9月19日 記録・回想・決意

前回の記録の翌日、道のり延べ数㎞に及ぶ散歩を敢行していたさなか、面白いことがあった。中学の頃の、ちょっと変わった同級生にばったり道で遭遇したのだ。顔を覚えていなくても、会ってしまえば案外わかるもので。「忘れる」なんていうのはただの気のせいなのではないかと思った。彼とは特段仲が良かったわけではない。もっと言えば、普段は会話をすることもなかったと思う。それなのにどうして「処理しきれない感情」の対処についての話題だなんて、重苦しい話をすることになったのかは、双方覚えていなかった。ただ、話したことは覚えていた。

ゆるゆると近況報告をした。続いて、彼の言葉がきっかけで絵を描き始め、今も書き続けていることと、それに対する感謝を伝えた。彼がねだってきたので、スケッチブックも見せた。やはり同じ場所の絵ばかりなのが気になったらしい。理由を聞いてきた。

誰かに聞かれて理由を答えたことは今まで一度もなかった。家族以外に絵を見せたこともほとんどなかったから、そもそも母数が足りないのかもしれないが。誰にも言いたくなかったのだ。ただ、今も昔もそこまで深い関係でなく、絵を描き始めた一つのきっかけでもある彼には話せる気がした。

何年も腹の底に匿い続けてきた悩みの種だとかトラウマのようなものを少しでも外に出せる機会が来れば、出してしまうのが人の性ではないだろうか。すべて話した。話してしまった。


六年生の頃、9月20日の金曜日。湊は私にこう言った。

「話したいことがあるから。明日の朝8時、絶対に山小屋に来てほしい」

晩は雨だった。どうやら明日はこのあたりに台風が上陸するらしい。気象情報も調べずに約束を取り付けるなんて湊も馬鹿だなぁ、なんてのんきに考えていた。呼び出してまで話したいことが何なのかが気になって、あの日はしばらく眠れなかった。


目を開いた。遮光カーテンの隙間から漏れ出す光が、いつもより少し青みがかっていた。時計を見た。残念、もう9時だった。嫌な予感がした。


布団から這い出て窓をひらいたら、ひどい嵐だ。急がなくっちゃ。


家を出ようにも、こんな嵐の中出かけるわけにはいかない。親も許可は出してくれないだろうし、なにより湊も出かけていないかもしれない。飛び起きて固定電話のもとへ。湊の家にかけようとするも、電話自体が機能しない。焦っていて気付かなかったが、停電していたのだ。諦めるよりほかになかった。ひどい嵐だし、出かけているわけがない。そう言い聞かせながら、雨の降りやまぬ土日を過ごした。


月曜日、雨は止んだ。嵐は去った。警報による臨時休校を期待しながら私は学校に行った。湊は学校に来なかった。湊の席に花瓶があった。先生は珍しくスーツを着ていた。クラスメイトは泣いていた。

「ミナトガスイロデミツカッタナクナッタ」

よくわからない声がきこえた。私には何もわからなかった。

あの日から雨が憂鬱だ。山小屋にも行っていない。ただ、忘れられずにあそこの絵ばかり描いている。


この話を聞いたちょっと変わった元同級生はこういった。

「じゃあ21日が命日じゃん!行ってみなよ!」

軽かった。彼らしかった。

明後日、あの山小屋に行こうと思う。

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