デート
件の日がやってきた。
いつもなら休日をいいことにダラダラとベッドの上で半日を過ごすが、今日はそういうわけにはいかない。
起きて早々リビングに向かう。
二人ともすでに出勤したようで、ダイニングテーブルには幾つかのおかずが並べられていた。
そばにはメモが置かれている。
メモの内容は仕事に行く旨と朝ごはんについて書かれていた。百合ちゃんらしい達筆な字だ。
百合ちゃんは自分が仕事でも毎回律儀に朝ごはんを作ってくれている。
いつもはお昼ご飯も用意してくれているが、今日は友達と遊ぶから昼はいらないと言ったのでおそらく冷蔵庫には何も入ってないだろう。
ダイニングキッチンに向かい炊飯器からご飯を、鍋からは味噌汁をつぐ。
テーブルに並べると健康的な和食の朝ごはんが出来上がった。
一人の家はどことなく寂しいのでテレビをつける。
お笑い芸人の食レポを流し見しながらのんびり朝食を取った。
それから歯磨きをして自室に向かうと、約束の一時間前になっていた。
クローゼットからいくつかの服を取り出してロフトにかけて並べる。
それを一通り眺めて、急にバカバカしくなった。
なぜ自分はこんなに頭を悩ませているのだろう。相手は恋人でもなんでもないのに…。
結局一番右のガーリーな長袖のワンピース着ることにした。
夜は冷えるだろうから念のためカーディガンも忘れないようにする。
そうしているうちに山本から「あと五分で着く」とチャットが飛んできた。
この間一緒に帰った日に、都合が良いからとお互い連絡先を交換していたのだ。
軽くメイクをしているとインターホンが鳴った。
時間通りだ。
階段を降り、玄関を開ける。
「おはよう」
胡散臭い笑顔を貼り付けた山本が手を振った。
白パーカーに黒いデニムジャケット。下はシンプルなジーンズで頭にはバケットハットを深めに被っている。
「何その帽子」
「顔隠し用。似合う?」
悪戯っぽく笑って帽子をいじる山本に「はいはい似合う似合う」と返す。
「伊月さんは今日もかわいいね」
さらりと言われて思わず「げえ」と舌を出す。
言い慣れているようで、照れがない。だから嘘くさく聞こえるのだ。
「それじゃ行こうか」
私たちは家を出ると並んで駅に向かった。
今日も天気は清々しいほどの晴れで心地良い春日和だ。
鳥の囀りが木々の間から聞こえる。
「昨日はよく眠れた?」
山本がそんなことを聞いてきた。
「まあ普通に。なんで?」
「デートだから緊張してくれたかなって」
私はうんざりした顔になる。
「デートじゃないでしょ」
「そう?今からデートにしても良いけど」
「またそういうこと言う!」
私が山本の腕を軽く小突く。
山本は「ははっ」と笑った。
「誰にでもそんなこと言ってんでしょ」
「言ってない…とはいえないかなあ」
「いつか絶対刺されるよ」
「その時は助けてよ」
「や!だ!」
そんな会話を繰り広げながら私たちは電車に乗り込んだ。
目的の場所、スイーツ店“トライフル”は最寄駅から約四駅ほど先の大型ショッピングモールの“らぽーる”に入っている。
私が住んでる街は都会なのでいくつかショッピングモールはあるがその中でも指折りだ。
スーパーに洋服、アクセサリーショップにゲームセンター、ペット用の日用品雑貨、レストランがいくつか入っている。
目的の場所は中庭にあるので待ち合わせもきっとそこだろうと踏んで、私たちは広場で由香里ちゃん達を待つことにした。
広場の中央に置かれた噴水に座る。背後から聞こえる水の音が涼しげだ。
ぼうっと人々を眺める。
休日だからか人は多く、カップルや家族連れが目立つ。
そのおかげか私たちも側から見れば完全な恋人同士に見えた。全く不名誉なことだ。
手持ち無沙汰ながらも待っていると、山本が急に「あ」と声を漏らした。
私も釣られて顔を上げる。
目の前から由香里ちゃんと思しき女の子が歩いてきた。
可愛らしいフリルの淡いピンクのワンピースを着ている。髪は編み込んであり、精一杯おしゃれしているようだ。彼女は私たちに気づくことなく噴水の反対側に回った。
私たちは由香里ちゃんが見える死角まで移動すると注意深く通行人を見た。
