帰り道で赤くなる


 ◇◇◇


「あ、零斗様~♪」

「セツカ……?」


 どうしてここに。

 それが仕事を終えて町役場を出た直後の俺が抱いた感想だった。

 雪が降っている中傘もささずにいたらしい彼女は、手をブンブン振りながらパタパタと子犬のように駆けてくる。


 服はこの前買ってきたコートとロングスカート。着物じゃない分目立ちにくくはあるが、そもそもセツカ自体が美人すぎるため地味にはなりづらい。


「家で待ちきれなくなったので、お迎えにあがりました♪」

「そっか、ありがとう。でも今度からは事前に言ってもらえるといいかな」

「あ……ご迷惑でしたか?」

「迷惑じゃないよ。でも、外でセツカを一人にさせておくのは俺が気になってしまうからね」

「寒さは大丈夫ですよ? この服、とってもあったかいんです」


 加えて氷女は寒さに滅法強い。

 そう言いたげなセツカだったが、俺が気になるのはそこだけじゃない。


「女の子を一人で、夜に待たせたくないんだ」

「零斗様、なんて紳士な♡」


 それに――。


「セツカはとても可愛いから、変なのに手を出される可能性も高いし」

「…………」

「セツカ?」

「もう一回」


「ん」

「もう一回言ってくださいませんか」


「変なのに手を出される可能性も高いし?」

「その、前です」


 ここまで繰り返して、ようやくセツカの意図が分かった。

 完全に欲しがりさんの顔をしている。そんなに見つめられると言いづらい。知り合いに見られると一層言いづらさが増すため、俺はセツカの手を引いて少し離れた暗がりへ移動してから、改めて彼女と向き合う。


「……とても可愛いから」

「も、もう一声」


 新手の羞恥プレイのような状況に顔が熱い。

 でも、セツカが望むのであれば断れないわけで。


「セツカは美人さんで、とっても可愛いよ」

「~~~~~~ッッッ」


 よほど嬉しかったのか。

 氷女の少女はまっかっかになった顔を両手で抑えた後、正面から抱き着いてきた。感激の情が迸っているようで、グリグリと頭を押し付けても来る。


 ……役場前から離れてよかった。

 少しでもこの光景を見られたら問い詰められること請け合いだ。


 胸に飛び込んでくるセツカもそうだが、俺みたいなのが女の子を抱きとめている場面なんて驚かせるネタとしては十分すぎる。


「ああ、もう。零斗様は私をドロドロに溶かすおつもりですか!」

「そんなつもりはないんだけども」

「たらしです。零斗様は空前絶後の女たらしです。やだもう、好き♡ 大好き♡」


「あの……あまり連呼されると。ココ外だし」

「おうちの中ならいいですか?」


 ここで『良い』と返したら、後で俺は大変なことになりそうだ。

 べったりくっついて離れないセツカが目に浮かぶ。


 ……それもいいかな。

 などと多少は思ってしまう辺り、すっかり俺は彼女に毒されているかもしれない。


「外よりはいいかな。でも、ずっとはダメかも」

「分かりました。じゃあ今はこれだけで我慢します……後でいっぱい可愛がってくださいね」

「その言い方は、大分良くない……」

「ええ~~~、なんでですかーーーー?」


 不満げな彼女だったが「さ、一緒に帰ろう」と声をかけるとすぐにいつものニコニコ顔に戻って「はい♪」と返してくれた。


 仕事が終わった後の疲れるだけの帰路も、セツカが一緒にいるだけで違うものに変わる。既に何回もあったことだが、彼女はとにかく色んな物に興味を持つのだ。


 俺にとっては見慣れた町の景色もセツカにとっては新鮮に映る。

 大通り沿いのお店のディスプレイは目を輝かせてのぞき込む。目についた食べ物や食料品はどんな味がするのか尋ねられる。すれ違う人々の恰好や聞こえてくる話題も気になるようだが、特に恋人同士の物については興味津々だった。


 だから。


「あ」


 小さく声をあげたセツカが見ていたのは、仲良く手を繋いで歩く恋人達のようだ。

 羨ましかったのだろうか。

 セツカは恋人達と俺を交互に、物欲しそうな顔をしていた。


 現実的なことを言ってしまうと、手を繋ぎながら雪道を歩くのは安全から遠ざかるのだが……抱き着くよりは大丈夫だろうか。

 そんな言い訳を考えながら、結局は俺がそうしたいだけなのかもしれない。

 

 自分で自分を納得させつつ、何よりセツカの反応が見たかった俺は彼女の手をとって握ってみる。


「!!!」


 すごい良い反応だった。

 効果は抜群どころの話じゃない。魅力的な笑顔はいつもの三割増しだ。


「えへ、えへへ♪ えへへへへ♡」


 まるで俺が笑えない分だけ、笑ってくれているかのように。

 セツカはその場で飛び跳ねそうなぐらいに大喜びだ。


「今日はもうこの手を洗いません!」

「アイドルのファンかな」

「いいえ、零斗様の奴隷みたいなものです」

「その発言は気軽にしちゃいけない奴だ……」


 平時においてそんな言葉を冗談抜きで使う人は早々いまい。

 何はともあれ人聞きがよろしくない。


 白い息を吐きながら、けど嫌な気分じゃない自分はけっこー危ない奴なのだろうか。奴隷、奴隷かぁ……セツカが奴隷だったらさぞかし大事にされるだろうな。独占欲が強い主であれば、誰の目にも触れないよう囲って愛でるのか。それはもう色んな意味で――――。


 そんなアホなことを考えていたら『ゴン!』と電柱にぶつかった。

 額が痛い。


「だ、大丈夫ですか!? おのれ電柱め、零斗様の行く手を阻むとは言語道断です! そこになおりなさい!!」

「大丈夫だよ、大丈夫。だから電柱に凄むのは止めようね」


 その電柱は不埒な輩に天誅しただけなので、優しく扱ってあげてな。

 とまあ、そんなので思い出したと言ってしまうと馬鹿みたいではあるが、俺はセツカに話したい事があるのを思い出した。


「セツカは銀雪花を知ってるかい?」

「銀雪花って……山に咲く雪の華の事ですよね? 氷女の里近くにいっぱい咲いてましたが……」


「いっぱい咲いて? もしかして、群生地があるのかな」

「一面が雪の華になっている場所があるんです。時折誰かが手を入れてるようで、それはもう見事なものですよ」

「へぇ……」


「私の好きな場所なんですよ。いつか零斗様にも見せてあげたいなぁ」

「楽しみにしてるよ」


 人間が入ってはいけない場所ではないだろうから気軽には行けないだろうが。決して口先だけじゃなく、楽しみな気持ちに偽りは無かった。

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