絶望、そして再起

俺……『白狐谷しらこや 千紘ちひろ』が世界に絶望した・・・・のは今から3年前———俺が中学2年生の時だった。


ある日、俺と両親を乗せた車が、猛スピードで突っ込んできたトラックとぶつかり吹き飛んだ。


凄惨な事故だった。

運転席の父と助手席の母は、姿を確認するまでもなく『即死』と判断されるほどに。

後部座席にいた俺が下半身不随で済んだのは、奇跡みたいなものだった。



真っ二つに破壊され、原形を留めないほどにひしゃげた車の後部座席から見た地獄のような景色は、今も俺の頭に焼き付いて離れない。


原因は、トラックの運転手の居眠り運転だった。








その後の俺の生活は酷いものだった。

当時、ハンドボールのU-16日本代表に選ばれており、将来はプロを目指していた俺は、『下半身不随』という現実を受け入れられずに何度も自殺未遂をしたぐらいだ。


そんな俺を見かねた幼馴染一家が俺を引き取ってくれ、懸命にケアをしてくれたおかげで、それなりに早くに精神的に安定するようにはなった。




しかし、俺の心にぽっかりと空いた穴は、そう簡単に埋まることはない。

もう二度とあの時のように動くことはできないと、半ば諦めたままリハビリにも身が入らない俺に、医師はある一つのゲームを勧めてきた。



その名は、『Supremacyスプレマシー Worldワールド Onlineオンライン』。通称『SWO』。


当時発売されたばかりの、フルダイブ型VRゲームだった。



曰く、「身体を動かせない状態でも身体を動かすイメージを刷り込むことができるフルダイブ型VRMMOは、医学的にも推奨されている。それに、この世界に絶望したような目をしている君に、新しい世界を見てほしいんだ」とのこと。


俺がそのゲームを始めたのは、現実逃避の意味合いもあった。

その時までは。




———俺自身、こんなに早く二度目の『人生の転機』が訪れるとは思わなかった。


圧倒されたのだ。


グラフィックの綺麗さに。

その世界の広大さに。

そして、その世界の自由度に———



        ♢♢♢♢



それから3年後。

高校生2年生になった俺は、未だに車イスからは降りられない生活をしているが、それを気にすること無くクラスに打ち解け、普通の生活を送っていた。


そんなある日のことだ。



「おい、聞いたか!? 昨日のSWOのアナウンス!」


「当たり前だろ? またイザヨイさんだよ……」


「マジで何者だよあの人……さすが裏ボス……」


「俺もすっかりファンだわ、姿見たことないけど」


「ちなみにイザヨイさんって、ボスモンスターの初回討伐何回目?」


「もう数えきれねぇよ……今んとこSWOに一番名前を刻んでる人だからな」


「噂によると、超絶美人らしいぞ」


「マジ一目でいいから会ってみてぇ……」



帰りの挨拶が終わった直後、クラス内の会話はSWO一色に染まる。

それも、話題の中心は『イザヨイ』のようだ。


そんな会話が目の前で繰り広げられている俺の心情は、気が気ではない。



何を隠そう、この俺こそが、『イザヨイ』の正体なのだ。



SWOの発売直後から3年間、入院中も含めてほとんどの時間を費やして育て上げた『イザヨイ』の強さは伊達ではない。


それに、自分で言うのもなんだけど……かなりのフィジカルモンスターだと自負がある。その運動性能は、VRゲームの中でも遺憾なく発揮させてもらっている。


その集大成が、『裏ボス』というわけだ。


それにしても、クラス内でも『イザヨイ』の話題か……。

そりゃまぁ、初見のレイドモンスターをシバいたわけだし……そのたびにワールドアナウンスが鳴り響くから有名になるわな。


それに、そのモンスターのデータには、初回討伐者として『イザヨイ』の名前が記録されるわけだし。



「う~……こういう話を聞いちゃうと私もやりたくなってくるよぉ」


「あぁ、燈瑠あかるはまだ持ってないんだっけ」



不意に背後から聞こえてきた声の正体は、クラスメイトの夜桜よざくら 燈瑠あかるだ。


身長は150cmないぐらいの小柄な体格で、活発な性格と人当たりの良さで、妹キャラとして女子の間で人気である。そのくせ出るところはしっかりと出ており、そういった意味では男子からの人気も高い。


