白い着物の女の子
「職場の方が、白い着物の女の子を見たと?」
「ああ」
夜の自宅で。
俺は夕ご飯の用意をしながら、影峰さんから聞いた話をセツカに伝えていた。
「それって私の事ですよね? あの日の私はいつもの着物姿で外に出てましたし、そのお話をした女性――影峰様は雪に埋もれていた方なのですから」
あの時、雪の中で意識を失っていた影峰さんがなんらかの形でセツカを目撃した可能性はある。一応目につかないようにセツカには気をつけてもらってはいたが、そもそもこの子は子供達の前に大っぴらに姿を現していたわけだし。
サングラスとマスクは付けていたけども。
なんなら魔法と称して氷女の力も使ったわけで。
「と、俺もそう思ったんだけどね」
だが、影峰さんの質問を詳しく聞いてみると、どうやらセツカじゃなさそうだったのだ。
「影峰さんの白い着物を着た女の子っていうのは、小さな子供だったらしいんだ」
「小さな子供? あの雪かきを手伝ってくれていた子達くらいのですか?」
「多分ね。セツカ程大きくは無かったみたいだから、十代前後くらいかも。当の本人もおぼろげにしか覚えてないみたいで、それ以上はよくわからなかったんだけど」
居間のテーブルの上にご飯を盛ったお茶碗を並べて夕食は揃った。
今日の献立は和風定食っぽく。
ほうれん草の胡麻和えと大根の浅漬け。
カレイの煮つけ、お惣菜の煮物が少々。
それから出来立てのカブの味噌汁に、炊き立てご飯と納豆だ。
「わぁ♪ 零斗様はお料理もお上手ですよね、メニューが豊富です!」
「半分はスーパーで売ってたのを並べただけだから、褒めることはないよ」
「いえ! 少なくとも私にはこの料理を用意することができませんので。十分お上手ですよ」
意外というべきか。
恩返しと称して良妻賢母っぷりを発揮しそうなセツカは、料理が出来なかった。腕前が下手とかではなく、単純に人間の料理を知らない感じである。
考えてみればそれもそうかと思える。
既に何回か行っている外食時におけるセツカの目の輝かせからして、完全に今まで知らなかった凄い物を発見した時のような物だったのだ。そんな彼女がいきなり料理が出来るはずもないのだ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます♪」
今は部屋着――何故か前に買ったハロウィン衣装――を着ているので、氷女っぽさが薄れてはいるセツカ。こうなると完全に可愛い彼女が傍にいるような感覚が強まって、まだまだ気恥ずかしい物がある。
異性との付き合いの無さがこんな形で影響してくるとは思ってもみなかった。
「それで零斗様。先程の女の子の話なのですが、影峰様はどうしてそんなことを質問されたのでしょうか」
かき混ぜた納豆の糸をねばーっと引き伸ばしながらセツカが話を戻す。
「うーん、そこなんだけどね。影峰さんによると、その女の子を見かけたのが雪に埋もれる前だったらしくて」
「ふむふむ?」
「なんでも、雪かきしてたら公園の奥の方に入っていく姿が見えたんだって。不思議なことに声をかけてもまるで聞こえてないような感じで、周りに大人もいないから“一人でどこ行くの?”って声をかけながら追いかけたら、全然追いつかなかったらしい」
「大人と子供の足なのにですか?」
「うん。それで気づいたら姿を見失うどころか、いつの間にか辺り一面が吹雪いたかのように見えなくなって、困惑している内に足を踏み出そうとしたら突風に煽られて――」
落ちる。
そう感じた直後から影峰さんの記憶は途切れた。
次に気づいた時には、必死に助けようとする俺の姿があったそうだ。
「え、ええ!? ちょ、ちょっと待ってください零斗様! 私は影峰さんの質問に関して聞いていたはずなのに、いつの間にか恐怖の怪談話になってますよ!?」
「……言われてみればそうかも。もしかしなくても、セツカはこういう話苦手だったりする?」
