、エルキューラさんの『ヴァンパイアクイーン』も、おそらくユニーククエストの報酬だろう。



 エルキューラさんは、ユニーククエストの概要を簡単に話し始めた。


 現在、この王国の王子が、呪いによって病床に伏しているらしい。原因は、次期国王の座を狙う有力貴族によるもの。


 ながらく男子が居なかった王の家系では、現国王の年齢もあり、有力貴族の一部から次期国王を選出する方向も考えていた。しかし、第4子にしてようやく男子が誕生したことで大きく事態が動くことになった。


 次期国王候補になっていた貴族は誕生した王子を恨み、そして呪いをかけたのだ。呪いは日々王子の命を蝕み、下手をすれば失われることになってしまう。



 このクエストのクリア条件は、王子の呪いを解いてその犯人を捕らえること。



「でも呪いを解くには……」


「えぇ、呪いの解呪には『エクレシアス神殿』にて聖女より聖水を受け取る必要があるのですが……教会の者は、魔族の系譜であるわたくしを敵視しているでしょうから、そう簡単には行きません」


「あぁ、だから『天上』の称号なのね」


「はい、優勝の称号は、まさに一国の王のような権力を発揮する称号。それがあれば、聖女もヴァンパイアクイーンのわたくしを無下にできなくなります」


「……ユニークとはいえ、どうしてあなたがそこまで? 他のプレイヤーに任せてはダメなの?」


「……どうしても、わたくしが治してあげたのですわ。昔の私と重なってしまって……」



 少し沈んだ声のエルキューラは、目を伏せながらぽつぽつと話し始めた。



わたくしは昔、病気で一年以上入院したことがありました。生死を彷徨ったこともありますし……痛くて、苦しくて……辛い日々でした」



 は、黙ってエルキューラの言葉に耳を傾ける。

 それは『エルキューラ』としてのロールプレイではなく、本人の言葉だった。



「今でこそ病気は治って、こうしてゲームができているのですが……そんなわたしと、その子が重なってしまったの! 私は周りに励ましてくれる友人や家族が居た……けどその子は、理不尽な恨みを持たれて、呪いまで掛けられて……どうしてそんな目に会わないといけないの……?」



 目尻に涙を浮かべたエルキューラの言葉に、徐々に熱がこもる。口調も変わっていて……こちらがなのだろう。



「あの子の苦しみが分かる……だから、私が何とかしたいの! 『ゲームに本気になって』と馬鹿にされても、笑ってもらってもいいわ。それで協力してくれるなら———」


「笑わねぇよ」


「えっ……」


「『ゲームに本気』で結構。それを言うんなら、だって本気でプレイしてんだ」


「貴女、口調が……」


「こっちがだよ。『イザヨイ』はロールプレイだ。中身が実は男だなんて、意外だろ?」


「それは……予想もできませんでしたわ。声だって———」


「ボイスチェンジャーだよ。今の時代、性能のいいボイスチェンジャーなんていくらでもあるし」


「……どうして今それを……?」


「ん~……まぁ、エルキューラさんの本気度合いに俺も応えたくなってさ。言っただろ? 俺も本気でプレイしてるって……何しろ、SWOが無ければ俺は死んでたからな」



 そう前置きして、自身のことを話し始める。

 スポーツで日本代表の一員だったこと。

 事故で両親を亡くし、下半身不随になったこと。

 現在も車イス生活を送っていること。

 何度も自殺未遂をしたこと。

 幼馴染に救ってもらったこと。


 そして、このゲームに出会ったこと。



「憐れむ必要はないぜ? もう全部乗り越えたから。後は歩けるようにリハビリするだけだ」


「……壮絶ね」


「幼馴染は、人生に絶望していた俺に希望を与えてくれた。SWOは、俺に新しい世界を見せてくれた。どっちも、今の俺の人生に欠かせないものだ。どうだ? 俺の本気度も負けてないと思うが」


「……ふふ、ありがとうございます」


「それで、イベントの誘いなんだけど……ちょっと問題があってな」


「なにかしら?」


「そのイベント、幼馴染と一緒にサブキャラで参加するつもりなんだよな」


「あら、それはどうしようかしら……」


「さすがに予選突破は無理そうだから、参加賞目的って感じで……本戦以降は暇になると思うけど」


「なら、本戦からの参戦で良いわよ?」


「……マジで?」



 イベントへのチーム登録は、アバターごとに行なうことができる。つまり、メインキャラとサブキャラで、別々のチームに所属することもできるのだ。


 もちろん中の人が一人しかいないから、どちらかしか動かすことはできないが。片方を動かしていないからと言って、ルールが緩和するわけではない。


 エルキューラさんが言う『本戦からの参加で良い』という言葉の裏には、『イザヨイを除いた4人で予選を突破してみせる』という意味が込められているのだ。



「それでもいいなら、協力するよ」


「ありがとう、希望が見えてきたわ!」



 両手で俺の手を包み込み、ブンブンと振るエルキューラの表情は、太陽のように明るい笑顔だった。中身が男と分かったうえでのこれだからな……ちょっとドキドキするのも仕方がない。



「それじゃ、他のメンバーは厳選しないダメね……」


「……俺の希望、というか提案を言ってもいい?」


「えぇ、どうぞ」


「鬼月ヤヤメさん……あの子、誘ってみたらどうかな? 隠しステージを次々と発見するあの子の洞察力、絶対仲間に引き入れておいた方がいいと思う」


わたしもなんとなくそう思っていたけど……イザヨイ様が言うなら確実ね。なら誘ってみるわ」


「よろしく! あ、『イザヨイ』が参戦するってのは内緒で頼む!」


「クスッ……えぇ、もちろん。情報は隠しておいた方が有利ですものね」


「理解が早くて助かるよ」



 俺とエルキューラはお互いにフレンド登録を済ませ、解散することにした。イベント当日までは、いつも通り関わらずに過ごすつもりだ。


 今ここに、ゲーム内最強のペアが誕生した。



        ♢♢♢♢



 その日の夜、SWOをログアウトしたエルキューラ……『クリスティーナ・エルランジェ(本名)』は、自室でパソコンのキーボードを叩いていた。


 元スポーツの日本代表チームのメンバー。

 悲惨な事故により下半身不随……そんな情報があれば、検索すれば簡単にヒットするだろう。



「ごめんなさい、イザヨイ様……」



 エルキューラがイザヨイに語った内容は全て、間違いなく真実である。だからこそ、自身と同じような境遇でゲームをプレイするに、クリスティーナは強く興味を惹かれていた。


 彼女の謝罪は、ストーカーまがいの行為に対するものだ。



「ありましたね……白狐谷しらこや 千紘ちひろ君、か……事故が3年前ってことは、今は17歳……私より4つ下なのね。なかなかハンサムじゃない」



 ハンドボールについて掲載されているサイトをしばらく眺めたクリスティーナは、ふぅっと息を吐いてブラウザを閉じる。


 中の人が分かったからと言って、何かをするという訳ではない。ただ……



「できれば、もっと仲良くなりたいのだけど……」



 そんなことを呟く彼女の表情は、いつになく輝いていた。



─────────────────────

あとがき


おや?

エルキューラ様の様子が……

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