理解と謝罪と 謎と
それからしばし、プレゼンは続いた。
思ったよりも反応は悪い物ではなく、徐々にやる気のようなものが各々からあふれ始めている気すらする。
必要な事柄についてなるべくスピーディーに終わらせると、最後に質問してくれたのは課長だった。
「うん、悪くないね。むしろ良い感じだよ拝山くん」
「ありがとうございます」
「ところで、中々大がかり――ぶっちゃけると準備が大変そうだけれど。実際にGOサインが出たら、誰が音頭をとって進行するつもりか考えてはいるかな?」
「…………はい。差し出がましいようで恐縮ですが、基本は言い出しっぺの俺を中心に進めさせてもらえたらと。もちろん一人では不可能なので、皆の力を借りたいです」
「ふむ、結構。……そうだな、いくつか詰めたい点はあるからソレが終わってからになるだろう。でも、前向きに検討する――いや、もういいや。どうせボクも含めて、ここにいる皆は妙案のひとつもないだろ?」
冗談めかして見渡す課長。
呼応するように、職員達が苦笑する。
「では、拝山くん考案の企画で進めるのを前提で進めていみょう。これから忙しくなるだろうけど、みんな身体を凍らせないようにバリバリやってくれ。でも残業はなるべくしないように、悪い氷女に見つかったらさらわれちゃうからね」
雪花町に昔から伝わっている定番のジョークを口にしながら課長がニコニコと笑う。それが会議終了の合図の様なものだった。
「……よろしくお願いします」
失敗しなかった。
むしろ上手く行きすぎだろう。
そんな想いに心が震えていた。きっと俺が普通に笑えていたのなら、この場にいる全員に感謝と安堵の笑みを向けていたのだろう。
ただ、それは出来ないから。
せめてもの気持ちとして、俺は深々と頭を下げるのだった。
◇◇◇
「ちょっといい、拝山くん」
会議が終わった後。
廊下を歩いていた俺を追いかけてきたのは影峰さんだった。
「さっきの雪像イベントの件で何かありましたか?」
「それはさっき聞いたからもういいわ。そうじゃなくて……少し時間はある?」
そう尋ねてきた彼女に首肯で返すと、連れて行かれた先は自販機の前にある休憩スペースだった。影峰さんがなんでも課の同僚に対して、俺について話していたあの場所だ。
「はい、これあげる」
「どうも」
熱い缶コーヒーのぬくさを冷たくなった手で味わってからプルタブを開ける。
影峰さんは隣に腰かけてからコーヒーに口をつけたが、少しの間だけ不自然に黙ってしまった。
そうなってしまうと俺からも声はかけづらい。
そもそも俺は影峰さんに嫌われているので、こんな状況になったことが無い。おそらくは何かお小言でもあるのではないか。そう勘ぐってしまう。
だが。
完全に勘違いしていた。
「……ありがとうね」
「え」
「この前の雪かき。雪に埋もれてたあたしを見つけてくれたでしょ」
「…………」
正確には影峰さんを見つけて助けたのは、俺というよりセツカなのだが。
さすがにそれをそのまま伝えると面倒なことになりかねないので、少し押し黙ってしまう。
その態度を影峰さんがどう判断したのかは分からないが、立ち上がった彼女は俺の正面に立ってゆっくりと頭を下げた。
それは感謝と、
「それから、ごめんなさい」
謝罪だった。
「えっと……?」
「あたし、あなたの事を誤解してたわ。いつも表情ひとつ変わらないあなたを無愛想だなんだと決めつけて、陰口叩いたりなんかして……」
影峰さんの口から飛び出した予想外の発言に、しどろもどろになってしまう。
確かに内心気にした時はあったが、俺はそのことを彼女に伝えたわけではない。その上でこんな正面から謝られるとは夢にも思わなかった。
「この前お見舞いにきた課長からたまたま聞いたのよ。キミが過去の事故が原因で、今の状態になってるって」
「そんなことが……」
「本当にごめんなさい。そんなことも知らずに、あたしは勝手な決めつけをして――」
「よしてください影峰さん」
「…………」
「えっと、お気持ちはわかりましたので。……俺からも、ありがとうございます」
「どうしてキミがお礼を言うのよ」
「影峰さんのように改めて接してくれる人は、きっとあなたが思っている以上に少ないです。大抵は俺の後遺症のことを聞いても、罰が悪そうな顔をして離れていくか、半ば無自覚にいじってくるものです」
他には腫物のような扱いをしてくるなんて時もあった。
きっと彼らはその方が楽だからそうしたのだろう。だが、どれも本人にとっては気持ちのいいものじゃ無い。
そんな楽な道を影峰さんは選ばず、あえてキツイ方を選んだ。その事実が少なからず嬉しかった。この人は、ちゃんと俺に向き合おうとしてくれたのだ。
「だから、十分です。その気持ちの熱は伝わったんですから」
「……分かったわ。これ以上続けても、あたしの独りよがりね。今回はコレでおしまいにしましょう」
「はい」
「でもね、拝山くん。この借り――恩は必ず返すわ。じゃないとあたしの気が済まない。スッキリできないの」
「そこは……影峰さんが自分でどうにかするしかないですかね?」
「ええ、そうよ。だから、とりあえずは……あなたの提案した雪像の件を全力でサポートするつもり」
「え? 嫌でも、影峰さんも自分の仕事がありますし」
「そっちはどうとでもなるわよ。さっき課長にも話してきたけど、あの雪像企画にOKが出たら、あたしはすぐにサポート役で入るから。精々都合よく使いなさいな」
「……いいんでしょうか?」
「いいのよ。それともこう言い換えた方が良い?」
硬い表情をしていた影峰さんの表情が、急に柔らかいものに変わる。
「あたしもね、あの企画が面白いなって思ったの。だから手伝わせてください」
――ああ、この人はこんな顔もできるんだ。
接点が少ないとはいえ同じ場所で働いている者同士。だというのに、今更こんな風に感じてしまう辺り、俺も影峰さんのことを大して知らない。突き詰めるのなら、知ろうとしてなかったのである。
なんだかんだ理由はあれど、結局は他人と上手く行かない理由のひとつは俺の方からあまり動かなかったのも原因なのかもしれない。
反省。
それから、ならば動き方次第でなんとかなるかもしれないとも思った。
冬は永遠には続かない。その気になれば春に出来る。
暗い心に、小さな灯りがともっていく。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「よし! それじゃあ重めの話はこれでおしまいね。……あ、そうそう、もうひとつ話したい――というよりは訊きたいことがあったんだけど」
「なんでしょうか」
「あの雪かきしてた日に、白い着物を着た女の子を見なかった?」
その質問は、俺を驚かせるには十分な代物だった。
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