パクパク&あーんな氷女
◇◇◇
「ふふふっ、えへへへ♪」
「嬉しそうだね」
「はい! だってこんなにたくさんの服ですよ。しかも零斗様に買っていただいて……嬉しくないはずがありません!」
そこまで言ってもらえると買った甲斐もあるというもの。
個人的にはそこまでたくさん買った感じはない。セツカは大分遠慮がちで、割と強引に俺が勧めなければ一着も買わなかった可能性すらあるような感じだった。
いくつか適当に見繕った服を手渡しては吟味。一旦試着室で着てみる。とりあえず保留にして次へ。なんて流れを何度繰り返しただろうか。
途中からは店員さんにも手伝ってもらった。やはりセツカのような可愛い美人に着せ替えするのは楽しいらし区。あの最初に素っ頓狂な質問に対応してくれた女性店員さんもノリノリで色んな服を提案してくれてたな。
ただまあ、それらを着るたびにセツカが口にする言葉が。
『どうでしょうか、このセーター? は似合ってますか零斗様』
『今年の冬コーデらしいのですが、いかがでしょう零斗様』
『零斗様はどの色がお好きですか? 次はそれにします』
呼ぶ呼ぶ呼ぶわ、俺の名を。
そんなにも俺の意見を参考にしなくていいんだよセツカ。そう言ってもあまり変わらなかった。手伝ってくれた店員さんもさぞかし興味津々の笑みを浮かべながら「イチャイチャは余所でやってくださいねー」と顔に書いていたことだろう。
後半はもう見ないようにした。
あのなんとも言えない恥ずかしさに耐える自信は無かったから。
――――ん? そういえばあんな風に恥ずかしいなんて感じるのもいつぶりだ。
もはや思い出せない。
「零斗様。この後はどうされますか?」
「ん? ああ……そうだね」
見慣れた着物ではない。
一般的な女性向けの冬服を着て、普通のレディースシューズを履いているセツカに顔を見上げられて、少しだけ考え込む。
これなら変に悪目立ちもしないし、セツカも家にこもらず自由に出歩ける。
しかし本当にこの子はアレだな。着物姿だけではなく、何を着ても可愛いときた。これはもはや天性の素質なんじゃないだろうか。
……違う、そうじゃない。
今考えるべきは買い物の用事を終えたいま、どうするかだろう。
ようやく真剣に後のことを考え始めると、まるで見計らったかのようにお腹が空腹を訴えてきた。
「何か食べることにしよう。セツカは何が食べたい?」
「カフェオレはどうでしょう!」
うん、アレは食べ物じゃないね。
頭の中でそうツッコミつつも、純粋なセツカの嬉しそうな笑顔がまぶしすぎて、俺は手で口元を隠しながらこっそり「ぷっ」と吹きだしてしまうのだった。
◇◇◇
「お、美味し~~~~~♡」
ちょっと前に食べ始めた時から、セツカはずーーーっと感激の美味しい顔をし続けていた。
俺達が入ったお店は珍しくもない普通のファミレスなのだが。
断言していい。
きっと今、ファミレスの中で最も料理を美味しく頂いているのは彼女だ。もしかしなくても日本一ではなかろうか。
「美味しい、美味しいでふ零斗様!」
「ゆっくり食べな」
彼女の口元についてしまったハンバーグソースをナプキンで拭う。
まるで子供の世話をする親のようだ。人によってはこういう扱いをされると怒るのだが、セツカはむしろ嬉しそうである。
「もっと食べたい物があれば頼んでいいからね」
「ふぁい♪」
と言いつつも、既にセツカはけっこうな量を食べている。
それで満足しない辺り、実はかなりの健啖家なのかもしれない。喰いっぷりの良さというものは調理してる側の人間からすればとても嬉しく感じるもの。セツカのような美人が無邪気かつ素直にパクパクモグモグと食べる姿は、俺からしても見ていて気持ちがいい。
きっとこの気持ちはファミレスのスタッフ達も同じに違いない。
こっそりとではあるが、さっきから厨房のある方から温かい視線や話声が聞こえてくる。
『11番テーブルのお客さん、すごいな』
『うん、すっごい美人。食べっぷりも半端なくキュートだし」
『キュートというか単純に凄い』
『厨房でも珍しく張り切ってる雰囲気でイイね』
うん。
セツカが目立つのはあまり良くないかもと考える日が多かったけれど、こういった好意的な形で目に留まるのであれば気に掛けることもな――。
『ところで、あの一緒にいる男の人の表情変わらなさすぎでは』
『彼氏? 旦那? どんな関係か知らないけど、彼女にちゃんと食べさせてあげてるのか心配になる……』
いかん。
こんなところでも俺の無表情っぷりが良くない方向に話を転がしてしまっているようだ。内心、「違うんだこれには訳が」と否定&言い訳しながらほんのりヘコむ。
せっかくセツカが生み出した温かな空気が急速に冷え込んでしまうかのようで、いたたまれない。
「零斗様」
そしたら、だ。
そんな俺の心境を完全に察知したかのようなタイミングで、セツカがフォークに刺さったハンバーグの一片を差し出してきた。
「はい、あ~~ん♡」
きっと気のせいだ。気のせいに違いない。
セツカが仲良しだけにしか許されない鉄板の行動をした瞬間に、店内に燃え盛る炎のような熱気が感じられたのは。
「…………」
「あ~ん♡」
こんな誰でも嬉し恥ずかし状態になるようなイベントを体験してるはずもない俺が固まっている間も、セツカは「あ~ん」を完遂しようとハンバーグを口元に運んでくる。先程の奇妙な熱気は放っておけば爆発しそうなくらいに膨張中だ。
俺は思考を止めて。
差し出されたハンバーグを頬張った。
「美味しいね」
「はい♡♡♡」
近くのテーブルから聞こえたかもしれない「リア充……爆発しろ。俺達だって雪花祭になれば……」と時刻から響く怨嗟まみれの声は、無かったことにしよう。
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