③
◇◇◇
「それでは、参ります!」
セツカが両掌を前に突き出す。
みるみる内に彼女から放たれた青白い光――氷女の力が発動する。光は少女の全身を、続けて足元から広場へとドーム状に広がっていった。
「俺に何かできることはある?」
「では、細かいご指示と…………あ、あの、応援をご所望しても良いですか?」
「応援?」
「そうして貰えると、えと、やる気と元気が出るので!」
そんなのでいいのだろうか。
だがセツカが望むなら、幾らでもやってやる。
「頑張れセツカ」
「ありがとうございます!」
「がんばれがんばれセツカ」
「がんばります、これでもう元気百倍です!!」
本当に効果があったのかは分からないが、少なくとも青白い光の輝きが増したのは事実だ。合間合間に応援を挟みつつ、俺はセツカに指示をしていく。
「時間がかからなそうな物からやっていこう。小さい雪像から順番に直して貰えるかい?」
「お任せください!」
セツカが手をかざすと、青白い光の波が雪像へと向かってゆく。
すると崩れた雪像のひとつが、まるで映像の逆再生でもするかのようにゆっくりと元の姿へと戻って行ったではないか。
雪が積もっていれば誰もが作りたくなるような雪だるまの雪像。バケツの帽子と野菜で出来た顔、枝や手袋で作られた手が直っていく。おそらく時間にすれば十秒も経っていない。
氷女の力を知っている俺であっても、その光景は不思議な魔法のようで、雪ダルマがひとりでに直っていくようにしか見えなかった。
キラキラした雪と氷の粒子が、あるべき姿へと自分から戻っていく。
「……すごい」
「まだまだ、こんなものじゃありませんよ♪ えーい!」
続けてセツカが手を振ると、砕けたサンタクロースとトナカイを象った中くらいサイズの雪像パーツが浮かび上がり、くっつき、大雑把な原型を取り戻していく。
「零斗様、あの雪像の写真を見せて頂けますか?」
「コレだね」
力の行使に集中しているセツカの前に、資料用に撮っていたサンタクロースとトナカイの完成した雪像写真を見せる。
「ふむむ、なるほどなるほど。こんな感じですかね」
よっ、と力をこめたらしいセツカの掛け声と同時に、強めの光が二体の雪像を包んでいく。その光が晴れた頃には、雪像はすっかり写真と同じような姿に――。
「……ちょっとだけ違うかな?」
「サービスです♪」
そうセツカは言ったが、ほんのりではあるものの造形が違う。
サンタクロースの豊かな御髭がカイゼル髭になっていたり、トナカイの真っ赤なお鼻が……なんというかデカイ。顔の半分くらいある。
「サービスなの?」
「ごめんなさい、見栄を張りました! セツカはまだ未熟者なので、細かいところまでは完全に反映できなかったんです! ああ、そんな白けた目で見ないでくださいませぇ!!」
「見てない見てない。むしろこう、味があっていいと思うよ。とにかく優先すべきは崩れた雪像を元に戻すことだし、細かい点は後でどうにかしよう」
「役立たずですみません……」
しおしおと小さくなっていくセツカだったが、そんな風に感じる必要はどこにもない。
「役立たずなんてとんでもない。すごい助かってるし、大いに役立ってるよ」
「ほ、本当ですかァ」
パァァァとわかりやすいぐらいに顔を明るくするセツカに大きく頷いて応える。ココで嘘なんてつくはずがない。すべては本当なのだから。
「私、もっと頑張ります!」
「うん、でも無理はしちゃダメだよ。疲れたら休んでいいからね」
「こんなの平気へっちゃらです。ここらでたっぷり恩返しさせていただきますとも!」
そんな感じで。
テンション高めなセツカは次々に崩れた雪像を修復していった。雪花祭りの開催にも間に合いそうなペースだ。
今更ではあるが懸念材料はあった。
この現場を人に見られる心配だ。でも今のところ誰かが来る事もない。
メイン会場は道沿いの林から少し奥まった場所にあるし、作業前に『メイン広場の雪像をどうするかは責任者に任せて、他の雪像会場が問題ないか注視してほしい』と連絡したのが良かったのかもしれない。
こっそり『頑張ってくれた皆にこの状況を見せてショックを与えたくないから』と付け加えたのも効いたのだろうか。いずれにせよ簡易な人払いになっていると思おう。
――――なんて考えは、甘かったとすぐに理解することになる。
「…………こりゃまた、たまげたな」
「え”っ」
それはまさかの人物の来訪によるもの。
今回の雪像イベントに尽力してくれた雪像職人チームの棟梁たる源蔵さんが、いつの間にかメイン会場の入り口に現れていたからだった。
◇◇◇
「げ、源蔵さん……」
動揺してる場合じゃない。
俺はこの場をなんとかしなければいけないのだ。
でもどうやって……?
思考がまとまらないまま、俺の足は源蔵さんへと向かっていた。
「どうしてここに」
「……雪像が壊れたって若い衆から聞いてな。偶々近くに居たんで顔を出してみた」
「…………その、これは」
「ああ、こら大変なことになってんな」
緊張が走る。
源蔵さんの目は、しっかりと広場の現状を目の当たりにしていた。壊れた雪像達も、突っ込んだ車も、何より今正に力を行使しているセツカを。
「あの、コレは……なんて説明したらいいか」
「…………何をしているかぐらいは訊いてもええか?」
「雪像を、直しています」
嘘ではない。
ただとても相手が納得できる答えではないだろう。次はどんな質問が飛んでくるのかは予想できた。「あの子は一体何なんだ」だ。
黙っているのは簡単だ。しかし、だからといって事態は解決しない。こうなったらなんとしてでも源蔵さんに内緒にしてもらうしかないか。
どうやって……?
