8月19日 記録・回想
大学生というものは、とても自由な生き物だ。授業に出るも出ないも、どこかに行くも行かぬも、どこにいるもいないも、大体のことは好きに決められる。しかし自由というのは恐ろしいもので、いきなり一気に与えられるとどうも持て余してしまう。朝何時まで寝ていようと、起こしてくれる者はいないのだ。夜何時まで起きていようと、諫める者も気遣う者もいない。何も食わずに腹を空かそうと、誰かが作ってくれるわけでもない。夏休みにかこつけて無計画で滅茶苦茶な遠出をしようと、止める者は一人もいない。何日もかけて何枚も同じ絵ばかり描いていても、誰も止めない。
小学校四年生くらいからだろうか。同級生の湊と二人、川の付け根にある山で遊ぶようになった。先生からは入っちゃいけないと言われている山。手入れはあまりされていないようで、そのせいか誰も近寄らない。そんな山になぜ藪をかき分けてまで入ったのかは、残念ながら覚えていない。好奇心か、はたまた二人だけの秘密の思い出でも作りたかったのか。少し涼しい九月の下旬、たしか土曜の朝だった。
小さい体で藪をかき分けしばらく登ると、ボロボロになったアスファルトの道に出た。落ち葉と土、苔、植物に浸食された道路の成れの果て。昔は誰かが使っていたのだろう。
登ってきたのは南から。東西に延びる道だった。最初は二人で東に向かう。塞がれた石のトンネルがあった。板張りの隙間から奥を覗き込むと、どうやら崩落しているらしい。無機質な灰色が山を成し、向こうの景色を隠しきっている。それ以上のものはなかったので引き返し、道の反対側を目指す。なにか他愛ない話をしていたが、それらも全部覚えていない。
西側には打ち捨てられた小屋と小川。木挽小屋というものらしいと知ったのはごく最近のこと。のどが渇いていたので二人で水を飲んだ。秋だというのに水を掛け合い、濡れた服を小屋で乾かした。生えていた草を抜いて、換気もして、なんだかんだと片付けて。ここを二人の基地にしようだとか、誰にも内緒だとか、そんなことを無邪気に言い合っていた。日が西に傾きだしたら急いで下山。どのくらいの時間帯かは覚えていないが、あの日は確か、暗くなるよりは前に家に帰った。
それからは休みのたびに小屋を訪れ、二人で幸せに過ごした。あの子はいつも絵を描いていた。
今は私が絵を描いている。私一人が描いている。
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