解決?

 翌日、私は疲れのせいかベッドから動けずにいた。

 幸いなことに今日は休日だ。昨日のことがあってか百合ちゃんも勇にぃも家にいてくれるらしい。

 ベッドでうとうとしてたらインターホンが鳴った。

 郵便かな、と目を瞑りながら考える。

 しかし百合ちゃんが「ひまりー!来客よー!」と階下で呼ぶのが聞こえた。

 来客?私に?誰だろう。

 髪の毛がボサボサなので手櫛で軽く整えると階段を降りる。

 玄関で待っていたのはなんと由香里ちゃんだった。

 何やら大層な紙袋を持って、緊張した面持ちで立っている。


「由香里ちゃん」


 私が声を上げると由香里ちゃんの顔がぱあっと輝いた。


「ひまりさん!」


「どうしたの?家まで来て…」


「お兄ちゃんに聞いてきたんです。昨日のこと…」


 そのまま話を続けそうだったので、私は「とりあえず上がって」と部屋へ招き入れた。

 リビングでは勇にぃがテレビを見ていたが、来客がきた途端気を遣ったのか部屋に戻って行った。

 百合ちゃんは台所でお茶を二つ淹れると、テーブルに置いた。

 由香里ちゃんが「あの、お構いなく…」と言ったが「いいのよ、私もう上に行くから」と百合ちゃんも部屋に行ってしまった。

 二人だけになり由香里ちゃんはそっと息を吐いた。


「あの、れーくん…お兄ちゃんに聞いて来たんです。ご迷惑かとは思ったんですが…」


「迷惑なんて全然!それで、今日はどうしたの」


「昨日のこと…お兄ちゃんに聞いたんです。危ないところを助けてもらったって、だからお礼をしようと思って」


 由香里ちゃんは紙袋を机に置く。


「いいのに別に。私だって捕まってたんだし。むしろ山本が助けにきてくれたようなもんだよ」


「いえ!ひまりさんがお兄ちゃんに電話してくれなければ今頃どうなってたか…」


 由香里ちゃんは思い出したのかちょっと青ざめた。


「本当にありがとうございます」


 頭を下げる由香里ちゃんに「いいって!顔あげて!」と慌てる。


「山本はどう?」


「お兄ちゃんは…その、へこんでいるんだと思います。ひまりさんは見たんですよね…そのお兄ちゃんの…」


 そこで言葉を濁したので私は首を傾げる。


「見たっていうのは…」


「お兄ちゃん、ものすごく力が強くなかったですか?怪力っていうか…」


 そこで私は鉄パイプがひん曲がったことを思い出す。そのことだろうか。


「お兄ちゃんは昔から人より怪力だったんです。昔は制御できなくて周りの人怖がらせちゃったり。あっもちろん今は抑えられてるみたいで、あんなこと滅多にないんですけど」


 どこかで聞いたような話だ。私は思わず苦笑する。


「やっぱり…怖かったですよね」


 なぜか由香里ちゃんが項垂れる。

 私は「あー」と頬をかく。


「別に怖くはないよ。私も山本にまずいところ見られちゃったし。言いふらすとかも絶対ないよ」


 由香里ちゃんは「本当ですか?」と顔を上げた。


「うん。山本は“それ”知られたくないんだよね?じゃあ誰にも言わないよ」


 由香里ちゃんはそっと息をついた。


「ありがとうございます」


 それから由香里ちゃんと私はしばらく他愛のない話をした。

 十六時を回った頃由香里ちゃんは「じゃあ、そろそろ…」と立ち上がった。

 私は彼女を玄関まで送る。

 靴を履いた由香里ちゃんがくるりと私に向き直った。


「ひまりさん」


「ん?」


「お兄ちゃんのこと、見捨てないであげてください」


 真剣な表情に私は頷く。由香里ちゃんはほっとしたように「お兄ちゃんのバディがひまりさんでよかった」と笑った。


 それから休みが明けて私はいつも通り登校した。

 由香里ちゃんのお願い通り私は山本と変わらず接しようとしたのだが…。


「山本」


「ごめん、他の子に呼ばれてるから」


「やまも」


「ごめん今は無理」


「山本!」


「……」


 無言で立ち去る山本に私はついに堪忍袋の緒が切れた。


「なんなのアイツ!」


 紙パックを握り潰す私に由美が「おーこわいこわい」と体をのけぞらせた。

 私は紙パックを握ったまま机を叩く。


「こ!と!ご!と!く!避けられてるんだけど私!?もう三日になるんですけど!」


「まあ、確かに山本の避け方は異常だよね」


 由美がウィンナーを口に頬張りながら言う。


「何があったのさ二人。喧嘩するなんて」


「何もしてない。喧嘩すらしてない。それが余計ムカつく」


「ひーちゃん、紙パックが悲鳴あげてる」


 私は「ああ、ごめん」と紙パックを離す。紙パックは握りつぶされぺちゃんこになっていた。


「も〜…私が何したって言うのさ…」


 机に突っ伏す。

 私だって人の子だ。あんなにあからさまに避けられると流石に傷つく。

 そのまま机に寝そべっているとちょっと涙が出てきた。


「……」


 花ちゃんと由美が顔を見合わせる。


「ま、まあまあ。そのうちどうにかなるでしょ」


「そんな慰めいらない…」


 ぶすくれる私をよそに「でも」と花ちゃんが続ける。


「課題、どうするの?もう明日提出だけど…」


 私はハッとして顔を上げる。

 そうだ。課題があったんだ。大まかなところはできているけれど、お互いの感想は書いていない。

 でも、山本にとりつく島もない。このままでは本当に提出不可になってしまう。


「もう筆跡を真似するしか…」

 

