噂の彼

 昼休み。入学早々の授業は各先生の自己紹介で終わり、春の陽気も相まって私たちはゆるい時間を過ごした。私も窓から見える桜を眺めてみたり、自習という名の自由時間には花ちゃんとおしゃべりを楽しんだりした。

 山本には休み時間の度に女子が群がっており私は肩身の狭い思いをしなければならなかった。

 冗談めかして「私も遅刻すればよかった〜!」と声を上げる女の子に「どうぞどうぞ」言うのを何とかこらえた。

 バディ制度は不正がないようランダム性が大事なので本人の意思で交換することは不可能だ。それがバレたら内申点を下げられてしまう。

 なので私は仕方なしにこの状況を受け入れざるおえないのだ。

 

「花ちゃんとバディが良かった〜」

 

 お弁当を食べるために机を突き合わせて開口一番そう嘆く私に花ちゃんは「ふふっ」と優しく笑った。

 昼休みは自由時間なのでバディと食べるのは強制じゃない。もちろん仲良くなりたい人たちはバディで食べることも多い。私は例に漏れず仲の良かった花ちゃんと食べることになった。それともう一人、花ちゃんのバディの篠崎さん。篠崎さんはキリリとしたスポーツ女子、という感じで艶やかな黒髪を一本にまとめていた。彼女はお弁当バッグを掲げると「あたしも一緒にいい?」と聞いてきた。

 断る理由もなかったのでもちろん二つ返事でオーケーした。

 

「二人は同じ中学だったの?」


 篠崎さんはお弁当を広げると私に問いかけた。


「うん。私たちは坂上中学校だったんだ。いわゆる坂中って言われてて…」


「知ってるよ。すごい丘の上にある中学校だよね。あっ、あたし元バスケ部でさ。坂中とも当たったことあるんだ」


「そうなんだ?バスケ部かー。スポーツ女子って感じだもんね!運動神経抜群、みたいな!」


 私がそう言うと篠崎さんは照れたようにはにかんだ。


「ありがとう。バスケやってた頃は山本ほどじゃないけど女子にもモテたんだよ」


 そう言い、篠崎さんはちらりと後ろを見る。

 そこには女子に囲まれている山本がニコニコとしていた。


「山本くんと同じ中学だったの?」


 花ちゃんがトマトジュースのパックにストローを刺す。


「実は…そうなんだ。あいつさ、まあ一年の頃からモテてたけど中学二年くらいから告白されても断らなくなって、時折二股かけてたり絶えず彼女がいたり、女の子同士が喧嘩になったりって…まあすごかったんだよね」


「うわぁ…」


 聞けば聞くほどとんでもない男だ。花ちゃんも珍しくなんとも言えない顔をしている。

 

「つまり修羅場マンってことか」


 私がそう納得すると篠崎さんは吹き出した。


「修羅場マン…まあそうだね。だからさ」


 そこで篠崎さんはちょっと声を落として

 

 「伊月さん気をつけたほうがいいよ。あいつ顔は良いけど中身がさ。悪いやつじゃないんだけど…生粋の女たらしだから。その気が無くてもまた女子同士の喧嘩に巻き込まれるかもしれないし…」


 私はちらりと山本を見る。女子の合間から目が合ったよな気がして慌てて逸らした。


「私は別に…バディになったのだって不本意だし。篠崎さんは好きじゃなかったの?山本のこと」


 当然の疑問を口にする。だってあの美形に口説かれたらちょっとくらっときてもおかしくはない。まあ、私は花ちゃんとバディが良かったんですけど!

 

「あたし?」


 篠崎さんは虚をつかれたように自分を指さした。それから「ぷっ」と吹き出す。

 

「ないない!あたしが好きなのはバスケ!それにああいうのタイプじゃないんだ。なんかスカしてるっていうの?嫌いなわけじゃないけどさ」


「じゃあどういうのがタイプなの?」


 篠崎さんはちょっと赤くなって


 「まあ、あたしは可愛い後輩系が好きかな。ほら、アイドルでいるじゃん。シックスアビスの…」


 そこでピンときた私は思わず身を乗り出す。


「もしかしてKai!?」


「えっすごい。なんでわかったの?」


「ひーちゃんはシックスアビスのファンなんだよ。特にKaiの。ね?」


 花ちゃんにバラされ私は顔が赤くなる。


「ファンっていうか…曲が好きっていうか…」


 もごもごと反論する私に「でも天井にポスターKaiの貼ってるじゃない」と言われ言葉に詰まる。


「へえファンなんだ!曲良いよね、あたしもよくテンション上げたい時に聴いてるよ」


 篠崎さんのありがたいフォローに感涙しつつ、思わぬ共通点に下がっていたテンションが上がる。


「ま、そういうわけで山本は全然タイプじゃないわけ。わかるでしょ?」


 確かにKaiと山本は可愛いワンコ系と色気のあるセクシー担当では路線はまるっきり違う。どっちかというとReiの方がタイプは近い。

 