キャップ帽の男か…?違う。
あの制服姿の奴?違う。
中年のおじさん…は流石に違う、と。
そんな調子で見ていたら由香里ちゃんがスマホを開いた。
何かを打つような仕草をして急にそわそわと周りを見回す。
おそらく相手から連絡が来たのだろう。
いよいよ来るのか…!と謎の緊張が襲った。
なぜか私がドキドキしてきた。そうして待っていると由香里ちゃんが立ち上がった。誰かに手を振ってはにかむ。
視線の先を辿ると眼鏡をかけた背の高い男の子がいた。
彼の方も軽く手を振って駆け寄ってくる。彼がお相手らしい。
清潔感溢れる服装に身を包んだ彼は、垂れ下がった目尻が優しそうな男の子だ。
私は内心がっくりしていた。だってこういう時って大抵、怖そうなお兄さんやヤンチャな男の子が来ると思っていたから。
「良い子そうじゃん」
小声で話しかけると「男って演技派だから」と返ってきた。
「何それ。自己紹介?」
「事実だよ」
呆れて首を振る山本。そうこうしているうちに二人は話もそこそこに並んで歩きだした。
私たちも後を追う。
二人が来たのはトライフルだった。
昼前だというのに店外には行列ができている。
二人が並んだので私たちは二、三人間に入れてから並んだ。
二人の会話はここからじゃ聞こえない。が、時折楽しそうに笑っているのを見ると由香里ちゃんには好感触らしい。
並んで待っているとメニュー片手に店員さんがやってきた。
「何名さまですか?」
「二人です」
山本が答える。
「コースはお決まりですか?」
「ああ、はい。スタンダードコースで。この券使えますか?」
財布から券を取り出す。店員さんは「確認しますね」と券を受け取った。
「大丈夫ですよ」
「よかった」
山本がはにかむ。
「カップルでのご利用ですか?」
「はい!?」
思わぬ言葉に山本よりも先に反応してしまう。
「いや、ともだ」
「そうです」
私が返事をする前に山本が遮った。
口をパクパクさせる私をよそに店員さんは「かしこまりました。もうすぐご案内できるのでお待ちください」と言って後ろに行ってしまった。
「私たちカップルじゃないでしょ!」
思わず小声で抗議する。
「でもその方が都合がいいでしょ。それともいちいち説明する?“カップルのふりしてるだけです”って」
その言葉に私は「ぐぅ」と黙り込む。
勝ち誇ったような顔の山本がむかつく。いっそ蹴りでも入れてやろうかと思ったがその前に順番が来てしまった。
「お席はこちらになります」
案内された席は由香里ちゃんたちから遠いボックス席だった。
ここからだと由香里ちゃんたちがよく見える。
逆にあちらからは死角になっておりまさに監視にはうってつけだった。
注文式の食べ放題なので席を立つ必要がないのも幸いした。
やってきた店員さんにコーヒーとチョコケーキ、それからフルーツケーキを頼む。
山本はしばし迷った後にガトーショコラ、チーズケーキ、ショートケーキにフルーツタルト加えてコーヒーを頼んでいた。
私はその量に驚く。
「もしかして甘いもの好き?」
山本はなぜか気まずそうに視線を逸らす。
「あー、まあ、好きかな…?」
山本は「でも」と続ける。
「いつもはそんな頼まないよ。今日はたまたま。それに俺、朝から何も食べてないし…」
なぜか言い訳する山本に私はつい笑ってしまった。
「別に責めてないよ。うちの勇にぃ…あーまあ、親戚のおじさんだってよく甘いもの食べてるし」
「幻滅したって思わないの?」
山本は驚いたように聞いてきた。
「なんで?」
私は呆れてしまう。
「幻滅も何もないよ。ただ甘いもの好きってだけの話でしょ。それが男らしくないとか、いつの時代の話だよ、ってね……あっきた」
注文したものが届き私はそれを受け取る。
艶々したチョコレートケーキに、フルーツたっぷりの生クリームケーキ。
お腹がきゅう、と締まった。
山本の方も届いたようで大量のケーキがテーブルに並べられた。
その量に私はやっぱり笑ってしまった。
「いただきまーす」
お互い手を合わせてケーキを頬張る。
濃厚な甘さが口の中に広がって思わず唸ってしまう。
やっぱり甘いものは最高!
