祭りの準備と雪の華②
◇◇◇
「来場者特典ねぇ……」
雪像の資料を受け取った影峰さんが顎に手を添えながら考える。
あまりいい案が思いつかなかった俺は、資料渡しと昼食にかこつけて物は試しと彼女に話を振ってみたのだ。
「そういうのは以前使ったものを改良するのが鉄板じゃない?」
「前回は雪花町のロゴが入った丸いシールだったようですよ」
貰ってきた実物をテーブルに置くと、しげしげとそのシールを眺める影峰さん。
直後に彼女が発した言葉は、ぐぅの音も出ない物で。
「……ダッサ。なにこれ、今時丸いシールなんてどうしろと?」
「スポーツ観戦しているサポーターの中には頬にペイントしてる人がいますよね。国旗とか。アレみたいに貼り付けてもらえればいいなという考えだったそうで」
「冗談でしょ」
「事実です」
影峰さんは完全にがっくり肩を落としてしまった。
「さぞ不評だったでしょうね。押し付けられたなんでも課には同情するわ」
「新しいチャレンジをするのは大事だと、課長はおっしゃってましたよ」
「……なんでも課の課長はポジティブねー。その姿勢は見習いたいけど」
ふむむ、とクールな影峰さんが悩み始める。
なんだかんだ言いつつも考えてくれるだけ彼女は真面目な人であろう。本当に嫌ならさっさと諦めてしまえばいいだけなのだから。
「この条項っていうのも面倒ね。なんで変に制限を加えるのかしら……」
「縛りというより、都合よく使えたらいいなー程度の物かと。全部じゃなくて一つでも使えれば十分らしいです」
「…………となると、一番良さそうなのは雪花町ならではの物を使うこと、って一文かしらね」
「そこから探るとなれば、やっぱり氷女伝説にちなんだ物ですかね……氷女を意識したグッズでも作りますか?」
「グッズって、色々あるわよ。ぬいぐるみ、ワッペン、ペンライト、Tシャツ、香水、キーホルダー……」
「詳しいですね」
「べ、別にいいでしょ。これぐらい普通よ」
だとすれば、俺は普通ではなくなるな。
「でも、どれもデザインから始めるんでしょ。時間が無さすぎない?」
「それは確かに……。なら、デザインが最初から決まってるものが良いですか」
「都合がいい話だけど、そんなものがあるなら採用よね。作るのが簡単だとなお良し――」
そこまで口にしたところで、影峰さんがハッと何か閃いたようだった。
「花なんてどう? 氷女のお話に、そういうの出てこなかったかしら」
「花?」
「花といっても生花じゃなくていいのよ。造花とか押し花、なんなら花を象った形や模様のバッジやミサンガみたいなのとかさ。確か雪花祭りの中には有料イベントエリアもあったでしょ。そこで入退場に必要なアイテムとして設定しておけば、単なるお飾りってわけでもなくなるし」
早口でアイディアを披露する影峰さんは「これだ!」と言った感じでテンションを上げてきている。
なるほど。
今の説明だけでも俺的には良案に思えた。
影峰さんが口にした「花」は、しっかり氷女伝説に登場する。あれは悪い氷女の住処近くに生えている花で、村人達が危険を察知する目印にもなっていたはずだ。
降り積もる雪の中でも堂々と咲き誇る、寒さにとても強い割と珍しい花だったか。
そもそも雪花町や雪花祭りに付いてる「雪花」とは、とある雪の華から取ったものだと、そんな話もあった気がする。
その花の名前は――。
「……銀雪花(ぎんせつか)」
ありありとその姿が浮かぶのは、最近何回も見ていたからだ。
児童館の紙芝居と。
同居している氷女の少女が着ている白い着物。その模様が銀雪花そっくりだった。
「ああ、そんな名前の花だったかしら。今は載ってないけど、昔のふるーい本には載ってたんだっけね。なんかのタブーに触れたからって消されたなんて噂もあったかしら」
「花弁が雪の結晶に酷似した花でしたね。子供向けの絵本や紙芝居には名前こそ載ってませんが、そう描かれてます」
「…………ふむ、イケそうな気がしてきたわね。まあ採用されるかどうかは別として、一案としては良い線じゃない?」
「そうですね……あの、コレはもう影峰さんが提案した方が良いんじゃ」
「考えるのはなんでも課でしょ? 私は別部署の人間だし、あなたが相談してきたからこそ出てきた案よ。いいじゃない、そのまま上手くまとめて提案してみなさいよ」
「ですが」
「気になるなら……うん。もし採用&評価された日にはご飯でも奢ってよ」
「それでいいのであれば是非」
「よし、言質は取ったわよ。せっかくだから美味しい物をご馳走になりたいわ」
「善処します」
昼食を終えた後、俺は影峰さんから得たアイディアをまとめて課長に提出した。
すると、驚くべきスピードで採用されたらしく。
「拝山くんは雪像の件があるからね。コッチの花に関しては、大筋はボクの方でなんとかしておくよ」
「いいんですか?」
「キミさえ良ければだけどね。もちろん細かいところは協力してもらうだろうけど、人に任せるのはヤキモキしないかい?」
「正直手が回らない可能性があるので。中途半端になる方が嫌です」
「はっはっは、こりゃ拝山くんが気に入るような物に仕上げておかないと後が怖いかな」
「課長達を信じてますので、お任せします」
「任されよう。さーて、若手の意見を気持ちよく通す。そんな良い上司になれるかどうか楽しみだ」
不思議なくらいに話が進んでしまって、少し不安だ。
けれどそれ以上に誰かの役に立っているという実感が大きかった。
これまでの人生。感情を失ってからはまるで無かったことだ。
胸の内がふわふわする。
もしかして……俺は浮かれているのだろうか。
分からない。
今と前で、そんなにも何かが変わったのか?
違いがあるとすれば。
キッカケと呼べるものがあるとするならば。
「セツカ」
まだ退勤までには時間があるというのに、
あの子に会って話したい気持ちは、とても大きくなっていた。
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