閑話:セツカ頑張ります
零斗様の家にお世話になってから約数週間。
恩返しも着々と進んでおり、零斗様との間に大きなトラブルもなくセツカは人里にて幸せに暮らしています。
ビバ人里。ビバ零斗様。
ああ、人里に下りてきてほんとーーーうに良かった!
やっぱり引きこもりは良くありません。幾ら外は危険でいっぱいと言われようとも、勇気を持って一歩を踏み出す必要があるのです。そうするべきだと私は考えてます。
ただ……人里に来たことで何一つ困っていないかと言えばそんな事もなく。
「零斗様……今日はいつお帰りになられるでしょうか」
おうちで独りぼっちでお留守番。
愛しきあの方をお待ち続けるだけな状態は、なんとも寂しくて物悲しいです。
私の恩返しは零斗様がいないと出来ないので、お留守番中は停滞せざるを得ません。
ならば少しでも零斗様のお役に立てるよう新たに学び、あるいは修練を重ねるべきでは?
そう思いはするものの、はてさて何に取り組むべきなのかが決まらない。零斗様の苦手なことをサポート出来るようになればいいのですが……あの人は存外なんでもこなせてしまうようです。
いっそ戯れで構わないので色々お願いしてくれたりしないでしょうか。
人間という者は欲深いため都合のいい女が傍にいればいずれはアレやコレやと命ずるものだと教わっていたので、てっきり零斗様が特別お優しい方であってもその内理性のタガが外れて「ああ、そんなご無体な」と言ってしまいそうな命令のひとつやふたつあると思っていたのに。
「無いんですよねぇ、これが」
本当に心の底から誠実なお方です。きっと心の中は新雪のように柔らかく美しいに違いありません。そんなところも好き♡
でもでも、もっとこう……ワイルドにきてもいいなと思います。
セツカはいつでも受け入れる準備が出来てます。その覚悟を決めてなければ恩返しなんて出来るはずもないのだから。
ああ、好き。好きです零斗様。
この気持ちに気付いたあの日から、ずっとお慕い申しております。
この気持ちをあなたに伝えるにはどうすればいいのでしょうか。セツカはお困りです。何かヒントは無いでしょうか。
うだうだ悩んでいる最中、半分無意識にテレビを点けていました。
この大きな板のような置物は素晴らしい物で、様々な映像を映し出してくれる電化製品です。
昔々に氷女の里にテレビが持ち込まれた時があったのですが、その時はこんな板じょうではなく箱に近い形で、くるくる回すところが付いてるタイプでしたが役に立たなかったのですよね。
里から持ち出していい感じなところに持っていっても、たまーに乱れた白黒映像が見れるだけでした。正直、使えないなーと思ったものです。ラジオの方がまだマシでしたね、うん。
でも、現代ではそんな使えなさとは無縁です。
テレビは大画面で色鮮やかに見れます。私の得た知識によれば、夫の帰りを待つ妻は時間が空いたら映像を見続けるらしいのですが。
『バンザイお昼! 今日の特集は直撃・手近な新婚さんが仲良しな秘訣に迫る、です!』
「新婚さんが仲良しな秘密!?」
なんて気になる内容! 私はテレビの真正面に陣取り、食い入るように特集内容をに集中します。
『では早速ですが、お二人が仲良しな秘訣を教えてくれますか?』
『ずばり、彼のして欲しいことを実践することよ!』
若奥様として紹介された女性が自信満々で言い切ります。
中々器量良しな方で、二十代みたいです。氷女からすれば子供のような年ですが、人間としては立派な成人。年下だからといって侮ってはなりません。
『お仕事から帰ってきたら、今日もお疲れ様、って労います。食事はちゃんと好きな物を一品は用意しますし、お風呂もばっちりです』
『ああー、それはいいですね。旦那さんがご飯かお風呂のどっちでも選べるようにしておくと。僕としては雪降る町の寒さは堪えますので、すぐにあっついお風呂に入りたいところです』
「なるほど、ごもっともですね」
特集で出てくる内容に得心しながら、手はメモを取り続けます。
すると、若奥様がこんなことを言い出しました。
『でも男の人ってやっぱりアレが好きみたいですよ。ご飯にする? お風呂にする? それとも~わ・た・し♡?』
『キター! 伝家の宝刀、帰りを待つ若奥様のキュートな三択だああああ!!』
「な、なんですかその技は!!?」
