◇◇◇ 


「おはようございます」

「役場の兄(あん)ちゃんか。おはようさん」


 町役場前でバッタリ会った雪像職人の源蔵さんと挨拶を交わす。

 ハチマキと半被姿のお爺さん親方は、雪景色の中では大分目立つ。全く寒そうな様子もないので尚更だ。


「あと数時間でお客さんがどっと押し寄せるかもしれませんが、雪像の方はどうですか?」

「ああ、ちいと時間が押しちまったがなんとかなりそうだよ。あとは運搬車の雪でちょちょっと仕上げをするだけだ」


「もし厳しいようであれば入場時間を遅らせますよ?」

「てやんでいべらぼうめ! そんな心配してる暇があったら他のとこでも見てこいってんだ!」

「失礼しました」

「いや、別に本気で怒ってるわけじゃねえんだから頭を下げるなって。こんなのジョークだよジョーク!」


「それは良かった」

「お前さん、もう少し愛想よくならんのか? 無表情すぎて何考えてんのかさっぱり伝わらんぞ」

「はは、努力はしてるんですけどね」

「そかそか、無理はすんなよ」

「はい、ありがとうございます。それじゃあ俺は他の場所を見て回ってきますね」


 今回新規に開催する雪像イベントは、本当なら札幌雪まつりのように盛大かつ大きな雪像を建てたいところだったが、さすがにそれは時間が足りないという事で断念になった。

 その代わりといってはアレだが、小~中くらいの雪像はそれなりの数を作れるようにと配慮してもらい、雪花町内の複数個所に場所が用意されている。


 広場、公園、学校の校庭等々。

 ある程度の広さがあって邪魔にならない場所だ。


 もちろん規模には差があって自然公園の広場がメイン会場にはなっているが、そこ以外でも色んな形の雪像が雪花祭りを訪れた人の目に入るはずである。

 中には職人さん達がスタンバイしており、希望者に小さな雪像製作イベントをしてくれたりと見るだけではなく作る楽しさも味わえる。


『これで雪像に興味を持ってくれるならありがたいねぇ』


 打合せ時にそうこぼした職人さんは、とても嬉しそうだった。

 今後も雪像イベントが続けられるかは今回次第かもしれないが、それとは別に雪像職人さん達の後継者問題の役に立つのであれば開催した甲斐があるというもの。


 ……成功させたいな。

 もう俺だけの企画ではなく、たくさんの人が関わった物なのだから。


 そう想いながら、責任者のひとりとして雪像会場をいくつか見て回っていく。

 ――特に問題は無さそうか。

 そう安心した矢先に、携帯が鳴った。

 連絡してきたのはメイン会場である自然公園へ先に行った影峰さんだ。


「もしもし、どうかしまし――」

「拝山くん緊急事態よ! 急いで自然公園まで来てもらえる!?」


 クールな影峰さんが慌てているのはその声色だけで分かったので、俺は急いで現場へと急行したのだった。


 ◇◇◇


「ど、どうしよう、どうしよう! 拝山くん、どうしたらいいと思う!?」

「これは……」


 メイン会場に着いた瞬間、ぞわっとした冷たく嫌なものが全身を駆け巡った。

 遠目からでも分かる。

 いくつもの雪像が無残にも崩れた姿となっていたのだ。


 特に会場入り口近くにあった氷女と英雄をイメージした大きな雪像はひどい物で、軽自動車が突っ込んだまま半壊している状態だ。


「何があったか説明してもらえますか?」

「……最後の仕上げと異常が無いかの点検をしていたら、奥に停めておいた車が走ってきたの。なんでもブレーキとアクセルを踏み間違えたらしくて、なんとか停めようとしたけどハンドル操作も上手くできなくて――」


 暴走車はそのまま会場広場を走り回った。

 いくつもの雪像や資材にぶつかり、最終的には雪像に突っ込んで静止したようだ。

 不幸中の幸いというべきか、スタッフに怪我人はおらず、運転手も軽いむち打ち程度で済んだらしい。


 ……ただ、いくつもの雪像が崩れているため、素人目に見ても元通りに直すのは難しそうだ。

 この後どうするべきか判断が即座にできるラインを大きく超えている。

 率直に言って、雪像メイン会場の開催が危ぶまれていると言ってよい。

 そして今後どうするかは、責任者の一人でもある俺が判断することになる。


「……影峰さん。いくつかお願いがあります」

「え、ええ」


「町役場にいる青木先輩や課長に連絡を。ひとまず起きた事を説明した上で、状況確認中であることを知らせてください」

「……わかったわ。あなたはどうするの?」


「この場をまとめます。そこから先は……どこまで出来るか次第ではありますが……メイン会場での開催が可能か検討してみますよ」


 俺の言葉を聞いた影峰さんが沈痛な面持ちでその場を後にする。

 こんな時、空元気でも笑いかけることができれば少しは彼女を安心させることが出来たのだろうか。


 ――俺には無理だな。


 自嘲気味に白い息を吐き出しながら、俺は現場にいるスタッフ達へ順番に声をかけていった。心の中の諦めを振り切るように、たとえ強引であろうと、止まりそうになる足を動かしていく。


