第24話 王都での奉納舞い

 ウルプ小国が確保している飛竜は、大きな蝙蝠に似た爪のある羽を持つ巨大な竜だった。青味がかった灰色。

 グレクスとふたり、飛竜を扱うためのウルプ家に伝わっている指輪を嵌めると意思疎通が可能になった。

 身体は浮かび上がり、上空に待機する飛竜の背へと乗り込んでいる。

 

 飛竜の背は見た目にはゴツゴツして見えるのに、毛足の長い絨毯じゅうたんにでも座っているような感じだ。

 

「ああっ、よろしくお願いします!」

 

 飛竜へと声を掛けると、笑う気配が感じられた。

 

「王都、キリサの都の王宮まで頼む」

 

 グレクスの声に、畏まりました、と、頭の中に声がひびいてくる。

 魔石と話すのと似た感じなのかな?

 思考していると、そうだ、という応え。

 声に出さずとも、意思疎通できるようだった。

 

「もの凄い速度です!」

 

 飛竜の背に乗っているのに、透明なわけでもないのに、飛竜の下の景色がわかる。

 高く舞い上がったまま、陸地の上空を真っ直ぐに進んでいた。

 途中、海上。大きな湾のようだ。

 

「この辺りが、ビヌティクの街だ」

 

 グレクスが苦々しげに教えてくれる。

 

「……それは、やはり随分と近いのですね」

「まあ飛竜が速いのだが。遠くはないな」

 

 こんな近くに敵が潜んでいるかと思うと、早々に対策が必要だと痛感する。一刻も早く、王都へ。

 湾が見えてからは、陸地と海の境を飛んでいる。

 途中、平野の上を飛ぶこともあるが、基本は海寄りを進んでいた。

 右手側が海。左手側は山地が続く。

 

「本当に速いです。全く揺れないのですね。景色も良く、本当に快適です」

 

 高いところに居るのに、怖くない。背の上には結界があるのに違いなく、風に吹きさらされたりしない。だが、とても心地好い新鮮な空気で満ちている。

 馬車など比べものにならない心地好さだ。

 

「ラガイヤ山が見えてきた。そろそろ城塞都市カルパムの上空だ」

 

 上空から見ても目立つラガイヤ山は、神聖な山として信仰の対象でもある。上空を飛ぶことは許されていない。

 直ぐに、城塞都市カルパムの上空。

 城塞都市カルパムは、上空からでも賑わいと繁栄が見てとれた。

 増え続ける巨大な領地は、すべて城壁で囲まれているという噂だ。

 

「城塞都市……広そうですね」

「小国の中で、最も領地が広いらしい」

 

 城塞都市を過ぎれば、その後は、学術都市アーガラ、そしてキリサの都と呼ばれる王都も間近になる。ユグナルガの小国全てを束ねる王族が住む王都・王宮へは、この速度なら直ぐに着く。

 

 大きな湾の片側に存在する学術都市はあっという間に過ぎ、もう王都間際だ。湾の行き止まりの手前、左手側にユグナルガの国で最も栄えているキリサの都。

 

「ああ、もう、王都上空です」

 

 王都を上空から見たことはない。王宮も。だが、気配に懐かしさが混じっている。

 

「王宮内の前庭に降りるぞ。許可は得ている」

 

 グレクスの言葉が響くと、ふたりの身体はふわりと宙を舞い王宮内へと降りて行った。

 

「飛竜さんは?」

「近くを回遊しているはずだ」

「疲れないのですか?」

「眠る時も空だという噂だから、問題なかろう?」

 

 前庭に降りると、直ぐに神殿の巫女見習いが近づいてきた。

 そう。こんな風にして空からの客を出迎えたりする役割を、見習いの頃には担っていた……。

 わたしの記憶は、少しだけ風がよぎったように揺らされている。

 

「ウルプ小国の名代さま。着いたばかりで恐縮ですが、奉納舞いを願います」

 

 深く礼をとりながら、巫女見習いは告げて先導するように歩きだす。

 王族方々が、既に待っているのだろう。

 小国の名代であれば、本来なら【仙】であるルナシュフィが転移で案内するのだが、急用だろうか?

