雪花祭り・1日目
□□雪花祭りについて■■
一年の中で最も冬の季節が長い山々に囲まれた町『雪花町』。
一部の人からは年がら年中雪が消えない、通称:万年雪の町とも言われる。
そんな場所で毎年行われる伝統的なお祭りが『雪花祭り』である。
二日間程行われるこのお祭りは、地元の人々はもちろんのこと、外から来たたくさんの観光客が冬の美しさと人の賑わいを楽しんでいる。
この町で「お祭り」と言えば雪花祭りであり、当日には「一体どこにこんなたくさんの人たちが埋もれていたんだ!?」と人混みを指しながら口にするのは定番文句となりつつあるとか、無いとか。
とにかく余所にも負けない盛大な祭りを。
生きてることへの感謝を忘れずに。飲めや歌えや騒げや今日は無礼講じゃ。
■■なんでも課のお手製パンフレットより□□
「…………」
「あッはっはっは! どうだどうだ零斗、このオレ様が書いた説明は。素晴らしくグゥレイトだろ!」
なんでも課の職場で一時待機している。そんな俺の背中をバシバシと叩く青木先輩は自分の書いた文章が好評だったことで大変上機嫌だ。そこに水を差すのも憚られるため、俺は「個性的でいいですね」と相槌を打つ。
決して、よくOKが出たな……なんて思ってはいない。
ちょっとだけしか。
「もう来週には雪花祭り開催日だが、雪像の方は大丈夫そうか?」
「今のところ少々のトラブルがあった程度で、とんでもない事は起きてません」
「……アレを少々という辺り、零斗も意外と肝が据わってるぜ」
青木先輩が呆れながら口にしたアレとは、雪像を作る職人さん達間で勃発した言い争いの事だ。
どんな雪像をいくつ作るかの打ち合わせにおいて、やる気とこだわりに満ち溢れた雪像職人さん達の意見がここぞとばかりに出るわ出るわの大騒ぎ。誰がどんな雪像にするだしないだ、それは無理だいや出来るわ、どこそこに配置した方の雪像が目立つわ目立たないわなんだと、迸る熱意に俺を含めたスタッフは押されまくった。
とはいえ、予算や場所の取り決めは予めある程度決まっているため、職人さん達の希望を全部通すわけにもいかない。有名な札幌雪まつりのように大きな雪像をいくつも作って盛大にやりたいのは山々だが、ゆうて雪花町にて時を越えて行われる雪像イベントにそこまでのパワーは無いわけで。
「希望がなるべく通るように頑張ります。どうか力を貸してください」
そう言って頭を下げるのが精一杯だ。
だがそんなので職人さん達が簡単に納得するはずもなく。
「だったら、せめてメインになる氷女の雪像作りのインスピレーションに役立ちそうな素材や資料をくれ」
そんな無茶ぶりをされたのは中々に困った。
彼らが納得できそうな資料なんて早々思い浮かぶはずもないのだが、オレは片っ端から使えそうなものを当たっては調べ、調べては自作資料を作っていき。
最終的には「まさか」の画像で喜んでもらえたため、苦労はしたものの予想よりもずっとあっさりと事なきを得たのである。
少し問題なのは、その資料というのが――。
「しっかしお前、よくあんな写真を用意できたな。知り合いに頼んだんだろ?」
「ええ、まあ……」
その写真をまとめたファイルをぺらぺらめくる。
載っているのは、白い着物姿で色んなポーズをとっているセツカである。
なんだか彼女を体よく利用したようで心苦しいのだが、当の本人はすごいノリノリで協力してくれた。
そもそもセツカが協力してくれたキッカケだって、家で俺の疲れた様子を見ていた
彼女からの提案なのだ。
「お疲れ様ですね、零斗様。今のお仕事はそんなにお忙しいのでしょうか?」
「え? 氷女の雪像に使えそうな素材や資料を探してると? ……なんでもっと早く言ってくれないのですか! いるじゃないですか、ココに、あなたの身近に正真正銘の氷女が♡」
「どうぞどうぞ、これもまた恩返しの一環です。好きなだけセツカを撮ってくださいませ♪ ポーズもなんでもとっちゃいますよー」
正直に言おう。
半分冗談のつもりで、俺はカメラでパシャパシャしていた。
殺伐としそうな場の空気が少し緩んでくれれば御の字程度の気持ちだった。
コレがまた――堅物そうな職人さん達の反応が絶大だった。
みんながみんなセツカの写真に大興奮。口々に「すごい」「この世のものとは思えん」「氷女は実在した!?」といった具合にテンションが上がる上がる。特に若い衆は一発で心を捕まれたようで、食い入るように写真を見てたっけ。
一応顔は全部見えないように口元以上は映らないようにしたり、映ってても目張りやモザイク加工で修正を入れはしたが、それでもセツカの可愛さや美しさは十二分に発揮されていた。
「男ってヤツは……欲望に忠実よねぇ」
そんな影峰さんの怒り交じりの呟きは、聞こえなかったことにした。
ツッコミを入れる勇気は俺には無い。影峰さんもすごい人気なんですよ、なんて軽々しく声をかけられるはずもないのだ。セクハラ扱いは怖い。
後々になって「どっかのお店みたいになってたのは、拝山くんの采配よね? いいご趣味だこと」と冷え切った声色で問い詰められた時は、冬の寒さと関係なく背筋が冷えたものだ。
「彼女か」
「はい?」
「その写真のべっぴんさんだよ。お前の彼女なんじゃねえのか?」
「彼女ではないです。……でも、何故そう思ったんです?」
「この写真はどっかで拾ってきたんじゃなくて、お前が撮ってるんだろ」
「ええ」
「妻子持ちのオレには分かる。こいつはイイ写真だ」
「そうですか? 完全に素人の物ですが」
「ばっかお前、だからイイ写真なんだっつうの。撮る方も撮られる方もプロじゃない奴らが撮影した写真なのに、いいなコレって感じられるんだよ」
「?」
「この子、お前に向けて笑ってるだろ。コレは完全に恋する女の空気だ、この子絶対にお前のことが大好きだぞ」
「うッ、そう見えますか」
「見える。ま、昔のオレぐらいになるとこんな女の子達によく囲まれてたもんよってな」
「青木先輩モテたんですね、すごいです」
「うんうん、尊敬していいぞ」
「その中に奥さんもいたんですか?」
「まあ、な。あ、一応釘を刺しておくが嫁には絶対話すなよ? 嫉妬と独占欲が発動してオレがエライ目に遭うからな」
「大丈夫、言いませんよ」
怖くて言えないが正解だけど。
まあ、それは俺も同じか。セツカが俺をどう想ってくれてるかなんて、とっくのとうにわかっているはずなのに、臆病にもその気持ちに応えられてないのだから。
「話を戻すが、彼女じゃないなら急いだ方がいいぞ。こんな可愛い子を逃すなんて男として問題がありすぎる」
「う」
「どうせなら『一緒に暮らさないか』ぐらい言ってみたらどうだ? 割とマジでイケたりするかもしれないぞ。これで寂しい男の一人暮らしとおさらばだ」
すいません先輩。
まさか「既に一緒に暮らしている」などと言えるはずもなく。
俺はいそいそと呼ばれたフリをして、雪像設置現場へと向かったのだった。
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