派閥
教室に戻ってくるともうすでに掃除は終わりかけていた。
山本は机を動かしていたが、持ち上げるたびに「私が手伝ってあげる!」と毎度女子たちが入れ違いにやってくる。
いや女子一人でも運べるんだから、男一人なんて絶対運べるだろ。と内心つっこむ私をよそに山本は「ありがとう」と女子たちに笑いかけた。
黒板の前では笹山と伊勢崎が箒でチャンバラを始めていた。中学生意識がどうやら抜けないらしい。いや、小学生か?
笹山のバディである委員長の飯塚さんが目を釣り上げて二人を叱咤していた。
委員長も大変だなあ、とぷりぷり怒る彼女を横目にゴミ箱を置くと花ちゃんが由美と一緒にやってきた。
「遅かったね?もしかして校内で迷子になった?」
「ううん。それは全然大丈夫だったんだけど…」
私は先ほどの珍妙な出来事を思い出して黙り込む。
「どうしたの?」と花ちゃんが顔を覗き込んだ。
「いや…なんか変な集団に絡まれて…」
「変な集団?」
「青春派とか…明星?派とか…ああほら、これ名刺」
ブレザーのポケットに捩じ込んでいた名刺を見せる。
「“キツネジマ、ユウタロウ”?セイシュンハ…ダイヒョウ…」
まるで知らない言語に遭遇した異国人のように花ちゃんは名刺をカタコトで読み上げる。
対する由美はじーっと名刺を見つめたかと思うと顎に手を当て「うぅん?」と首を傾げた。
「どうしたの」
「なんか聞き覚えある…どこだったかな…」
唸りながらますます首を捻る由美に「そのうち首が取れるよ」と忠告する。
「青春派ってなあに?」
「さあ…なんか非公認の部活動らしい」
「そんなのがあるの?」
「わかんないけど、本人がそう言ってたよ」
「ああっ!」
急に由美が大きな声を出したので私たちは驚いた。
「急に大声出さないでよ!」
「心臓飛び出ちゃったかと思った…」
抗議する私たちをよそに由美は名刺を持っている私の手を掴んだ。
「思い出した!ここに通ってる中学からの先輩が教えてくれたんだ。青春派と明星派っていう派閥争いの話…」
「派閥争い?」
不穏な単語に私と花ちゃんは顔を見合わせる。
「そう。この学校は三つの派閥に分かれているんだってさ。穏健な活動が中心の青春派。過激な破壊活動が多い明星派。それから私たちみたいな無所属。ねえ名刺をくれた男って狐みたいな糸目じゃなかった?」
「ああ、うん。まさに糸目だった。山本より胡散臭かったから覚えてる」
「やっぱりね。それは青春派のリーダーの狐島悠太郎っていう三年生の男子生徒だね。滅多に表に出ないらしいよ。ラッキーじゃん」
ラッキーな訳あるか。危うく殺されかけたっていうのに。
納得のいかない顔をする私をよそに由美は続けた。
「対する明星派のリーダーは黒月っていう女番長らしい」
怖いらしいよ、と人差し指を頭に当て鬼の真似をする。
「もっと怖いよ」と、言いそうになってやめた。
思い出すのもちょっと嫌だ。
「なんでも一年の頃はお互いバディで学校改革に熱を入れて切磋琢磨してたんだってさ。良きライバルってやつ?だけどだんだんとやり方の違いが目立ってきて、結局は過激な方法を好んだ黒月が何人かの仲間を率いて狐島と決別。んで派閥が発生したって話」
「へえ」と私たちは感心する。
もしそれが本当なら先ほどのやり取りから見て、よほどの喧嘩別れをしたらしい。
「東と西でそれぞれ活動していて、街のちょうど中心にある旧校舎がボーダーラインなんだって。最近は旧校舎の所有権争いでぴりぴりしてるって聞いた」
花ちゃんは納得したように頷く。
「だからホームルームで旧校舎には危ないから近づくなって言われたんだね。危ないっていうのは老朽化のことじゃなくて派閥争いの…」
「きっとね。それにほら、覚えてる?入学式の日ちょっとした騒ぎがあって式が一時中断した…」
花ちゃんがすかさず反応する。
「私それ覚えてる。なんだか先生たちが慌ただしくなって何人か体育館から出て行っちゃったよね?」
「えっ、そんなことあったの?」
初めて聞く話に私は驚く。
花ちゃんは「もうっ」と私の肩を叩いた。
「ひーちゃん式の半分寝てたでしょう?」
私は目を逸らす。
「……ど、どうだったかなァ…?」
確かにPTAからの祝辞以降の記憶はない。幽体離脱じゃなければ多分寝ていた。
「あはは。まあわかるよ。校長の長い話なんてやっぱ面白くないしね。でもまあ、とにかくその裏では明星派と青春派の乱闘騒ぎがあったって噂…」
「もしかしてうちの学校って治安悪い?」
入る高校を間違えたかもしれない。と、私は項垂れた。
由美が背中をバシバシと叩く。
「まあそう気落ちしないでさ!今日は運が悪かっただけだよ。何もなきゃそうそう関わることはない人たちだし」
「うん…」
そうだといいんだけど。というかそうでなくては困る。
せっかく手に入る平穏な日々をこれ以上掻き乱されるのは真っ平ごめんだ。
それから私たちは掃除の時間が終わるまで他愛のないお喋りに花を咲かせた。
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