「まあ、頑張りたまえよ」


 無責任に肩を叩かれ私は項垂れた。


 放課後。私は山本に声をかけようとしたが、山本は知らない女子と一緒にさっさと帰ってしまった。

 一瞥すらしなかった。そのことにショックを受ける。

 仕方なしに私も学校を出る。

 空は灰色の曇天で重くるしい。まるで今の私みたいだ、とため息をつく。

 手には課題提出用の紙が握られている。感想欄はどちらも空白だった。

 家に帰ろうとしたが、足が向かわなかった。

 私はなんとなくふらりと歩き出した。

 電車に乗って市外へ。ふと気づくと公園に来ていた。

 ここは東崎遊園地のすぐそばの公園で、遊園地が見晴らせるようになっている場所だ。

 観覧車が見えるベンチに腰掛けて、深いため息をつく。

 公園の遊具では学校終わりの小学生たちが楽しそうに遊んでいた。

 いいなあ、子供は呑気で。

 そんなことを思いながら膝を抱える。

 遊園地での出来事を思い出すとじわりと涙が浮かんだ。

 なんで私が泣かなきゃいけないんだよこの野郎。

 女たらし。スケコマシ。顔だけ男!

 そんな悪態を心の中で呟く。

 同時に雨がポツポツと降ってきた。

 最初は数滴の雨だったが、やがて本降りになっていく。

 子供達が悲鳴を上げながら公園から逃げていった。

 私はずぶ濡れになりながらも動けなかった。


「ばーか。あほ。プレイボーイめ!ああ、もうなんなの…」


 涙が止まらない。


「山本なんか女の子に刺されちゃえばいいんだ」


「それは勘弁してほしいかな」


 雨の音に紛れて予期せぬ声が降ってきた。私は顔を上げない。


「伊月さん」


「……」


 肩を触られても私は動かない。

 動いてやるものか。同じ気持ちを味わえばいいんだ。


「伊月さん」


 困ったような声がして、私はイヤイヤ顔を上げる。

 そこにはずぶ濡れになった山本が立っていた。

 黒く艶々した髪が雨に濡れて輝いている。

 水も滴るいい男っていうのはこういうやつのことを言うのか。

 グレーの瞳とばちりと目があう。最初に目を逸らしたのは山本の方だった。


「ごめん」


「そのごめんって何にたいしてなの?」


「泣かせた」


「泣いてない」


「泣いてるじゃん」


 山本は隣に座る。


「雨だもん」


「目、赤いよ」


「……」


「家に行ったら帰ってきてないっていうから焦った」


「なんでここだってわかったの」


「言ったじゃん。俺、鼻がきくって」


「意味わかんない」


 私は冷たくあしらう。

 山本はちょっと黙ってから「俺さ…」と話始めた。


「昔から人より力強くて、よく同級生を困らせてたんだよね。野生児っていうの?それに近い感じ」


 私は思わず山本を見る。

 山本が?野生児?

 全く想像できない。


「信じられないって顔してる」


 言い当てられ私は言葉に詰まる。


「まあそんなわけでやりたい放題やってたわけだけど、ある日俺のせいで義姉さんが怪我してさ。俺、初めて自分が人を傷つける凶器になり得るって気づいたんだよね。義姉さんは気にしないって言ってたけど、やっぱ俺怖くて、力を抑えるようになったんだよ。それからはまあ、色んな女の子と付き合ったけど上手く隠せてきたんだ」


「なのに」と山本は続ける。


「この間のことで伊月さんに見られちゃって。俺すごい動揺した。家族や幼馴染以外に見せたことないから」


「それで怖がられる前に遠ざけようとしたわけ?」


「……」


 山本は答えない。

 私は深いため息をついた。


「ねえ、バカじゃない?私だってあんたに色々見られてまずいもん見せちゃったのに。何自分だけ被害妄想してんの?怪力くらいでなに!私なんか念力が使えるんだよ?こっちの方がよっぽど化け物じゃん!ランクで言ったら私はAランクあんたはCランク!お分かり?」


 わけのわからない理論を展開する私に山本は困惑した表情で「えっと…?」と言った。


「とにかく気にしすぎってこと!」


「俺のこと怖くないの?」


「怖がる理由がない」


 私がそうきっぱり言うと山本は「ふはっ」と笑った。

 それからひとしきり爆笑すると涙を拭った。

 いつのまにか雨が止んでいる。山本は立ち上がると手を差し出した。

 

 

「帰ろう。送るよ」


「当然でしょ」


 私は鼻を鳴らすと山本の手を取った。

 遠くの方で夕陽が地平線へと向かっている。

 それから私たちは並んで色々な話をしながら帰宅した。

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