ケーキを楽しみつつ、もちろん由香里ちゃんの監視も忘れない。
が、特に波乱があるわけでもなく二人とも穏やかな時間を過ごしている。
「やっぱさ、ちょっと心配しすぎだったんじゃない?」
フルーツケーキをフォークで切る。
「……。まあ、確かに俺の考えすぎだったかも」
「自分がそういう風だからそう思うんじゃない?」
「“そういう風”って?」
私はケーキからこぼれたフルーツをつつく。
「だからさあ、なんか演技?してるから。男はみんなそうだーって思っちゃうんじゃない?」
「俺、演技してる?」
「逆にそれが素なわけ?」
「……」
山本は黙り込んでしまった。
私はコーヒーを啜る。
「ま、別に良いけどさ。本当にそのうち刺されちゃうよ」
山本は何かを考えるように黙り込んでしまった。
言いすぎたかな、と思いつつ由香里ちゃんの方を見る。
二人とも会話が弾んでいるのか楽しそうだ。
しばらくすると二人は店を出た。
私たちも後を追いかける。
二人は電車に乗り込んだ。どうやら市を出るらしい。
「さっきの話だけど」
不意に山本が話を切り出した。
「どうして俺が演技してるって思うの?」
「はあ?」
私は怪訝な顔をする。
なんなんだ急に。
「だって笑ってる顔が胡散臭いんだもん。なーんか笑顔を貼り付けたみたいな。壁作ってるみたいな」
「俺、フレンドリーだけど?」
「そうじゃなくて…。なんていうのかな、素の自分を隠して偽ってる感じ。それが壁に見える」
「……」
それ以上山本は何も言わなかった。
二人を追ってたどり着いたのはなんと遊園地だった。
ポップうさぎの看板には「東崎遊園地」と書かれている。軽快な音楽がスピーカーから流れている。
なんの因果かここは山本がフィールドワークに選んだ場所だ。
私はギロリと山本を睨んだ。
「まさかこれも仕組んだの?」
「いやこれに関しては無実だよ」
困り顔で両手を挙げる。
まあ確かにそんな嘘ついてもしょうがない気はする。
「手間が省けたね?」
ニコニコと顔を覗き込まれ私は深いため息をついた。
仕方がないのでチケットを二枚買う。
流石の休日ということで小さな子供を連れた家族連れが多かった。
私たちは人混みの中をすり抜け由香里ちゃんたちを見失わないように後を追った。
由香里ちゃんたちが最初に向かったのはジェットコースターだった。しかもそれは県内屈指の絶叫マシン。
私は列に並ぶ前に立ち止まった。山本の袖を引っ張る。
「わ、わざわざ乗らなくても良いんじゃない?バレるリスクが高いし」
言い訳じみた主張をする私に山本は首を振った。
「でもフィールドワークの調査もあるし、乗らないことにはなにもわからないよね?」
「そりゃそうだけど…」
そうこうしている間に由香里ちゃんたちはどんどん進んでいく。
「ほら、行くよ」
山本が私の手を取って列に並ぶ。
「ね、ねえ本当に乗るの?本当の本当に?」
なんとか回避できないかと挙動不審になるが、山本はがっしりと私の手を掴んで離さなかった。
「もしかして仕返しのつもり?私が演技してるとか言ったから…」
「まさか。でもまあ、ちょっとは根に持ってるかもね?」
ニヤリと笑われ、私はいよいよ青ざめる。
あっという間に順番が来てしまった。
由香里ちゃんたちは前列に、私たちは一番後ろの席に通される。
安全バーが降りるとスタッフさんが最終確認をする。
その間も私の心臓は狂ったように動いていた。
祈りも空しく無慈悲にコースターが動き出た。
ゆっくりレールを登っていく。どんどん地上を離れて空に近づく。その高さに私は目が眩みそうになる。
横を見ると山本が楽しそうに笑っていた。見たことがないほど顔が輝いている。
絶対こいつ楽しんでる…!