 それぐらいしか、出来ることは無かった。


 ◇◇◇


「ふぅ」


 設置済のスタッフ用テント内にあるパイプ椅子に座りながら、思考をまとめる。

 再度確認したがスタッフに被害は無かった。

 資材も使えないレベルで破損しているようでもない。


 しかし、やはりというべきか。

 雪像に対するダメージは大きなもので、職人さん達の意見を聞いてみたものの、雪花祭りの開始時間までに元通り直すのはとても難しいとのことだ。


「どうする、役所の兄ちゃん」

「…………無茶を承知でお願いしてもいいですか?」

「言ってみな」

「直せそうな雪像から修復作業にあたってもらえますか。大きさは気にせず、ひとまずはなんとかなりそうな物からで――」


「すまん!! 誰か手の空いてるヤツは東側の第二雪像イベント会場に行ってくれんか! 思ったより作業が遅れちまってるらしいんだ!」


 俺の指示をかき消すような大声が辺りに響く。

 どうやら、予想外のトラブルが別会場で起こったらしい。


「こっちは今それどころじゃないねえって伝えてやってくれ! 人手が必要なら別の場所から――」

「いや、皆さんは今からそっちに行ってください」


「いやしかし兄ちゃんよ! そしたらココはどーすんだって話だろうが!?」

「ココをどうするかは俺もすぐには決められません。だから、東会場に行ってください。……皆さんが戻ってくるまでには考えをまとめておきますから」

「……いいんだな? それで」

「はい」


「よーし! 皆の衆、東会場の応援に行くぜ! 終わらせたら速攻で戻ってくるつもりでいろよな!!」

「「「おおーー!!」」」


 貫禄のある職人さんに先導されて、雪像職人さん達が一斉にいなくなる。

 残ったのは十人にも満たない役場とボランティアの人達だけだ。


「拝山さん、私たちは何をすれば……」

「すみません、少し時間が欲しいので朝から居た皆さんは各々休んでてください。……ココには俺が残りますから」

「……わかりました。もし警察の方が来るようなら私達が対応しますので、拝山さんはじっくり考えてください」

「ありがとうございます」


 そんなやりとりをして、スタッフ達もメイン会場から離れていく。

 こうして雪が積もる広場と半壊した雪像達と、一人っきりになった。


 とても静かで、寒さもあって胸の奥が冷たい。

 おかげで熱くなることなく答えを出せる。


「……どうしようもない、のか」


 足りない頭を絞ってみたが、妙案は思い浮かばなかった。

 たとえば広場の開場時間を遅くすることは可能だ。とはいえ、それだって長くは続かないし、大した意味は無い。


 結局のところ、雪像を楽しみにしている人達が見たいものが用意できないのだ。

 いいとこ、ミニチュアサイズの雪像で精一杯。

 目玉のひとつであろう大きな雪像はとても見せられた物では無くなっており、これまで頑張って動いていた皆が待ち望んでいた光景は訪れない。



 それが、ひどく残念だった。



 土壇場にこんな事になってしまって、何にこの重い気持ちをぶつければいいのかすら分からない。


 ただただ、残念だった。


「……みんな、頑張ってくれたのにな」


 準備にかけた時間。

 なんだかんだで楽しみにしていた時間。

 上手く行かない時もあれど、せっかくここまで漕ぎつけたのに。

 きっと成功すると感じた未来予想図が完成しない。


 無念だった。


 それでも決断は下さなければならない。

 だが、その下すまでがひどく億劫だ。何もかも放り投げてしまいたい気持ちに駆られてしまう。


「……くそぅ」


 きっと俺が普通に涙を流せたのなら今頃はボロボロになっているのだろうか。

 悔しい。なんとか出来るならしたいと、俯いたままな頭のどこかで考えてしまっている。


 ――そんな時だ。


「そんなに苦しまないでください」


 優しい、とても優しい声が聞こえてきた。


 顔を上げる。

 白い着物に身を包んだ幻想的な少女が、いつの間にか目の前にいる。


「セツカ……」

「はい、あなたのセツカです」


 まるで気軽に散歩に出た恋人と、偶然会って嬉しくて仕方ない。

 そんな雰囲気を感じさせるように彼女が微笑む。


「どうしてここに」

「零斗様の仕事ぶりを見学したくて、早めに来ちゃいました♪ それに今日はデートをする日なので、待ちきれなくて」


「気が早すぎるよ。約束した時間はずっと先だろ」

「居ても経ってもいられなかったんです♡」


 なんでもない笑顔。

 なのに、こんなにも冷めきった心がポカポカしてくるのはなんでだろう。


「零斗様」

「ん」

「理由は不要です。どうか、セツカにお命じください」

「……なんとか出来るのかい」


「雪の像を元通りにすればいいのでしょう? お安い御用です、私を誰だと思っていますか」

「一緒に居てくれる、不思議な女の子」


「ええ。そして、氷を操る力を持つ氷女で、零斗様に恩返しをしたいと願う者です」

「……けど」

「零斗様が望むなら、こんなの大したことじゃありません。私にかかればちょちょいのちょいです♪ あ、必要な物はありますのでそれは用意してもらわないといけないですけど」


「本当に……いいのか?」

「どうか思いのままに」

 

「……分かった。このお礼は必ずするから、今はセツカの力を貸してくれ」

「はい♪」


 二人しかいない会場。

 たまたまではあるが、これならセツカも動きやすい。


「ざっとでいい。必要な時間と物を教えて」

「では、雪像の完成図や写真を――――」


 こうして。

 俺達にしか出来ない。


 二人の共同作業が始まった。

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