二人出歩き 祭り近づく
◇◇◇
「ご馳走様でした。お料理美味しかったです♪」
「ありがとうございました~♪ スタッフ一同、またのご来店を切に切にお待ちしておりますね」
セツカのお礼に対して、ニッコニコで見送ってくれた陽気な店員の声を背に受けながらファミレスから退店する。
あそこまで嬉しそうに見送ってくれる店員さんは初めてだ。セツカのようなお客様は、さぞ店員さんからしても何度でも来てほしい良客なんだろう。
「零斗様もありがとうございます。あんな美味しいお店に連れて行ってくれて」
「そんな大したことじゃないよ」
実際、何の変哲もないチェーン店である。
「人間の町は本当に素晴らしいですね。あんな美味しい物に簡単にありつけるのですから。あの和風はんばーぐは初めて食べましたが、とてもいいものでした。やっぱり知識で知っているのと実際に食べるのとでは全然違います」
「ハンバーグは知ってるんだ」
「はい。パンでお肉を挟んだ食べ物の仲間ですよね」
半分合ってて半分外れてる気もするが、間違いではないか。
「ハンバーガーは食べたことあるんだ」
「まあ、以前に里長が気まぐれに手に入れてきたので、食べたといえば……食べたのですが。他の者はともかく私は口に合わなくて」
「ハンバーグはあんなに美味しそうにしてたのに?」
「完全に冷えきってたので」
なるほど。それは美味しくないかもしれない。
この冷たいハンバーガーについてはもう少し聞いてみたのだが、どうやら冷えきっていたという表現もマイルドにしたもので、要約するとカッチカチに凍っているのと同義だった。
「セツカは悟りました。食べ物はあったかい方が最高です!」
「うん、そうだね」
ウチに来る前、セツカがどんな食生活を送っていたのかが気になる発言だ。
氷女だから、基本的に冷たい物を好むってわけでもないのか。
「ところで零斗様。先程の食事処で気になったのですが」
「うん?」
「リア充と雪花祭りとは何なのですか?」
ああ、と白い吐息が漏れる。
というか、アレはやっぱり気のせいじゃなかったしセツカにも聞こえていたのか。
「リア充は……(現実の)生活が充実してる人を指す言葉だよ」
「んん?? 生活が充実してる人なのに爆発しろと? あの方達は私達に向かって言ってるようでしたが…………は! まさか白昼堂々の大胆な殺害予告もとい爆殺してやるぜヒャッハー的な宣言ですか! 許せません、一度戻ってワカらせてやりましょう!!」
「違う違う。違うから絶対にワカらせようなんてしないで」
白昼堂々、若者がレストランで氷漬けになるなんてとんでもないニュースは洒落にならないから。
「リア充爆発しろっていうのは、特定の場面で使われる言葉なんだ。要するに仲が良さそうに見えた人に向けて、うらやましいなーちくしょうめえって口にするのと同じようなものかな」
「自分とは関係ない人に使う悪口です? 仲が良さそうというなら家族や知り合いでしょうか」
「大抵の場合は、恋人達に使うかな……」
口にすると少し悲しくなってくるな。
俺も本来ならあっち側だろうから。
「……え!? つ、つまりその……彼らからは私達がそういう関係に見えたということですよね!」
「まあ、そうなんだろうね」
「そ、そうですよね。えへ、えへへへ♪」
なんで嬉しそうなのかこの子は。
「悪口が嬉しいのかな」
「そうじゃないですよもう! 私が嬉しいのは、周りの人達から仲睦まじいラブラブカップルだと認識されたことです!」
誰もそこまで言ってなかったと思うけど。
意味合い的には同じ……か?
「ああ、そんなことならもっと『あーん♡』すればよかったです。今度は零斗様の方からしてもらいたいですね」
「き、機会があったらね」
「約束ですよ♪ ずーーーーーっとお待ち申し上げておりますので」
しまった、これは絶対に実行しなければならなくなったヤツだ。
この感じ。適当に誤魔化すなんて出来はしない。
……よし、せめて人目がない場所でやるよう努力することにしよう。
「ふふふっ、リア充爆発しろですか。またひとつ人間の言葉を覚えました」
「あんまり使わないほうがいいだろうけどね。……さて、もうひとつは雪花祭りが何なのか、だけど」
「はい!」
「あっちを見てごらん」
俺が指を指した方向には工芸品のお店。
その店先には雪花祭りのポスターが貼られていた。
お店の方へ近寄ったセツカがまじまじとポスターを見ている間に、説明していく。
「一年中雪が溶けないとさえ言われる雪花町で一年に一回行われる大きなお祭りが『雪花祭り』だよ」
「これが……」
「知っての通り、この町や周辺の地域には『氷女』の伝説がいくつも残っている。特に有名なのだと悪い氷女をふらっと現れた英雄が打ち倒した物だけど、その逸話を基にして始まったのがこのお祭りなんだって」
あ、と口にしてから失敗に気付いた。
目の前にいるセツカは氷女そのものだというのに、自分と同じ氷女が悪者として打ち倒される話は気分が良くなるものではない。
「……ごめん、気持ちのいい話じゃなかった」
「いえいえ、そんな話のひとつやふたつあっても不思議ではありません。なんでしたら私の故郷には悪い人間を氷女の英雄が打ち倒した話がありますし」
そんな逸話は初耳だった。
個人的にも興味深いので、いつか詳しく聞いてみたいかもしれない。
などと考えながらも、俺は雪花祭りの話を続ける。
「謂れはともかく、今となっては皆が楽しみにしているお祭りなんだ。町の外からもけっこうな人が訪れてくれる名物でね、皆が楽しんでくれて嬉しい。町としては町興しになって万々歳さ」
「開催日は約一カ月後なんですね」
「うん。人も増えるし、町全体が賑やかになるよ」
「さすが零斗様はお詳しい!」
「そりゃあね」
「……? ちょっとげんなりしてるようですが、お疲れなのでしょうか。でも楽しみにしてもいるんですよね?」
「どっちも正解だよ。少なくとも、これから疲れることにはなるとは思う」
「それは何故?」
「その雪花祭りの実行委員に町役場の職員が駆り出される。そのメンバーに俺も入っているからさ」
そして楽しみにしているのは。
こんな俺でも役に立てる機会があるかもしれないからだった。
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