私は文句の一つも言いたかったが、そんな余裕はなかった。
いよいよ頂上まで登り、コースターが止まった。
「ねえ、怒ってんの!?謝るからあああああああ!」
コースターが急速に降って私は絶叫した。
スピードを増したコースターはそのままカーブに突入し、一回転する。
逆さまになった私は「ぎゃあああああああ」と叫ぶ。
胃からケーキが飛び出そうだった。
「あっははははは!伊月さんすごい顔してる」
ジェットコースターを降りてベンチに座ると、開口一番山本が笑い転げた。
私は項垂れて「うるさい…」と言うのが精一杯だった。
山本はよほど面白かったのか大口を開けて笑っている。
そういえばいつも口元を隠して笑っていたので、こうやって笑うのは初めて見た気がする。
私の視線に気づいて山本は、はっとした。
「そんな風に笑うんだ」
私がそう言うと山本は慌てて口元に手を当てた。
バツが悪そうに「あー…」と視線を逸らす。
「あんまり口開けないようにしてるんだ」
「なんで?」
「……」
山本はちょっと逡巡したが「ほら」と口を開く。
のぞいた白い歯は普通の人よりギザギザとしていた。特に犬歯が尖っていた。
「鋭いでしょ。俺の歯。女の子が怖がるからあんまり口開けて笑わないようにしてるんだ」
「ふうん。まあ確かに尖ってるけど、別に怖がるほどじゃないよ。むしろそうやって笑えるのに勿体ないよ」
「そっちの方が好き」と言ってしまい、私は慌てて否定する。
「いや!好きって言ってもそういう好きじゃないから!ただそっちの方がいいのにって!いや同じ意味かこれ!?」
慌てる私に山本は呆気に取られていたが、急に吹き出した。
「あはは。ありがとう」
「……」
むくれる私をよそに「じゃ、行こうか」と手を差し出す。
首を傾げる私に山本はお化け屋敷を指した。
「えっ」
ちょうど由香里ちゃんたちが入っていくところが見える。
「まさか入るって言わないよね」
「……」
問答無用で私の手をぐいぐい引っ張る山本に「ねえやっぱ怒ってんでしょ!?」と叫ぶ。
「まさか」
そう言って笑う山本は上機嫌だ。絶対この状況を楽しんでいる。
私はだんだんと近づく恐ろしい看板を眺めながら、自分の死を覚悟した。
お化け屋敷から転がり出ると山本は目元の涙を拭った。別にこれはお化けが怖くて泣いていたのではなく、むしろお化けに怯える私を面白がって流した笑い涙だ。
もしかしてこいつドSなのでは?という考えが浮かぶ。
こんな男にうつつを抜かす女子の気持ちがわからない。
みんな騙されている。こんなに性格が悪いのに!
そうして肩で息をしていると不意に影が落ちた。
「なんでここにいるの?」
顔を上げると腕を組んだ由香里ちゃんと、困った顔をするメガネ君が並んでいた。
「あっ…」
バレてしまった。
由香里ちゃんは目を吊り上げて怒っている。
当然だ。
「ずっとつけて来たわけ?」
由香里ちゃんは山本に詰め寄る。
「心配くらいするだろ」
山本は鋭い目をした。
由香里ちゃんは怯むことなく食い下がる。
「される筋合いない!私のお兄ちゃんじゃないくせに保護者面しないでよ!」
ヒステリックに叫ぶ由香里ちゃんにメガネ君が「ま、まあまあ…」と間に入る。
「私のことなんか放っておいてよ!」
「そういうわけにはいかない。義姉さんが知ったら…」
その言葉に由香里ちゃんがキッと山本を睨む。
「いっつもそう…お姉ちゃんのことばっかり!私のためじゃないくせに…!」
由香里ちゃんの目に涙が滲む。
「れーくんなんか大っ嫌い!」
涙が落ちる寸前、由香里ちゃんはそう叫んで走って行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
反射的に私は後を追いかける。走り出してから、なんで私が追いかけなきゃいけないのかと思ったが、それでもこのままでは良くない気がした。
由香里ちゃんは観覧車近くのベンチで泣いていた。
私は恐る恐る隣に座る。
何か言うべきか迷ったが、何も思いつかない。
仕方がないのでハンカチを差し出す。
由香里ちゃんはちょっと警戒したようにそれを受け取った。
「まあ、なんて言うか山本も悪気はなかったんだと思うよ。本当にただ心配で…」
「……わかってます」
由香里ちゃん鼻を啜る。
「お姉さんは、れーくんの彼女ですか?」
「えっ私!?違うよ!」
顔の前でぶんぶんと手を振る。
「そうなんですか…ちょっと意外。れーくんが家族以外の前であんな風に笑うの初めて見たから…」
