帰り道で赤くなる②



「でもどうして花のお話を?」

「ああ、それは――――」


 俺は雪花祭のために準備が必要なことをセツカに話した。

 ふむふむと頷きながらも彼女は楽し気に顔を綻ばせていく。


「雪像に花の特典ですか。いいですね!」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。どれも氷女やセツカに関係しているものばかりだからね」

「きっとみんな楽しみにしてくれますね♪ だって、氷女の私がこんなにもワクワクするのですから……きっと、みんなも」


 一瞬セツカの表情が暗くなって見えたが、それは夢幻のように消えていく。

 今までの俺であれば見逃すか、特に何も言わなかったかもしれないが……。


 今回は違った。


「……せっかくの話だからセツカにも意見を聞いてみたかったんだ。キミの着ていた着物の模様、アレは銀雪花だろ。何かデザインの参考になったり、実物に関して知ってたりするんじゃないかなって。雪像も、氷女伝説にちなんだものがいいって要望もあってさ」


 だが、それで彼女の顔が暗くなるようなら、この話は論外だ。


「ごめん。俺は気づかない内に、キミを落ち込ませてしまってたかな」

「そ、そんな!? 違うんです零斗様、決して……決してあなた様のお話で気分を害したわけではなくてですね! むしろその反対というか――」


「反対?」

「なんと言いますか……私としてはとても嬉しいお話なのです。ですが、私以外にはきっと通じないんだろうなと思うと、悲しくて」


「…………」

「どう伝えればよいのでしょうか。その、例えば零斗様は厄介者の私を受け入れてくれていると思いたいのですが」

「厄介者なんかじゃないよ。俺はセツカと一緒に居れて嬉しいから」

「あ、ありがとうございます……」


 頭からぼしゅう~と湯気を出しそうなセツカの声が段々小さく消えていく。

 しまった、つい告白まがいのことを……。


「えと、つまりその……私と零斗様はこうして仲睦まじく暮らしておりますが、それは大多数の人間と氷女には当てはまらないといいますか……」

「気を遣ってくれてるんだね。大丈夫だよ、もっとストレートに言ってくれて構わないから」


「で、では! ぶっちゃけると、人間と氷女の仲はあまりよろしい物じゃありません。付け加えるなら、氷女の方が一方的に嫌っています」

「え……」


 嫌っている?

 これまでセツカの話に出てきた言葉の端々からして好かれてはいなさそうと感じていたけれど、それ以上だと?

 

「それって、やっぱりあの氷女伝説が関係してたりする、よね?」

「ですねぇ。まったく昔の話をいつまでもウジウジと……そんなことばかりしてるから私達は緩やかに――」

「……セツカ?」

「あ、いえ、気にしないでください! 氷女は名前のとおりに冷たい根暗が多くて大変って話でしかないので!」

「根暗て」


 ある意味イメージどおりではあるが、正直セツカを前にしていると信じられない。

 明るくて快活な元気娘。ほとんど人間と変わらないと言ってもいい。

 彼女のような者は、氷女としては異端なのだろうか。


「根暗も根暗です。くらくらなお山の引きこもりなのです」

「まあ、氷女に限らずさ。妖怪って呼ばれる者達は大概人間が好きじゃないイメージがあるよ。自分たちにとっては邪魔者だ―みたいな」


「私は大好きですよ!!」

「うん、それは伝わってる」

「特に零斗様にはぞっこんラブです。永遠にお慕い申し上げております」

「ぞっこんラブなんて言葉、どこで覚えたの?」

「お昼の番組で!」


 テレビも有効活用しているのか。馴染んでるな。


「零斗様が頼めば、たとえ火の中水の中、草の中森の中――」

「スカートの中?」

「履きましょうか!?」

「セツカの気が向いたら見せてくれれば十分だよ」

「買ってきます!」

「いや、今は家に帰ろう。夕ご飯まだだろ?」

「はい♪」


 ああ、いいな。

 彼女から生まれるこの温かな空気。

 決して俺だけじゃ得られない物だ。


「あッと、話を戻すけど。雪花祭りのどこかで――」

「お手伝いなら幾らでも!」

「それは助かる。……じゃなくて、いや、それもあるんだけども……」


 自分で言いだして置きながらなんとも歯切れが悪い。

 これにはセツカもきょとん顔だ。


 冷静に考えなくても、今からすることはお誘いなんだから。

 俺から言わなくちゃいけないことなのだ。覚悟を決めろ。勇気を出すのだ。


「お、俺と一緒に……雪花祭りを見て回らない、か?」

「…………」


「あの祭りは二日間あるからさ。きっと実行委員の俺も忙しいだろうけど、見て回る時間はあるんだよパトロールも兼ねてさ。でも、一人で回っても楽しさ半減というか……面白くなりそうにないだろ。だから……」


「ハイ!!」


 俺が誘いの言葉を言い終わる前に、セツカが元気いっぱいに返事をした。

 キラキラと輝くように眩い笑みと驚きの合わせ技だ。


「まだ言い終わってないよ」

「大丈夫分かっています、デートのお誘いですよね!!」

「……うん。やっぱりわかっちゃうもの?」

「わかります! 零斗様のことでしたらなんでもわかろうというものです!」


 失敗した……。

 セツカ相手に話をするときは、もっと手短いにしないとすぐバレてしまう。

 心の中を見透かされてるようで恥ずかしいなぁ。


「愛の力ですね」

「心を読まないで……」

「半分は冗談です。単に零斗様がわかりやすすぎるだけだと思いますよ」

「そ、そうか……」


「ああ、楽しみが増えました! お祭りはいつやるんでしたっけ!」

「約一カ月後、かな」

「指折り数えてお待ちしないと。あ、手の指だけじゃ足りませんね……カレンダーに丸を書いていくのはどうでしょうか!?」


「そんなに楽しみかい」

「楽しみも楽しみですよ。だって――」


 テンション冷めやらぬ少女が少しだけ前に走り出してから、振り返る。

 外灯の明かりに煌めく雪と氷女のコラボは。一枚の絵のように美しい。


「初めて零斗様の方からデートに誘ってもらったんですから♡」


 そんな無邪気に喜ばれてしまっては、俺はどうしたらいいのだろうか。

 とりあえずは、きっと最高に赤くなってしまっている顔を戻すところから始めるべきかもしれない。


 しかし、喜びのあまりその後はベタベタにひっついてくるセツカがいたので、顔色が戻るのには大分時間を要するのだった。






 


 



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