 

「ようこそ。神殿巫女ナギハです。慌ただしくて申し訳ございませんが、王族方々へと奉納舞いを給いたく」

 

 王宮内の広間に案内され、王都・王宮内に存在する巨大神殿の巫女のひとりが出迎え指示をした。

 踊りの場の奥に、数段高い場所があり王族方々が豪華な椅子に座している。その時々で、奉納舞いを見届ける王族たちは変わるが、皆、金の衣装だ。

 

「お任せを」

 

 グレクスが応えると、楽が奏でられ始める。わたしにとって馴染みの王宮ならではの響き。雅で心地好い。

 奏でを聞きながら、グレクスに踊りの場へと導かれる。最初の少しの部分、ふたりで踊り、グレクスに送り出されるようにして、踊りの場にひとり。

 

 奉納舞いの始まりだ。わたしは懐かしさに駆られながら、思っているよりもずっと優雅に奉納舞いを踊っていた。

 元の身体で踊っていたときと、根本的に違う踊りやすさ。宙を舞うような心地。

 記憶が、ずっと揺さぶられている。だが、甦るわけでもない。

 

 夢中で踊り、グレクスの腕に戻る。一緒に踊る部分はすぐに終わった。

 

 ふたりで王族方々へと礼を届ける。拍手喝采だ。六歳のサリュン姫が、段から下りて走り寄ってくる。

 

「すごい! ルナさまの踊りにそっくりです!」

 

 第一王位継承者セリカナの娘であるサリュン姫は、驚いたような表情、そして満面の笑みでわたしの手を取った。セリカナが姫を追って歩み寄ってくる。王族代表としての行為だ。

 

「ウルプ小国も、今後が愉しみだ。良い統治をな?」

 

 セリカナは、わたしとグレクスへと威厳に満ちた声で告げる。懐かしい声。

 ウルプ小国も? 直接は問い返さなかったが、わたしは不思議な言葉を聞いた気がした。

 

「御意に」

 

 グレクスは優雅に、何気に手慣れた感じで礼をする。わたしも隣で巫女式の丁寧な礼をしていた。

 

「神殿巫女ルナシュフィよりの祝福は、神殿にて受けるが良い」

 

 セリカナの言葉は、ルナシュフィは神殿にいるのだと告げている。

 不思議だ。神殿にいるのに奉納舞いの場にいないとは珍しいことだ。だが、逢ってくれるらしい。

 

 

 

 案内してくれた巫女見習いが、神殿へと先導する。

 わたしはグレクスと共に、従った。

 

「リセ? リセーリャ?」

 

 不意に懐かしい声に名を呼ばれ、わたしは振り向くように声の方向へと視線を向けた。

 

「ディア?」

 

 懐かしい声と見知った姿に、思わず名を呼んでしまってから慌てて口元を抑えた。

 ディアート・ライセル……なぜ、ここに?

 ディアートは、巫女見習い時代の同僚だ。

 

「やっぱり、リセなのね? 死んでしまったのに、魂が転生の輪に乗らず行方ゆくえがしれないとかで、心配してました」

 

 ディアートは小声で囁き距離をつめ、わたしの両の手を握る。グレクスと案内の巫女見習いの存在など、わたしは、もう、すっかり忘れていた。

 

「……あ、わたしが分かるの?」

 

 わたしは、全く違う姿の者に憑依している。それなのに、ディアートはわたしの魂の姿が視えているのか、全く迷いがなさそうだ。

 リセ。は、愛称。名はリセーリャ……あ、でも、姓までは思いだせない――。

 

「当然でしょ? リセ」

 

 懐かしさと安堵を表情に宿すディアートは、巫女見習いの頃にも増して美しい。

 

 

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