祭りの準備と雪の華
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃいませ♪」
まるで新妻のように、ハグとキスで見送ろうとするセツカを押しとどめる。
「気軽にしようとしちゃダメだよ」
「気軽ではありません。ずっしりと重たいです」
それはそれで良いイメージから遠ざかるのではなかろうか。
「そういうのは深く親しい相手とするべきで――」
「零斗様と私は十分深い中でしょうに」
「恋人でもないのに――」
「ひとつ屋根の下で一緒に暮らしている。つまり同棲中です。これが深い仲ではないと? いけずです、零斗様は意地悪です」
……なんかごめん。
でも、わかってほしい。俺はまだその一線を越えられない。
「大丈夫です! 零斗様が納得するまで待つぐらいへっちゃらですから!」
「また心を読むようなことを……」
そんなに俺はわかりやすいだろうか。未だかつてそんな風に言われたことはないのだけどなぁ。
「代わりにはならないけど、なるべく早く帰ってくるから」
「一日千秋の想いでお待ちしてますね♪」
調子がいいことだ。
でもその明るさは嫌いじゃない。
「お外は寒いですから、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
今度はそっと頬に触れてくる。
さすがにこれぐらいなら押しとどめやしない。
温かい手に撫でられる心地よさを味わってから、今度こそ役場へと出発した。
「よっ、零斗! 聞いたか?」
「おはようございます青木先輩。聞いたって何をです?」
「お前の提案した雪像の件、GOサインが出たってよ! やったな零斗、オレはうれしいぞ!!」
自分のデスクに着いた直後、青木先輩が背後からヘッドロックをするように絡んでくる。少し苦しい。
でも、我がことのように先輩が喜んでくれてるのが嬉しかった。
「正式な通達はこの後課長からあるだろうけどな。たまたま先に聞いた俺からのサプライズってことで、ま、これから増々忙しくなるけどよろしく頼むぜ」
「ありがとうございます。青木先輩にも色々手伝ってもらうかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「任せろ。一人のお祭り好きとして、地元を愛する者として! 雪花町のイベントが盛り上がるのは大歓迎だ! 精一杯みんなが楽しめるようにしてやろうじゃないか! なあ皆の衆!」
ハイテンションな青木先輩がなんでも課の職員達に向かって声を張り上げると、そこかしこから「いいねー!」「そうだそうだ!」「また青木が調子に乗ろうとしてるぞー!」と賛同や野次が飛んでくる。
女性陣は呆れているように見えても決して悪い気はしていないようで、いつもに比べてそわそわしているようだ。
どれもこれもがイベントを目前にした者達が放つ空気のようで、段々と熱がこもっていくような落ち着かなさがある。
こういうのは――嫌いではなかった。
「ま、雪像に関しては零斗が主導だけどな。他にもやることはいっぱいあるから、助け合っていこうぜ、っと」
「はい」
「――うんうん、拝山くんのやる気も上がっているようで何よりだよ」
「うわ出たぁ!」
「課長」
「済まないね、青木くんをそこまで驚かせるつもりは無かったんだが」
「び、びっくりさせないでくださいよ! なぁ零斗」
「ですね」
「ビビってしまったのは青木くんだけのようだね」
「べ、別にビビってないっすよぉ~」
「そういうことにしておこう。さて、それじゃあ朝礼を始めようかな、ハッハッハッハ」
朗らかな笑い声をあげながら課長が部屋の前に立つと、朝礼が始まった。
挨拶に始まり、何か全体に対する連絡事項があればココで共有することになる。
「おはよう皆。今日も寒い中の出勤ご苦労様だけど、滑って転んだ人はいないかな? ボクは家を出た直後にやってしまって、まだ後頭部が痛いよ」
気さくなジョークに、各所から小さな笑いが漏れる。
「とまあ、ボクに限らず雪花町のあちらこちらではスリップによる事故が多発しています。コレが雪花祭りともなれば、さらに件数が増加するでしょう。各自安全には気を引き締めて当たってくださいね」
返事はせずとも、誰もが頷く。
その様子をぐるっと見渡してから、課長が本題に入り始めた。
「さてさて。先日の会議で拝山くんが提案した雪像の件ですが、上からもオッケーが出ましたので頑張りましょう。ただ、ここぞとばかりに上からのお願いを引き受けることになりそうなのでソッチも考える必要があります」
「お願い……」
俺の呟きが耳に入ったのか。課長がコッチをじっと見てくる。
「お願いは大きく二つ。一つは、雪像イベントをするにあたって雪花町に伝わる氷女伝説にちなんだ像を作って欲しいというもの。二つめは、いつもは別の部署でやっていた来場者特典を考えろとのお達しです」
「伝説にちなんだ像に、来場者特典……?」
「あー、こりゃアレだな。また町のお偉いさんからの要望だよ」
隣にいる青木先輩が小声で教えてくれた。
「なんかやけに氷女伝説にご執心の人がいるらしくてな。隙あらば要望をねじ込んでくるって話だ」
「そうなんですか……」
大昔の伝説を愛する変わった人でもいるのだろうか。
もしかしなくても伝統を大事にしたかったり、今後の町興しも踏まえての提案だったりして。氷女の逸話は、間違いなくこの町ならではの物だしな。
「課長、聞いてもいいですか?」
「どうぞ青木くん」
「雪像はどうせこの後詰めてくから良いとして、来場者特典は何をどうすればいいって話なんですかい?」
「そこなんだよねぇ。ご要望によると『雪花祭りならではの記念品になりそうな物』らしいんだが……いきなり振られても困るよねぇ。いくつか満たして欲しい条項もあって、この後それらをまとめたプリントを配るよ」
話はそれからだ、という事なのだろう。
青木先輩も聞くだけ聞いてみた感じだったので、それ以上何かを確認をすることもなかった。
「じゃ、今日もまたよろしくね」
その締めの言葉で、なんでも課の一日がまた始まるのである。
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