出口が見つからない思考の迷路に迷いながら必死に答えを探そうとしていると。
「そうか……あい、わかった」
源蔵さんは、俺からすれば不自然な程に納得した様子で落ち着いていた。
「え?」
「あの方は雪像を直してくれてるんだな。儂も手伝おう」
「え、いや、なぜ……?」
「不思議なことを聞くのぅ。丹精込めて作った雪像が壊れておるんだ、直したいと職人が考えるのは当然だろう」
「それで、いいんですか?」
「事情は知らん。詳しく話したくないならそれでも構わん。正直目の当たりにしなければ信じられん光景だが……氷女様の邪魔にならぬようやってみよう」
何が何だかわからない。
だが、このタイミングで、俺は心強い味方に来てもらえたようだ。
「あの、彼女は大きな損傷を直してはいますが細かいディティールが怪しいようなんです。だから――」
「よっしゃ、必要な手直しは任せろ」
「お願いします」
俺は複数の指示を源蔵さんにしてから、セツカにも話を伝えにいった。
「セツカ。あの人が手伝ってくれるから、細部はあまり気にしなくていい。全体の修復優先でやってくれ」
「わかりました! あれ? でも力を使ってるところを見られてもいいんです?」
「あの人は大丈夫なんだ」
そう言い残して、俺は広場の入口へ向かう。
入場禁止の三角コーンやロープを設置して、少しでも人目が遠ざかるようにした。
「これなら……間に合う」
希望が見えてきた。
その事実が、さらに心を温めてくれていた。
◇◇◇
「で、出来ましたー♪」
多少荒く息を吐きながら、セツカがバンザーイと両手を上げる。
俺達の前にはすっかり元通り――としては少し造形が違うものもあるが、とても崩れたとは思えない雪像達が並んでいた。
「ありがとうセツカ。お疲れ様」
「お礼はギュッとしてもらえると嬉しいです」
「わかった」
要望どおりにギュッと抱きしめると、驚いたセツカが「ふエア!?」と変な声をあげる。お礼はコレだけじゃ足りないので、他は後にしてもらうとして。
「源蔵さん。その……」
「そんなしょげた顔すんじゃねえ。今はそれどころじゃねえだろ」
「……はい」
雪花祭りの開催時間は少し過ぎてしまっている。
しかし、それでもピッタリにこの雪像会場を開放できないだけで中止になるわけではないのだ。となれば、スタッフ達にいろいろと言って回る必要がある。
「この場は儂に任せろ。雪像が直ってる件については、適当に誤魔化しとけばいいだろ」
「ソレについてなんですが、いくつか試しに作っていた物があったことにしましょう。多少の変なところは目をつぶる必要はありますが……」
だとしても、実際にあった出来事をそのまま伝えるのは余計な混乱を招くだろうし、そもそも信じてもらえないだろう。
まさか『氷女さんがすごい力を使って雪像を直してくれました』なんて言えるはずもないし、多少おかしな点があってもそっちの方が納得もできれば都合も良いはずだ。
――本当なら、セツカの凄さを皆に伝えたい。
だがこの想いはきっと俺のエゴだろう。
「あの、零斗様」
「ん」
「……そのぉ、こんなことになってしまいましたがお役に立てて良かったです。私がこの場に留まるとご迷惑でしょうから、すぐに離れますね」
「いや……俺も一緒に行くよ」
「え、でも」
「スタッフへの連絡は直接言って回らなくても、電話を使えばどうとでもなる。それより疲れたろう? どこか休める場所で温かい物でも食べてみるのはどうかな」
「ぜ、是非!!」
「すみません源蔵さん。手伝ってくれたお礼とこの件のお話は、後にお願いしてもいいでしょうか」
「あー、ええ、ええ。あんたは一番頑張ってくれた人を労ってやんな」
きっぷのいい返事に感謝しながら、頭を下げる。
急いでこの場から別の場所に行ってもらったスタッフ達に連絡を回して、俺はセツカの手を引いて雪像会場入口近くでコッソリ居座った。
「零斗様?」
「ごめん、少しだけ時間を貰えるかな」
自販機で買った温かい飲み物を手渡しながら、待つことしばし。
設営や案内のスタッフ達が戻ってきて、雪像会場に人が入れるように立ち回っていく。
さすがに雪像が復活してることには驚いていたようだが、それよりも雪花祭りの来場者が優先だ。本来の役割に則って、スタッフ達はしっかりとお客さん達が雪像を見れるように動いていって。
ようやく俺は、あるべき光景を見ることが出来た。
何人もの来場者が雪像を見ては感嘆の声をあげている。
子供がはしゃいで、お父さんやお母さんもニコニコだ。写真を撮っている人もいれば、せっかくだからとお手製の小さな雪像が作れるコーナーに足を運んでいる人もいた。
「………………」
「零斗様」
「うん?」
「トラブルはありましたけど、開催できて良かったですね」
「そうだね」
ああ、本当に、本当に良かったよ。
俺はココでようやく一息入れることが出来た。
「お待たせセツカ。どこか入りたいお店や、行ってみたい場所、食べたい物はある?」
「私は零斗様のカフェオレが飲みたいです♪」
ある意味、自分の欲求にものすごく正直なセツカの発言に。
「うん、カフェオレは帰ったらいっぱい作ってあげるよ」
俺の心は一段と温かくなるのだった。
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