「苦手に決まってるじゃないですか!!」
セツカ本人がそういう類の存在なのに、なんて堂々たる宣言だろうか。
「ひえぇ~~。人間の里ではそんな恐ろしいことが日常茶飯事に起きるのでしょうか。はっ、もしや妖怪下種野郎・女さらいの仕業では……」
「そんな妖怪がいるの?」
「昔はたくさんいたらしいですよ。眉目秀麗の女を無理やりさらっては酷い目に遭わせるとんでもなく悪いヤツです」
どうしよう。
素直に鵜呑みにできないなこれは。
そもそも下種野郎・女さらいって時点で名前じゃなくて蔑称だろうし。何かの隠語なんじゃなかろうか。
「影峰さんも見つからなければ大変な目に遭ってたに違いありません。くわばらくわばら……」
「ちなみに下種野郎・女さらいは獲物の女を雪に埋めたりするの?」
「いえ別に? 埋めるとすればそれは熊でしょう」
やっぱり架空の存在っぽいな。下種野郎・女攫い。
「熊は熊で怖いけどな」
「意外といい熊もいるんですけどね」
いるのか、いい熊。
待て待て、熊の話をすべきは今じゃない。
「改めて確認するけど、この白い着物の女の子はセツカじゃないよね?」
「おそらくは」
「となると…………」
俺の頭にひとつの予想が浮かび上がってくる。
この想像は……突飛すぎやしないかとも思うが。
「セツカ」
「はい♪」
「影峰さんが見たのは、キミ以外の氷女って可能性もあるかな」
「…………うーん、全く無いとは言えませんが」
「何か気になる?」
「そもそも氷女が人間の里に下りることは、あまり無いんです。昔ならまだしも今となっては危険も多いですし……仮に下りてきたとしても、その目的がわかりません」
「遊びに来たとか?」
セツカのように恩返しではないにしても、人里に興味を持っている氷女が雪花町を訪れることがあるのではないか。
そんな考えから出た言葉だったが、セツカはふるふると首を振った。
「それはありません、残念ながら」
「そういうもの?」
「はい」
キッパリと言い放つセツカからは、あまり深堀りして欲しくなさそうな空気が感じられた。平たく言うと、顔に出ている。
だから、俺はそれ以上勝手な予想の話を広げなかった。
内心では少しだけ怖い想像もしており、ソレをセツカに気付かれたくなかったから。
――セツカの知り合いが、彼女の事を連れ戻そうとしているかもしれない。
そんな予想は、外れていて欲しい物だ。
「れ、零斗様。あの……おかわりをしてもいいでしょうか? 今日のお夕飯が美味しくて、その……」
家の中に漂い始めたシリアスな空気が、おずおずとお茶碗を差し出すセツカによって和やかなものに変わっていく。
出会ってからさほど時間が経っているわけでもないのに、俺はとっくのとうにこの氷女らしくない明るい氷女を受け入れていて、こんな風に一緒にご飯を食べれて嬉しいと感じている。
そう、嬉しいのだ。
失われていた感情が、少なからず波打っているのが分かる。
「いくらでもおかわりしていいよ」
この子のおかげなのだろうか。そのストレートな感情表現が、屈託のない笑みが、俺に何かを取り戻させているのか。
だとすれば。
やっぱり、誰かがセツカを連れ戻そうとしに来てるなんて考えは……ハズれてほしい物だ。
「んんっ♪ 零斗様のご飯は食べれば食べる程美味しくなりますね♪ もういっその事、雪花祭りで出店してみるのはいかがですか!」
「そんな大層なものじゃないからなぁ」
「大丈夫です! お店を出すならセツカがお傍に付いてお手伝いを頑張ります!!」
「お店はアレだけど……お手伝いは有り難いから。何かある時はお願いするよ」
「お待ちしていますので! 絶対お声をかけてくださいね、忘れちゃヤですよ♡」
この時の会話が。
まさか、後々の大きな騒動に繋がっているとは……。
当時の俺が知るはずもなかった。
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