これは……キレてもいいよなぁ?

「あっ、じゃあ私最高値の武器引いたんだ」


「えっ」



ミツキのその言葉に、驚きの声を上げながら武器を確認する。



——————————————————

Name:からの器・剣

Cost:500

器は未だ満たされず、永劫の時をただひたすらに待つ──

——————————————————



「こ、これが物欲センサー……」


「ねぇねぇすごくない? これってどれぐらい強いの?」


「ん~……序盤は間違いないとして、7個目か8個目ぐらいのダンジョンのボスまでなら、何も考えずに使えるんじゃないか?」


「あれ? なんか思ったより……」


「さすがにチュートリアルの武器ガチャで最強武器なんか排出したら、リセマラありきのゲームになっちゃうだろ。この武器の真の価値はそこじゃないんだ」


「と言うと?」



このゲームで素材から武器を作ろうとしたとき、完成する武器のコストは使用した素材のコストとほぼ同じになる。


ほぼ、というのは、作成者の腕によって多少増減するからだ。


しかし素材には、その素材で作ることができる武器の限界……つまり『作成限界』が存在する。コスト1のスライムを500個集めても『からの器』は作れないというわけだ。



しかし『からの器』は初期からコストが500あり、それを素材にすることで作成限界に引っ掛からず強力な武器を作ることができるのだ。


しかも『からの器』を素材にした武器には何段階も強化することができ、多くのトッププレイヤーが『からの器』を素材にした武器をメイン武器としているぐらい強力な物が作れる。



