記録
長雨 藤吉
5月27日 記録
最悪の目覚めだ。きっと今日は雨。雨は嫌いだ。大っ嫌いだ。
遮光カーテンの隙間から漏れ出す光が、いつもより少し青みがかっている。絶対に違うという確信はあるが、自分がいつもよりもすこし早く起きすぎただけであることを祈った。祈りながら時計を見てみる。残念、どうやらもう9時らしい。やはり日が昇っていないなんてことはあり得ない時間で、仕方ないから腹を括った。窓の外で風が鳴く。頭に走った嫌な痛みから連想される結果はただ一つ。
布団から這い出てカーテンをあけると、やっぱり雨だ。嫌な話だ。
どうしても忘れられない事がある。幼い日の最悪の思い出が、雨に呼ばれて蘇る。上に土を盛って隠してみても、雨に流されてしまって結局最後は元通り。
水を得て大きくなるなんて、まるで増えるわかめみたいだなぁ、などと考えながら生活を送る。くだらないことしか脳にない。
雨粒が屋根や道路、壁、そこらの植物、室外機なんかを叩く音、ノイズのような風の音、ゆれる木の音、カラスの声。窓を開けるとそれらが飛び込んでくる。雨でこんなに沈む私と、雨でも変わらず鳴くカラス。あの日もこんな風だった。
雨粒と音と記憶は、網戸ではせき止められないようにできてる。
今年の春、私は大学生になって故郷を離れた。五月も下旬に入り、そろそろ梅雨になるころだ。家族といたころは気も紛らわせたが、初めての孤独な六月。一人でいろいろと考えてしまう。頻繁に降る雨に呑まれはしないだろうか。
処理しきれない感情は何かの形にして自分の内側から外側へ出すと良いらしい。文章が上手いなら文章に。詩が上手いなら詩に。音楽が上手いなら音楽に。中学の頃の、ちょっと変わった同級生が言っていた。私には絵がしっくり来た。だから絵を描き始めた。もう顔も覚えてない彼の言葉が、絵を書き出した一つのきっかけだった。今日の夢に少しだけ彼が出てきたので、何かの縁だと思って彼の提案していた別の手段も試してみている。その成果物がこの文章だ。うまくできているかはわからないが、案外悪いものではない。これからもたまにやろうと思う。
描くのはいつも同じ場所。昔遊んだ山の中、たった二人の秘密基地。いつも一緒に話してたけど、あの雨の日はそうじゃなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます