雪花祭りの打ち合わせ
「では、雪花祭り運営会議を始めましょうか」
穏やかな人柄で好かれている、通称“なんでも課”の課長。
雪花祭りの運営長も兼ねている上司の宣言で、何回目かの会議は始まった。
長方形に並べたテーブルの席に付いているのは町役場(※なんでも課は全員いる)と、他の部署から数名ずつ。他に町内会の人や各お店の代表者に出資者も運営会にいるが、今回の顔ぶれは町役場の面子がほとんど。
これまでに決めてきた取り決めやルールの確認。
人や物の手配なんかの諸々の進捗等々。それぞれが担当していたものについての報告が上がっていく。
ただ、これはあくまで前哨戦。
頭を悩ませていた本題は別にあった。
それは『雪花祭りならではの人が呼び込める企画』の発案。
平たく言えば、なんかもっと盛り上がれる面白いイベント思いつかないか! というわけになる。
しかし、そんなものがすぐに思いついたら苦労は無い。
これまで挙がった企画はいくつかあったが、コストや実行に必要な人手等が理由で、コレだ! と思えるものが挙がっていないのが現状だ。
ただ……今回に関しては、個人的に提案してみたい物があった。
「さーて、それじゃあお待ちかねの新企画についてに入ろうか。皆、それぞれ考えてきたかな? こういうのは難しいのが当たり前だからね、まずは気兼ねなく意見を出し合うところから進めていこうじゃないか」
何か言いたげな課長が俺の座っているテーブル辺りに視線を向ける。
隣に座っている青木先輩が露骨に顔を背けた辺り、前回だかに考えてくるようにとお願いした成果を期待したのかもしれないが……この様子だと青木先輩も妙案は浮かんでいないだろう。
……ゆっくりと、停滞しそうな空気が漂う中で深呼吸をする。
提案したい物はある。ただ、俺なんかが発言してもいいのかとも悩んでしまう。
俺が提案したところで、誰も受け止めてくれないのではないか。プレゼンをしようにも、これまで上手く行った試しは無い。
すべてはこの無表情が原因だ。
楽しめる企画についてはプレゼンしているのに意図や気持ちが伝わらない。いつだったかに「全然表情がないから熱意が全くわからん」と評されてキツかったな。
大分ヘコんだ。
今回も同じかもしれない。
そう思ってしまうと怖い。
だが……。
『零斗様なら大丈夫です。絶対上手く行きますよ、私もお手伝いしますからね』
我が家に住み着いた明るく可愛い氷女にそう言ってもらえたのが、俺に勇気を出させてくれた。セツカがそう言ってくれたのだから、やるだけやってみよう。
そうやって前向きにいくことにしたのだ。
「僕から、ひとつ提案してもいいでしょうか」
小さく手を挙げながらお伺いを立てる。
一瞬だけ場がざわついたが、課長は全く気にした様子もなく穏やかに反応してくれた。
「もちろんだよ拝山くん。ボクとしては若者の意見は大歓迎だ」
先を促してくれた課長に感謝しながら、立ち上がる。
手元にある事前作成したプレゼン資料を会議に参加している同僚達に配布し終え、会議室前に簡単な映像を映し出してから俺は説明を始めた。
デカデカと表示された文字はこうだ。
『雪花祭りの雪像イベント』
「雪像って……あの雪像?」
タイトルを見た誰かが、おそらく俺と同じようなものをイメージしてくれたようだ。
「はい、あの雪像です。最も有名なのは北海道の雪まつりで見ることができるものですが、実は過去の雪花祭り開催時の履歴によれば、何十年か前のお祭り中にお披露目するように作られていた事がありました」
俺の無表情や淡々とした口調は、大きく変わらない。
なのでそれらが気にならないよう、参加者には前方の映像に集中してもらう。古い映像や写真ではあったが、実際に制作された当時の資料には大きな雪像を間近で眺めて盛り上がる人々の姿が映っていた。
一言でまとめるなら、人々は皆とても楽しそうである。
「幸い、雪花町は雪像を作るための雪には困りません。誰もが毎日のようにお世話になっていますから」
皮肉なジョークに小さな笑いが漏れる。
お世話になっているというか大変な目に遭わされているわけだが、それもまた雪花町に暮らす人達にとっては当たり前の特色と言えよう。
「そこで実行可能な範囲内ではありますが、雪花町と雪花祭りらしさを感じられる雪像を設置して、祭りの目玉のひとつとするのはどうでしょうか。開催できるのであれば、手作りの雪像――コレは小さなものですけど――のコンクールを行なうのも面白いでしょう」
そこまで話したところで、手が挙がった。
病院から問題なしと判断されて割とすぐに復帰した影峰さんだ。
「面白いとは思うわ。けれど、実際に開催するにあたって難しいところもあるのでしょう? たとえば、雪像を製作できる人はどこから連れてくるのか、とか」
「その点については、実際に雪花祭りで雪像を作った経験がある方がいらっしゃいます。事前に少しだけお話を伺ってみたところ、ご本人はそれなりに年を重ねていらっしゃいましたがとても元気な方で、いざやるとなればお弟子さんや知り合いの方々に声をかけられるそうです」
その知り合いの中には、各地で雪像を作っているプロの職人さんもいるとか。
これには驚いたが有り難い話には違いない。
「空白の期間は長いですが、ノウハウや必要な事柄も過去の資料に残っていました。それらを基に再現できるものは再現を、現代風にブラッシュアップが必要であれば行ないます。何もないゼロからスタートという訳ではないのもメリットですね」
「なるほど……それはイイですね」
納得が行ったのか、影峰さんは頷きながら質問を終えた。
ある意味この場で最も反対意見を出すであろう影峰さんがそうなると、他の人達から「おぉ」と好意的な呟きが出てくる。
「詳しくは映像と手元の資料を合わせてご覧いただければ。重要な項目について順番に上げていきますと――」
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