「そういう二人はどうなの」


「何が?」


「山本だよ!一応ウチの中学で一番のモテ男とバディになったご感想は?」


「いやあ、ないない。私だってKaiみたいなのが好きだもん」


「ふうん。じゃあ花森さんは?」

 

 花ちゃんはストローから口を離すと眉尻を下げて珍しく困った顔をした。


「うーん…私はなんか…ちょっと苦手かも」


「えっ意外」


 私は卵焼きをつつきながら驚いた。

 花ちゃんは男女問わず誰とでも仲良くなれるタイプだ。

 人嫌いということはまずない。中学の頃も先輩後輩、先生問わず誰とでも仲良くなっていた。

 そんな花ちゃんが「苦手」というのはなんだか知らない一面を見たようで酷く驚いた。

 そんな私に花ちゃんは慌てて手を振った。


「違うよ!嫌いとかじゃ無くて…なんだか苦手だなあっていうだけ…ほんとに嫌いとかじゃないの」


「わかってるよ。まあ花ちゃんだって人だもん。ちょっと驚いたけれど、そういうこともあるよね」


 私はブロッコリーを口に放り込む。


「この話題変えようか」


 篠崎さんは苦笑した。


 「高校生になってお弁当制になったけどズバリ!今日のお弁当は誰が作ったんですか?」


 篠崎さんはまるでインタビュアーのような仕草でずずいと迫った。


「これ?これは百合ちゃんが作ってくれて…」


「百合ちゃん?」


「お父さんの妹…つまり私の叔母さん」


「へぇ!料理上手なんだね!色とりどりですごい美味しそう!」


 お世辞でもなく素直に声を上げる篠崎さんになぜだか私が嬉しくなってしまった。顔がほんのり赤くなる。

 確かにお弁当は色彩と栄養のバランスが考えられた品が多く詰まっていた。デザートにりんごまでついて。

 仕事で忙しいはずなのに今日だって朝ごはん作ってくれてお弁当まで用意してくれた。その事実に胸が暖かくなる。

 花ちゃんも「百合さん相変わらず料理上手だね!」と褒めてくれた。

 私は恥ずかしくなってわざとらしく話題を振る。

 

「そういう篠崎さんは?篠崎さんのお弁当だって美味しそうだけど」

 

 篠崎さんのお弁当の中は唐揚げやハンバーグ、卵焼きやタコさんソーセージなどボリューミーな品で埋められていてなかなか美味しそうだ。


「あーこれはうちの母親。初日だからって張り切っちゃって…」


 照れたように頭をかく篠崎さんに微笑ましい気持ちになる。


「じゃあ花ちゃんは…」


「えっと私は手作りなの」


「手作り!?」


 私と篠崎さんの声がハモる。


「花ちゃん料理できたの!?」


「人並みよ!人並み…それに卵焼きなんてちょっと失敗しちゃったし…」


 そういいモジモジとお弁当を隠すように蓋をしようとする。しかしすかさずその手を掴んだ。


「なんで隠すの!すっごい美味しそうじゃん」

 

「そうだよ!いいなあ、あたし料理苦手だからこんなお弁当なんか作れないよ」


「私も…料理は得意じゃないから。花ちゃんすごい!」


「やだもう…二人して…」


 花ちゃんの顔が真っ赤になり、それを誤魔化すようにトマトジュースを飲みだす。

 そうして三人で楽しく昼食をとっていると不意に二人の視線が私へと向いた。

 いや厳密に言えば私の頭上に、だ。


「えっ何二人して…」


 不穏気配に私はたじろく。

 

「あーっと…」


 言いにくそうな篠崎さんの様子に私は小声で祈るように呟く。


「お願い山本はいないって言って」


「いるよ」


 頭上から吐息が混ざったような甘ったるい声が聞こえた。

 そのまま横から長い手が伸びてきた。

 細い指が私のお弁当箱の卵焼きの一つを摘み上げる。

 私が「あっ」と声を上げないうちに山本は口の中に卵焼きを放り込んだ。

 突然の出来事に何も言えずにいる私たちをよそに山本は指を舐めると「ごちそーさま」と笑った。

 女子たちから小さい悲鳴が上がる。

 呆気に取られる私をよそに山本はさっさと教室から出て行ってしまった。

 私は我に返ると握っている箸を折らんばかりの怒りで震えた。

 だって、だってその卵焼きは…


「好きだから最後に取っておいたのにー!」


 私の叫び声に花ちゃんと篠崎さんがびくりと肩を振るわす。


「アイツ、ゼッタイ、ユルサナイ」


 今からでも箸で刺し殺そうかと立ちあがろうとする私に「どうどう」と花ちゃんが諌める。


「やったなアイツ。人の好物を取るなんて…」


 篠崎さんが神妙な面持ちで言う。


「食べ物の恨みは怖いからね。今から仕返し考えよう!私も手伝うから!」


「篠崎さん…!ありがとう…!」

 

「何言っての私たちもう友達でしょ…由美でいいよ」


「私もひまりって呼んで!」


 がしり、と熱い抱擁を交わす。

 思わぬ結託に花ちゃんだけが「え、ええ〜?」と困惑した顔でオロオロしていた。

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