第25話 わたしの正体
わたしは、自分が別の容姿になっていることも忘れ、ディアートの手を握り返す。
元より背の高かったディアートなので、小さいアンナリセの身体ではかなり見上げる視線だ。
「ああ、ディア。なんて懐かしい。というか、どうして王宮に?」
記憶は
「奉納舞いと、報告に。婚約したのよ。リセこそ、どうかしたのですか?」
その姿はともかく、一緒にいらっしゃるのは、ウルプ小国のグレクスさまですよね? と、小声で問いを足された。
「ディアも奉納舞いでしたの? 婚約! まあ、おめでとうございます」
随分と王宮が立て込んでいるところに、情報開示を求めてしまったようだ。
グレクスさまは、わたしの婚約者。わたしはアンナリセという名です、と、こっそり応える言葉を足した。
「あら。リセも奉納舞いだったのですね? 奉納舞いの後、ルナさまと逢うためにここで待機していたのですけど。ウルプ小国とライセル小国、同時にお逢いになるのかしら?」
ディアートの奉納舞いにも、ルナシュフィは居なかったようで不思議そうにしている。
「あ! ディアは、ライセル城にいらっしゃるのよね? ウルプ領は堕天翼の脅威に晒されてます。ライセル家からの情報を聞きに来ました」
ディアートがライセル小国の名を出したこともあり、わたしは王宮に来た目的を思い出し、思わず訊いていた。
「堕天翼! ウルプ領に逃げたのですね?」
「追い出した状態で、今はビヌティクの街に」
切実な声で、わたしは告げていた。
「堕天翼が、入れないようにしたいのですね?」
柔らかな男性の声が会話に混ざってきた。
「あ、婚約者のウレンさまです。堕天翼の処置をした法師です」
法師さまが婚約者?
有り得ない話に、わたしは
だが、それは、巫女も同じだ。
わたしも、ディアートも、元々巫女見習い。婚約などしたら、本来力は無くなる。だが、わたしは身体が変わったから、というだけでなく、巫女術を少しずつ思いだし使えている。
「それで、王宮にご挨拶なのですね」
よく聖王院が許可したものだと、驚きを隠せないまま呟いた。
グレクスは少し離れたところで、わたしの交流を見守っているようだ。邪魔をしないように、巫女見習いを連れて除けてくれている。
神殿から別の巫女見習いが、ライセル小国の名代たちと、ウルプ小国の名代たちを、同時に迎えに来た。
やはり、両国一緒に謁見のようだ。
「まぁ、リセ? リセーリャ・シャートですね?」
【仙】である神殿巫女ルナシュフィは、わたしの姿を見るなり声を上げて歩み寄ってきた。
隣でグレクスは、丁寧な礼をしている。
ルナシュフィは白金の長い髪に、水色の瞳。【仙】としての正装は白に金の装束。白に豪華な金の刺繍。ドレスと呼ばれている特殊な形だ。少女のような容姿は、わたしが巫女見習いをしていたときと少しも変わらない。
強烈な懐かしさが、名と姓と合わせて呼ばれたことで湧き上がる。
「ルナさまも、分かってくださるのですね」
涙ぐみそうになりながら囁く。
「神殿巫女として勤めていたリセは急に死んでしまったのです。何の前触れもなく。転生の輪に乗った形跡もなく、魂は
ルナシュフィは、そう告げると、ウルプ小国とライセル小国の名代である四人へとタップリと神聖な魔気を注ぎ始めた。魔気の器の量を超えて蓄えられる神聖な魔気。巫女術による特殊技だ
長く注がれ続ける神聖な魔気を浴び、アンナリセの身体に
「あなたの身体は優秀ね。ウレン殿から直接、情報を得ると良いでしょう。今のあなたなら、同じことが可能です」
ルナシュフィは神聖な魔気を注ぎ終えると、何かに気づいたようにそう告げた。
わたしは驚きに次ぐ驚きで、意識が大混乱している。
「堕天翼関連をラテアの都に入れないように、わたしが?」
「それは凄い!」
わたしの声と、グレクスの歓喜めく声が重なる。
わたしに堕天翼の対処が可能だというのなら、何より素晴らしい。
「そうです。あなたは、ラテアの都を把握していますからね」
笑みを浮かべるルナシュフィの言葉で、わたしはグレクスと一緒に神獣の馬車で霧状の泥を撒いたことを思い出す。
泥を薄く都中に撒いたことで、わたしの結界になってるの?
「では、堕天翼関連の者たちの情報と、それらを結界から弾く術とをご伝授いたします。といっても、巻物にまとめてありますので簡単です」
ライセル小国からの堕天翼の関連情報を一纏めにした巻物。作成した当人であるディアートの婚約者の法師ウレンが、わたしに手渡してくれている。
あ――!
手にした
言葉で説明することは難しいけれど、堕天翼関連の者も把握できているし、弾く
「はい! わかりました! わたし……できそうです」
堕天翼をラテアの都に
「巫女術の腕が飛躍的にあがっていますね。やはり、元々の身体に戻れたということなのでしょう」
わたしと元のアンナリセは、生まれるのに年差があったと思うのだが、それでも身体と魂の取り違えは有り得るということらしい。ルナシュフィの言葉を聞きながら、わたしは安堵している。
生まれる前のことなど推し量りようもないが、それでも、この身体は元々わたしのものだったのだ。
【仙】である神殿巫女ルナシュフィが断言してくれている。
わたしは、神殿巫女ルナシュフィへと、シーラム・ルソケーム侯爵から訊かされた内容を伝えた。
ルドラフ・マランという名の魔道師が
魔物を呼び込むつもりらしいこと。
その同じ魔道師が、都に住む者たちから大量の魔気を集めていたこと。
その情報は、【仙】たちには即座に周知される。八人の【仙】たちによるユグナルガの国の護りが強化されるはずだ。
「ディア。わたしに気づいてくださって感謝します」
「リセ、ライセル小国に、ぜひ、いらしてね」
ディアートと名残惜しそうに言葉を交わす。
「感謝する。こちらからも、招待させてくれ」
グレクスがディアートへと丁寧な礼と共に告げてくれていた。
遠く離れてはいるが、ウルプ小国とライセル小国は、近々同盟を結ぶことになるだろう。
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