そう説明してやると、ミツキは感心したような目で『からの器』をまじまじと見つめている。



「へ~……すごいんだね、これ。もしかして、私もいつか最強のプレイヤーになっちゃったり?」


「はは、そうなれるといいな」


「ぃよーしっ、やる気出てきた! 早速試してみよう!」



えいえいおーっと気合いを入れたミツキは、俺の手を引いて早速【始まりの草原】を駆け出した。







「【パワーガード】!」



なかなかの勢いで突っ込んできた角ウサギを、下から突き上げるように盾で受け流す。


自身の勢いと相まって空中に投げ出された角ウサギに、続くミツキの攻撃を避ける術はない。



「【パワーレイド】!」



エフェクトを纏った刺突が角ウサギにヒットし、そのHPを消し飛ばす。赤いダメージエフェクトを散らした角ウサギは、ドロップアイテムを残して消えていった。



「ミツキもだんだん慣れてきたな……最初の空振りが嘘のようだ」


「あっ、あれは初めてだったからで……! というかセンコウが慣れすぎてるの!」


「そりゃあ最古参ですし」



武器ガチャから1時間ほど経った現在、始めこそ雑魚モンスターの角ウサギにすら手間取ったけど、今では連携もしっかりでき、余裕をもって対処できるほどにはなった。


その頃にはモンスターから得た経験値でステータスも上昇し、俺は新しいスキルとして【パリィ】を、ミツキは【マナ・バースト】を習得した。



「そろそろ角ウサギとかスライムじゃつまらないし、あそこの森にも行ってみない?」


「【デュートの森】か……まぁ最初期エリアだし大丈夫か」



【ハイドリナ】の街のすぐ外には【始まりの草原】が広がっており、少し進んだところには【デュートの森】が広がっている。


この森には最初のエリアボスが潜んでおり、そのボスを倒すことで、2つ目の街に行けるようになるというわけだ。



「あそこでもう少し探索しつつ、できたらボスまで狙ってみようか」


「賛成!」



意気揚々と森に踏み込む二人。

そんな彼らを眺める視線に、二人は気付いていなかった。



        ♢♢♢♢



「ギャギャギャ!」


「ふっ……!」


「わわっ!?」



【デュートの森】の中を少し進んだ場所。

突如として飛び出して来た、浅黒い肌を持つ子供のような体格のモンスター、『ゴブリン』が棍棒を振り上げて襲いかかってきた。


それにいち早く反応した俺は、アイアン・バックラーを構えて棍棒を受け止める。



「落ち着けミツキ、今まで通りにやれば問題ないぞ」


「う、うんっ……!」



ギリギリと鍔迫り合いのまま押し合った後、ようやく落ち着きを取り戻し剣を構えたミツキに、一瞬だけゴブリンの視線が逸れた。


俺はその一瞬を逃しはしない。



「ふんっ」


「ギッ!?」



フッと力を抜き、同時に身体とアイアン・バックラーの向きを斜めに変える。支えを失ったゴブリンは勢い余って棍棒で地面を叩き、致命的な隙を晒すことになる。



「【パワーガード】!」


「ギィッ!!」



無防備に晒されたゴブリンの脇腹へ、下から捩じ込むようにバックラーでスキルを叩き込む。


体重が軽いゴブリンは、その威力に踏ん張りきれず身体が浮き───続くミツキの攻撃を避ける術はない。



「【パワーレイド】!」


「ギャギャギャ───」


エフェクトを纏うミツキの剣が宙を裂き、隙だらけのゴブリンへと叩き込まれる。


クリティカル発生。

その勢いは衰えることなく、ゴブリンの身体はミツキの剣に斬り裂かれ、断末魔を上げて消えていった。



「ふぅ……よし、討伐完了!」


「お疲れ、もう普通のモンスター相手なら問題なさそうだな?」


「でしょ? もしかして私結構才能ある?」


「実際、結構すごいと思うぞ?」


「えへへ♪」



流石にまだエリアボスに挑むにはちょっと不安が残るが、普通のモンスター相手なら問題なさそうだ。



「これならミツキ一人でも十分攻略できるかもな?」


「えっ、守ってくれないの……?」


「ぅ……いや、一緒にできない時でも問題ないって意味だぞ」


「それならいいけどぉ」



他愛もない会話をしつつ、ドロップアイテムを回収していく。



———その時だった。



「っ!」



突如として感じた殺気に、直感に従ってアイアン・バックラーを振り上げると、ガキンッ!とけたたましい音を立てて何かを弾いた。



「まさか弾かれるとは。勘の鋭い奴だ」


「生産職のうえ、まだ初期装備だってのにその反応速度とパリィの精度……サブキャラか」


「くそっ……『タグ付き』か」


「えっ、えっ?」



本当に偶然だが、俺は盾を振り上げたことで、上から迫ってきたプレイヤーの一撃を防いだようだ。


困惑した様子のミツキを視界の端に収めつつ、上から降ってきたシーフ風のプレイヤーとは別に現れた剣士風のプレイヤーにも視線を向ける。その二人の首には、タグのついたチェーンがかけられていた。



このタグの意味は、『PKプレイヤーキルを犯したもの』ということ。


一度でもPKを行うとこのタグを着けられるのだ。このタグは解除不可能なアクセサリー扱いであり、キルされるまで外すことができない。


タグが付いた者———通称『タグ付き』とは、PKerプレイヤーキラーを示す言葉だ。



わざわざこんな初心者が集まるような場所で『タグ付き』に出会うとは……正直勝ち目はなさそうだ。


こいつらの狙いは……ミツキの『空の器』か!



「ミツキ! 武器をインベントリに———」


「おせぇよ」


「っ!?」



瞬間、赤いダメージエフェクトが弾け、目の前を覆った。

その発生源は、ミツキの肩から。


剣士の男が握った剣が振るわれたと同時に、『空の器』を握るミツキの腕が、肩から切断されて宙を舞っていたのだ。


突然の出来事に、ミツキはまだ何が起こったのか分かっていないようだ。



「え———」


「ミツ———」


「やっと隙を見せたな?」


「がっ……!」



宙を舞うミツキの腕を見て一瞬にして頭に血が上った俺は、つい『タグ付き』から目を離してしまった。次の瞬間には、シーフ風の男が握るダガーが、俺の首を斬り裂いていた———



        ♢♢♢♢



およそ5分後。

【ハイドリナ】にリスポーンした俺とミツキは、中央の噴水の場所に再び集合し、話し合っていた。



「もー、何なのよあれ!」


「しょっぱなからPKerに狙われるとは……運がなかったなぁ」


「プレイヤーキラー?」


「そう、つまり他のプレイヤーをキルしたことのあるプレイヤーだ」


「何それ!? そんなのありなの!?」


「一応SWOのシステムとしてあるからアリなんだろうけど……まぁいい気はしないわな。たぶんミツキの『空の器』も奪われたし」


「え? あっ、ホントだ! インベントリにも無い!」



やっぱりな。


SWOでは他のプレイヤーにキルされた場合、装備している武器や防具、アクセサリをその場に落とすことになる。PKerはそれを自分のものにできる利点はあるが……相応のデメリットもある。



「せっかく運よく引いたのに、ホントありえないんだけど!」


「とはいえまだまだ初心者の俺らでは勝てるわけないからな……悔しいけど、誰かが倒してくれるのを祈ってようぜ?」


「む~~……ハァ、せっかく楽しんでたのに、嫌になっちゃうな……」



俺はある程度慣れたものだけど、経験のないミツキの憤りも分かる。

なんとか宥めて、ゲームの続きを……と思ったけど、落ち込んだ様子のミツキはやる気がなくなってしまったようで、初めてのゲームプレイはこれでお開きとなった。



ログアウトする直前の、ミツキのため息と悲しそうな表情が、妙に俺の脳裏に焼き付いていた。











その日の夜中、俺は自室のベッドの上で再びVRヘッドギアを装着していた。


俺がいくらPKerとの戦いに慣れていると言ってもな、ミツキ……燈瑠あかるは違うんだ。彼女をあんな表情にさせられて、黙っていられるわけないんだよ。



燈瑠あかるはな、PKerみたいな迷惑プレイヤーの快楽のために曇らせていい人じゃないんだ。



これはキレてもいいよなぁ?

敵討ちってわけではないが……俺の恩人にしたことの報いは受けてもらおう。


ここからはじゃない。の仕事だ。









『プレイヤー名: 《イザヨイ》 でログインしますか? Yes/No』



———Yes。

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