修羅場?
夕暮れの太陽が傾きかける中、学校は放課後を迎えた。
先生の「じゃ、気をつけて帰れよー」というやる気のない言葉を合図に教室内はたちまち賑やかになった。
「ねえ課題のことなんだけど…」
「この後どっか遊びに…」
あちこちからそんな話が聞こえてきた。
花ちゃん達も早速フィールドワークに出かけるようで挨拶もそこそこに二人で帰ってしまった。
私も帰りたがったか、山本と課題について話さなければならないし、そもそも授業を聞いていたかすら怪しいので場合によっては課題のことを教えなければならなかった。
そういうわけで私は山本と話す必要があったのだが、山本は女子に囲まれる前にさっさと教室から出て行ってしまった。
どうせ女子たちときゃっきゃうふふするだろうと踏んでのんびりと帰り支度をしていた私は完全に虚をつかれ慌てた。
教科書を鞄に無造作に詰め込んで、山本目当てでやってきた他クラスの女子達の群れを掻い潜ってやっと教室から解放された時にはもうすでに山本の姿はどこにも無かった。
「め、めんどくせ〜!」
思わず心の声が出る。
わずかな望みをかけて玄関まで走ることにした。
廊下は生徒で溢れかえっていて私は度々ぶつかりそうになった。
途中「にゃんだぁ!?」と聞き覚えのある声がしたが、振り返らなかった。
「廊下を走るな新入生!」
「すみませーん!」
「謝るくらいなら足を止めんか!」
先生とそんなやりとりをしつつ玄関に辿りついた。
息も絶え絶えに山本の靴箱を覗く。が、もうすでに帰ってしまったようだった。
何のために怒られてまで走ったんだ。
深いため息が出る。
仕方がないので私も学校を出る。途端に肌寒さを感じた。昼間は暖かったが、やはり夕方には気温が下がるらしい。マフラーをしている生徒もちらほら見えた。
雲ひとつない青空と夕暮れのグラデーションが空を彩って橙色の太陽が地平線へと向かおうとしていた。
私は低木が植えられた花壇を迂回して校門へと向かう。
ポツポツと歩きながら、さてどうしたものかと思案していると、ふとすれ違った女子たちの声が耳に入った。
「ねえ、さっきの男の子かっこよかったよね」
「女の子といた子でしょ?」
その言葉にもしかして…と足が止まる。
「そうそう、背が高くてピアスしてた子!」
「でも見たことない子だったよ。新入生かな?」
絶対山本だ…!
私は慌てて振り返った。
「あの!すみません…」
小走りで駆け寄って声をかける。
「その男子生徒ってどこにいました?」
「えっ…確か校門を出て右の方に歩いて行ったけど…」
怪訝な顔をした女生徒が指で方向を示す。
「ありがとうございます!」
私は二人に頭を下げると、踵を返して走り出した。
まだ追いつけるかもしれない。そんな期待で足を動かす。
言われた通り校門を出て右に向かった。しばらく柵沿いに走ったがそれらしき人物は見当たらない。
また空振りか、と項垂れた。
もう今日中は無理だな、と踵を返そうとした時、角の方から女の子の声がした。
「なんでそんなこと言うの!?」
鋭い声に私の足が止まる。恐る恐る覗き込むと背の高い見覚えのある背中が見えた。
山本だ。
どうやら誰かと話しているらしいが、山本の背中ですっかり隠れてしまっている。ただ声色からして女の子らしかった。
「…いっつも自分勝手…!そうやって……私の気持ちなんか!…いっそ……に!」
遠いせいでよく聞こえないが微かに聞こえる女の子の声は震えていた。
山本は何も言わず黙り込んでいる。
もしかして、痴話喧嘩?
とんでもない場面に遭遇してしまったのではないだろうかと、困惑する。
聞かなかったふりをして離れるべきか悩んで棒立ちになっているうちに、女の子の「もう放っておいてよ!」という一際鋭い声が飛んできた。
それから何かを叩く音。
覗いてみると女の子が山本の横をすり抜け私の方へ走ってくるところだった。
慌てて隠れる場所を探す。が、何もない。
せめて壁と同化しようと柵に背中をピッタリくつっけて蟹のようになった。
走ってきた女の子は知らない制服を着ていた。
彼女は俯いていた。そのため見咎められることはなかった。
しかしすれ違いざま、目に涙が浮かんでいたのを私は見逃さなかった。
その苦しそうな切ない表情に私は驚いて息を呑む。
「何してんの?」
そうして固まっていると上の方から予期せぬ声が降ってきた。思わず肩が跳ねる。
見上げると山本が呆れたような顔をして立っていた。
片方の頬が赤くなっている。さっきの音といい、どうやら引っ叩かれたらしい。
「いや…べつに…私は…その、聞くつもりなんて」
上手い言い訳が見つからず私はしどろもどろになる。
これじゃ覗き見してました、と白状しているようなもんだ。
私の言い分に山本は冷たく「ふうん。聞いてたんだ」とだけ返す。
空気が二度ほど下がった気がする。冷や汗が浮かんだ。
「ま、いいや」
青くなる私をよそに山本は鞄を担ぎ直す。
そうして横をすり抜けて通り過ぎるかと思えば私の鞄を取り上げた。
「えっ」
「ちょっと付き合ってよ」
予期せぬ言葉に思考が追いつかない。
山本は口の端を上げる。
「伊月さんは、優しいもんね?」
脅迫めいた言葉。そして鞄を人質に取られた事実に、私はただただ無言で頷くしかなった。
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