これは結構まずいことになったかもしれない……

「くっ……!」



しまった、ミスった。

直前で気づかれるとは……の感覚も鈍ったかな。


の視線の先には、鬱蒼とした森の中を疾走する黒銀のイノシシがいた。

そのモンスターの名前は『アダマンテリウム』。


見た目は体長1m程度のイノシシだが全身が高強度の金属物質でできており、特に特徴的な二本の牙はSWO内でも屈指の強度を誇る。


のメイン武器の『艶桜白長濤』にも、『アダマンテリウム』から採れた素材が不可欠だった程に需要が高い。



ただし、『アダマンテリウム』の出現率は非常に低く、意識して探さなければ見かけることもないだろう。


それは『アダマンテリウム』が非常に臆病で物音や気配に敏感であることが大きく関係しており、近くにプレイヤーや他のモンスターが近づいただけですぐに逃げる。


も最初に『アダマンテリウム』を見つけたときは、一日5時間の捜索を一週間続けてようやく一匹出会えたほどだ。しかも逃げられたし。



『稲荷空狐』になってからプレイヤーの気配が消えて出会いやすくなったのもあり、今日も早速一匹追い詰めたんだけど……捕獲直前で気づかれて逃げられたというわけだ。



しかし……メチャクチャ速い!

AGIにかなり振っているでも、なかなか距離が縮まらないどころか……木々が邪魔なせいで徐々に離されるほどだ。


【韋駄天】を使おうか?

いや、この後レイドモンスターを狙うことを考えると、下手にスキルを使いたくない。

でもここで逃すのは勿体ないし、ボスは後日にするか……



と色々悩んでいて、周りへの注意が疎かになっていたことを反省すべきだろう。

得てして、事件はそういった時に起こるのだ。



「っ!?」



生い茂る葉を掻き分けて木々の間を抜けたの視界に飛び込んできたのは、二体目の『アダマンテリウム』と、それを追い詰めたプレイヤーの姿。


すでにスピードに乗っていたは止まれるはずもなく、そのプレイヤーに激突することになった———



        ♢♢♢♢



「はい皆さんこんにちは、鬼月ヤヤメです。今日もSWOやっていきますよぉ……」


・声に覇気がない



『鬼月ヤヤメ』と名乗るその女性プレイヤーは、オープニングの挨拶をしつつ配信用のウインドウを見て溜め息をつきかけ、視聴者の前でそれはまずいと寸でのところで飲み込んだ。


ヤヤメが落ち込む理由は一つ。

現在の同接数———15人。

事前に配信予告をしてそれだ。


配信者としては底辺も底辺。

『配信する意味があるのか』と疑問を持ってしまうような現状である。


「改めて皆さんにお伝えしておきますが、今日一緒に攻略をしようと思っていたノノンちゃんが来れなくなりまして、私一人で配信していきますね」


・数少ない友人にも見放されたか……



「見放されてないですぅ……。だって『祖母が倒れて……』なんて言われたら何も言えないじゃん……」



本当にどうしよう、これ。

ボスモンスターに挑もうと思ってたんだけど、二人ならともかく一人って……しかも私後衛なんだけど?


前衛無しの魔法職だけでどうやって攻略しろと?



しかし宣伝しちゃってるからいきなり中止というのも……いや、同接数少ないから問題ないかも。


いやでも……



迷っていても、いつまでたっても答えは出ない。

なら、数は少なくても待ってくれていたファンの方にはせめて配信したいと思う。



「ひとまず適当に探索しながら、アイテムを集めてみます」


・がんばえー



私もSWOを初めて数ヶ月経つ。

初心者を脱却して、普通のアイテムなら一人で集められるぐらいの力はあるのだ。


せめて早いうちに、何か映えそうなものを見つけられれば……。



「ん、あれは……」


・おっ、アダマンテリウムじゃね

・マジ? いきなり超ラッキー



『アダマンテリウム』と言えば、レアモンスター中のレアモンスター。倒すことができれば、高コストでかなり珍しい素材を手にいれることができるらしい。


噂によると、何日も探し続けて一匹見つかるかどうかという、低確率エンカらしい。


急遽一人で配信することになったのは不幸だったけど、こんなレアモンスターを早々に見つけられたのはラッキーだ。



「あれを見逃す手はないよね」



声を殺し、アダマンテリウムに見つからないように大回りして迂回。立ち止まって草を食むアダマンテリウムの周りに、罠を設置していく。


そもそも、高い魔法耐性を持つ(らしい)アダマンテリウムと魔法職の私とでは相性が悪い。遠くから魔法を撃っても逃げられるだけなので、トラップを仕掛けて捕らえるしかないのだ。


虎挟みのような物理的トラップをいくつも仕掛け、静かにその反対側へと回り込む。


あとは、どれだけアダマンテリウムに近づけるか……。



【隠密】のスキルを使いつつ、時間をかけてゆっくりと背後に近寄る。アダマンテリウムとの距離は、まだまだ15mは離れているだろう。


音も立てていない。

匂いも消してある。

気配も消した。

それでも。


まだ10m以上離れているアダマンテリウムの耳がピクッと跳ね、草を食むのを止めて辺りを見回す。



———勘づかれたか。

まだまだ遠いのに、気付かれるなんて……。

仕方がない。ここからはスピード勝負!



「【ヴィントホーゼ】!」



私が魔法を放つのと、アダマンテリウムが走り出したのは同時。


【ヴィントホーゼ】によって発生した突風が、壁のようになってアダマンテリウムへと襲いかかる。


それでも、かなりの高AGIを誇るアダマンテリウムには届かない。

【ヴィントホーゼ】による突風を振り切り———事前に罠が仕掛けられている方へと向かっていく。



作戦通り。

あとは魔法を撃ちながら方向を調整し、罠にかければ……!



私が放つ魔法を、凄まじいばかりの反射神経で避けまくり……逃げる方向を誘導されたアダマンテリウムは、作戦通りに罠にかかった。


虎挟みがアダマンテリウムを捕らえ、その動きを阻害する。

連鎖的に発動した鎖が身体へと絡み付き、さらに麻痺効果のある薬が発生して状態異常へと陥れる。



「やったっ……!」


・お見事!

・初めてでこんなに綺麗に決まるもんなんやな



何重にも罠をかけたとはいえ、アダマンテリウムの耐性を考えればすぐに抜けられるだろう。でも、私が追い詰めるには充分な時間を稼ぐことはできる。



「仕上げ……!」



アダマンテリウムへと駆け寄りながらインベントリから取り出したのは、蜘蛛型モンスターの糸を編んで作った網。


大型のモンスターすら捕らえるこの網なら、いくらアダマンテリウムであっても破ることは不可能。


捕らえてしまえばあとはどうにでもなる。

これで……!



「っ!?」



間合いを詰めた私がアダマンテリウムへと網を投げる直前、突如として目の前を横切ったのは、2体目のアダマンテリウム。



突然のことに一瞬硬直してしまう私は、今度は横からの衝撃に襲われた。


なんと……なんかめちゃくちゃ美人なプレイヤーが、私に飛び込んできたのだ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る