第23話 王都キリサへの道筋

 朝になると魔法の使い過ぎで消費した魔気は、回復したようだった。

 まず、客間に通されている誘拐されたり売られ、保護された少年少女たちを霧で浄化した。

 前日にも霧を浴びていたこともあり、皆、わりあい早くに浄化されていく。

 

 誘拐して媚薬・催眠漬けにすると直ぐに売りに出すのなら、幸いにも、それほど長期的には闇に包まれていなかったのだろう。

 

「戻る場所のない者は、どうするのでしょう?」

 

 わたしは浄化の部屋を出ると、一緒についていてくれたグレクスへと訊く。

 それに売られた者は、売り払った親元へ返すのか?

 さらわれた良家の者たちは、浄化が終わると身元を告げるので順次帰宅させている。

 

「ウルプ城で雇えそうな者は、使用人や侍女として仕事を覚えてもらう予定だ」

 

 さすがに娼館や遊郭に売ろうとしていた者たちなので、少年少女といっても仕事が可能な年齢にはなっているのだろう。ウルプ城での仕事を断る者は少ないと思う。

 

「それは、良かったです」

 

 行くあてがない、という事態は避けられそうでホッとした。

 

「罪人たちの浄化も頼めるか?」

「もちろんです。操られていただけの者が大半でしょうから情報は得られないかもしれないです」

「聴取は既に済んでいる」

 

 確かに、大した情報はなかったと、言葉が足された。

 ひとまず危機は去ったが、シーラム・ルソケーム侯爵は堕天翼と共に、ビヌティクの街で合流だ。ビヌティクの街は、海路でも陸路でも、ウルプ小国のべるラテアの都に比較的近い。

 

「浄化が済みましたらで良いのですが……、王都・キリサの都へと行く手段はございますか?」

 

 わたしは何気にすがるような視線を向けている。

 堕天翼と相対したライセル小国は、領地へと堕天翼関連の者たちが入れなくなるように措置している。

 キリサの王都・王宮には、そのすべが伝えられているはずだ。

 

「急ぐのか?」

「堕天翼の関係者が……ラテアの都に入れないように措置したほうが良いかと」

 

 関係者だからシーラム・ルソケーム侯爵も同時に弾くことができる。

 ウルプ家に恨みを抱く者を、領地に入れることは避けたい思いで一杯だった。

 

「そんなことが可能なのか?」

 

 グレクスは瞠目どうもくしている。

 ライセル小国で堕天翼との悶着があったのは、わたしがアンナリセに憑依する少し前のことだ。ライセル小国が施した処置などが伝えられていた。

 

「はい。わたしが王都・王宮にいたときに、ライセル小国からの報告が入っていたはずです」

 

 【仙】方々は、一瞬で情報を共有するが、他の小国はそうはいかない。王族由来であると認定されている五家であっても、【仙】に準ずるような魔法なりの使い手がいないことには、情報の取り寄せようがないのだ。

 第一執事のロイトロジェは若干魔法を使うが、その程度ではとても無理。

 最低でも、魔女キノアくらいの実力が必要だ。

 

 おそらく情報を入手すれば、魔女キノアに依頼することでライセル小国と同等のことが可能になるのではないか。

 わたしは、そこに賭けている。

 

「ならば、神獣を出そう」

 

 グレクスは笑みを深めて告げた。

 

「あの馬車ですか?」

 

 確かに猛烈な速度の馬車だったが、それでもここは王都・王宮に遠すぎる。野を越え山を越え川を越え。幾日かかるやら。それでは間に合わないし、わたしとグレクスが出かけてしまったらウルプ小国に隙ができてしまう。

 

「いや? ウルプ家に神獣はたくさんいる。飛竜ならば王都くらいあっという間に着く」

 

 ウルプ家の者は、王都・王宮に行くときは飛竜だ、と、言葉が足された。

 

「あ! そんなにたくさんの神獣を確保しておられるのですか?」

 

 本当に、王都・王宮から離れたウルプ小国の情報は少なかった。わたしがグレクスの顔を覚えていたのは、凄いことだ。

 

「早々に浄化を終わらせ、即座に行こう」

 

 グレクスは何やら楽しそうに提案する。

 

「はい! わたし、急いで浄化します」

 

 

 

 王都・王宮へと訪ねる旨は家令が指示し、巻物を魔法で送る手立てで即座に王宮へと知らせてくれた。

 このくらいの連絡なら可能なのだが、極秘事項や術などを含む連絡は魔法師くらいでは手にあまる。

 

「情報の提示は可能だそうです。ただ、アンナリセ様よりの、奉納舞いを希望しておられます」

 

 家令が王宮よりの返信を伝えに来た。

 

「わかりました。お納めいたします」

 

 家令は直ぐに王宮へと伝えてくれるだろう。

 ウルプ家での夜会で踊ったのは、丁度奉納舞いの部分だ。アンナリセの身体で巫女舞いが踊れることは分かっている。

 

「奉納舞いが踊れる支度で行く必要があるな」

 

 浄化が終わった頃には、グレクスとアンナリセが身につける豪華な衣装が揃えられていた。

 

「これ……身につけたまま神獣に乗るのですか?」


 窮屈というほどではないし、空にいるのはわずかな刻だとは思う。

 

「神獣は、とても快適だから心配ない」

 

 神獣の噂を聞くことはあっても実際に神獣での移動など、わたしはしたことがない。だが、グレクスは何度も体験しているのだろう。不安そうなわたしの様子に、安心させるように告げてくれている。

 

「……自分から言い出しておいて、王宮に行くのが怖いのです」

 

 巫女見習いのときにグレクスと逢っているのなら、たぶん、わたしはかなりの年数を王宮の神殿で過ごしている。奉納舞いは神殿ではなく王宮内で踊るのだが、神殿に近いこと、王宮内も行動範囲だったこと、朧気に記憶がふわふわし始めていて落ち着かない。

 

「心配せず、思いだせることは思いだしてしまえば良い」

 

 一緒に行くのは俺だけだ、と、グレクスは笑みを向ける。

 わたしは、知り合いの顔を覚えているのだろうか?

 神殿で巫女をしていたのだから、【仙】であるルナシュフィさまとは顔見知りのはず。というか上司だ。

 それなのに、接した記憶などは何も思いだせない。

 

 堕天翼の情報がライセル小国よりもたらされたことは、かなり鮮明に覚えているというのに。

 

「はい。グレクスさまには、包み隠さず、すべてお話します。何か思い出せればですが」

 

 今も、知識としては、色々甦ってくる。だから、神殿巫女のルナシュフィさまの情報はある。

 だが、人間関係の記憶は皆無のようだ。

 もっとも、こちらが知っていたとして、その知り合いには、わたしのことは分からないはずだ。

 全く違う容姿に身分。ウルプ小国の国王夫妻の名代として、グレクスとアンナリセは王都・王宮を訪ねる。

 

「思い出せなくても案ずることはない。お前は、必要なことは自然に思い出している」

 

 では、着替えましょう、と、わたしは掠れ声。

 着替えたら神獣に乗る。王都・王宮には直ぐに着く。

 

 

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