俺との関係は……よくある幼馴染みってやつだ。



俺とは幼馴染であり、物心ついた時から側にいた存在だ。そのうえ3年前の事故以来、俺は夜桜家にお世話になってるわけで……精神的に病んでいた頃、親身になって色々と手を差し伸べてくれたのが彼女だ。


俺にとっては命の恩人でもある。



そんな燈瑠あかるは、SWOについてブツブツこぼしながら、俺の車イスを後ろから押して教室を後にする。



「私はまだプレイしてないってのに、毎日のように話を聞かされると嫌になっちゃうよねぇ」


「だから俺のを貸してやるって言ってんのに」


「自分で買いたいの! それに……じゃなくて、千紘ちひろはいいよね。お医者さんから特別に貰ってるし」


「あれ『出世払いで』って言われてんだよなぁ……あの先生、俺がちゃんと社会人になって出世すると信じてくれてるらしいから」


「それだけ千紘ちひろのことを想ってくれてるってことよ。いいなぁ……私も出世払いってことで誰か買ってくれないかなぁ」


「出世できるん?」


「できるし! というか、実はそんなこと言う必要もなくなったんだけどね?」


「と言うと?」


「実は、VR機器一式とSWOのソフトを買えるだけのお金を工面できたのです!」


「……パパ活?」


「違ぇよふざけんな。バイトよバイト。時間があるときにコツコツ貯めて、やっと目標金額に到達したの!」


「あぁ、色々と忙しいのに頑張ってたからなぁ」


「そうなの! それでさ、えっと……私が買ったら、一緒にやらない? 千紘ちひろって結構やってるでしょ?」


「えっ……あ~~、ちょっと待って」


「えー、そこは快諾してくれるところじゃないの?」



燈瑠あかるが不満そうな顔を見せるが、俺はそれどころじゃない。

だって、一緒にプレイしたら俺がネカマってバレるんだが?


確実に引かれるだろうし、一緒に暮らしてる相手にそんな目で見られたら俺は死ねる。

というか死ぬ。


かといって燈瑠あかるの提案を断るなんてこともしたくない。



そんな俺がひねり出した答え。それは———



「あれだ、ほら、俺は発売当初からやってるわけだし、今から始める燈瑠あかるとは熟練度がかけ離れてるだろ? だからさ、俺は『サブキャラ』作るし、どうせならチュートリアルから一緒にやらないか?」


「え? そうしてくれるとありがたいけど……今のアバター捨てちゃうの?」


「違う違う。SWOは別のアカウント使えばサブキャラが作れるんだよ」



SWOは最近のゲームにしては珍しく、『サブキャラ』を作ることができるのだ。

理由はいくつかあるが、このゲームが『完全スキル制』であることが大きいだろう。


レベルのシステムはなく、プレイヤーのやりこみ加減によってスキルが進化し、それが強さにつながっていくのだ。プレイする時間はもちろんのこと、どれだけ『濃密な・・・プレイングをしたか』によって、スキルは変化する。


パワーレベリングはできるはずもなく、一つのアバターに時間をかけた方が上に上がることができる。サブキャラを作ったからと言って有利になる訳ではため、サブキャラの作成が許されているのだろう。



サブキャラを使っている人は、インベントリの容量以上のアイテムを持っておきたい人や、メインキャラ用の装備を作るために生産職ビルドにする人がほとんどである。



「経験の差はあるけど、それだったら同じ目線でプレイできるしな」


「じゃあそれでお願い! えへへ、今から楽しみだなぁ♪」



セーフッ!

逆身バレは回避できたみたいだな!

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