「いつも胡散臭いもんね」
私の言葉に「ふふ」と由香里ちゃんは笑う。
「私の話どこまで聞いたんですか?」
「えっと、幼馴染だったけどお姉さんの結婚で妹になるってことだけ」
「そこまで話したんですか」
由香里ちゃんはちょっと驚いた。
「あの…私の話も聞いてくれませんか?」
「えっいいけど…」
突然の提案に私は驚きつつも頷く。
「じゃあ観覧車乗りましょう。そっちの方が静かだし」
私たちは立ち上がると観覧車に向かった。
色とりどりのゴンドラがゆっくりと回っている。
遊園地の目玉であるはずの観覧車は意外と空いていた。
すぐ順番がやって来て私たちはゴンドラに乗り込む。
スタッフさんが扉を閉めると、外の喧騒が嘘みたいに一気に静まり返った。
建物がぐんぐんと小さくなっていく。
オレンジ色の空が近くなって、夕暮れ太陽が輝いている。
由香里ちゃんが話し始めたのは観覧車が頂上付近に近づいた頃だった。
「私とお姉ちゃんはれーくんと、たっちゃん…れーくんのお兄さんと小さい頃からの幼馴染なんです。よく四人で遊んでて、私は昔かられーくんが好きだったんです」
衝撃の事実に私は驚く。
「でもれーくんは私のお姉ちゃんが好きで、お姉ちゃんはたっちゃんが好きだったんです。たっちゃんとお姉ちゃんは昔から好きあってて、ついに結婚まで決まって。……れーくんが私を心配するのも、お姉ちゃんが悲しまないようにするため。全然、私のためじゃなくて…」
そこで由香里ちゃんはまた涙目になって
「二人の結婚が決まった中学二年頃から、れーくんはいろんな女の子と付き合うようになったんです。髪型も喋り方も変えて、まるで別人みたいになって…」
ああ。なるほど。いつか由美が言っていた話はこういう事情が裏にあったわけか。
「それでも私、れーくんが好きで…。れーくんに“お姉ちゃんだと思って付き合ってほしい”って頼んだこともあるんです。だけど“お前は妹としか見られない”って断られて…」
由香里ちゃんは自嘲した。
「バカですよね…私、今回会う人がどんな人でも良かったんです。れーくんを忘れられるなら誰でも、どうなってもよかった。なのに…。私心配されて嬉しかったんです」
「おかしいですよね」と涙を拭う由香里ちゃんに私は「そんなことないよ」と言う。
「私は…そんな恋したことないけれど、やっぱり由香里ちゃんの気持ちはわかる。女の子だもん。好きな人に心配されて嬉しくないわけないよ。でもやっぱり知らない人と会うのは危険だよ。今回だってお姉さんのこともそうだけど、何より由香里ちゃんが心配でついて来たんだよ。どうでもよかったら放っておくもの。それに、ほら」
私は自分のスマホを見せる。そこには山本から「由香里、どう?」という心配するような文面で、メールが数通来ていた。
由香里ちゃんはそれを見ると項垂れて「私ひどいこと言っちゃった」と落ち込んだ。
私はその肩を抱く。
「山本なら許してくれるよ。とりあえず一回落ち着いて話そう?」
由香里ちゃんはこくこくと頷く。
同時に観覧車が回り終わってドアが開いた。
足元に気をつけながら降りると山本とメガネ君が待っていた。
「由香里」
「れーくん、私…」
「ごめん」
山本が頭を下げたので私たちは驚いた。
「俺、由香里に対して過保護になってた。でも義姉さんは関係なしに心配だから、やっぱりこういうことは控えて欲しい」
由香里ちゃんはちょっと迷って私を見たが、私が背中を押すと頷いた。
「私も……ごめんなさい。心配してくれたのに、あんなひどいこと言って…」
「良いよ別に。でも泣かせたのはごめん」
山本が由香里ちゃんの涙を優しく拭う。
一件落着、ということでいいのだろうか。
「丸く治った感じですかね…?」
メガネ君が不意に話しかけて来たので私は「貴方も貴方で中学生と無闇に会わないでください」とピシャリと言う。
メガネ君は一瞬鋭いような目つきをした。けれどすぐに眉をへの字にして「すみません…」と頭を下げた。
由香里ちゃんは山本と帰ることになった。
山本は私が一人になるのをしきりに心配していたが、私は「別に平気」と答えた。
メガネ君が「送りましょうか?」と提案して来たが、それも断った。だいたい知らない人だし。
せっかく遊園地に来たのだから遊ぼうとも思ったが、閉園時間が迫っていることもあって断念した。
こうして波乱の一日は山本兄妹の和解という形で幕を閉じた。
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