完全に初耳です。
少なくとも、氷女の里でそんな言葉を耳にしたことはありません。
恐ろしい……なんて恐ろしい技なのでしょうか。
画面の向こうでは若奥様にそうやって迫られた若旦那さんが、とってもデレデレしています。困っているように見えますが、ものすごく喜んでいるようです。
「コレは、すぐにでも習得しなければ!!」
零斗様を喜ばせるためなら、私はどんな大変な技をも覚えて見せましょう。
裂帛の気合いを入れたその時。
手がリモコンに当たってチャンネルが切り替わりました。
そこに映し出されたのは――。
「か……可愛いぃーーーーーーーーー!! そ、そうです、これをさっきの技と合わせれば――」
そこから私は、偶然と閃きから生まれた産物を具現化するべく行動を開始したのでした。
◇◇◇
そして、その日の夜。
「ただいま」
「お帰りなさいませ零斗様!」
静かに帰ってきた零斗様の気配を察知した私は、急いで玄関へと駆けつけました。
心構えも準備も万端なので、早速新たに身に着けた技をお披露目します。
「零斗様! お疲れ様です」
「うん。セツカもお留守番ご苦労さ――――」
私を見て零斗様が固まります。
チャンスです。
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……私でしょうか!? いや、やっぱり私を選んでください。さあ身も心も蕩けるように抱きしめて!!」
「待って」
「それはイケズです零斗様ぁ……」
「いやいや、もうどこから聞けばいいのか……。とりあえず、あの、その格好は?」
「可愛くありませんか?」
「…………可愛い。確かに可愛いけども」
「やった♪」
「でも、なんで猫の被り物を…………?」
零斗様が驚かれています。
何を隠そう、今の私は氷女ならぬ氷猫! あるいは猫又と呼ぶべき服装に身を包んでいるからです。
猫耳と尻尾に、全身を覆う白猫スーツ。
うん、可愛い!
「お昼の番組でやってたんです。いや、やってたんだニャ♪」
「番組で? そんな恰好についてやってたの? それって女の子が着たりする猫の寝間着だよね」
「コレを着てお出迎えすれば若旦那様も癒されると言っておりましたニャ♪」
正確には、選択肢の技が若旦那様向けで、猫スーツはその後の可愛い子猫で癒される~という物ですが。どっちも同じような物です。
「…………」(←顔を手で覆って俯いている)
「あ、あれ? 零斗様のお気持ちが複雑そうに……もしかして、癒されませんか?」
「癒され……ては、居るかな? なんかこう、目の保養的な意味では……」
「そ、そんな!? 効果抜群なはずなのに!」
「あ、ああごめん。否定してるわけじゃなくてね、きっと何かセツカは誤解してるんじゃないかなと思うんだ」
「ガーン!?」
それはもうしょんぼりくーるですニャ。
「どうしてそんな言動を?」
「……お仕事でお疲れの零斗様が少しでも癒されるようにしたくて」
「そっか」
「うぅ、失敗しましたニャ」
すごすごとリビングへ戻ろうとする私。
そんな私の頭を、零斗様の温かい手がポンポンしてくれました。
「ありがとう、セツカ。そうしてくれただけで俺は嬉しいよ」
「れ、零斗様ぁ~~~~~」
「っと!?」
「好き! もう、そんなことされたらこの身からあふれ出る気持ちが抑えられません! お覚悟を決めていっぱいギュッてしてください♡」
「……セツカがして欲しいなら、お安い御用だよ」
「はぅ」
恥ずかしそうにしながらも零斗様に抱きしめてもらい、セツカはものすごく胸の奥がポカポカしてしまいました。彼の熱が、全身に沁みわたるようです。
ああ好き。大好きです。
喉だって鳴っちゃいます。ゴロゴロゴロゴロ。
「もうこのままお布団までいきましょう! どうぞ、この猫セツカを思う存分好きなだけ愛でてくださいませ♡」
「その前にご飯にしよう。セツカもまだ食べてないよね?」
「仰せのままに!」
零斗様が望まれるのであれば是非もなし。
ハグは大変名残惜しくはあれど、私達はお夕食へと向かうのでした。
尚、ご飯を食べ終わった時点で私の頭からはお布団で愛でてもらう件はすっぽり抜け落ちておりました。
また、次の機会ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます